第24話 勇者パーティー①

「えぇ! セナが?」


 僕らがキリセナを愛称で呼び始めてすぐ、エルウアがそわそわしながら聞いてきた。


「セナって呼んでるんですね!」


 そこで、彼女から言ってきたのだと言えば冒頭の反応が返ってきたわけだ。


「そうだったんですね……。よかった」

「エルウアたちは本当に仲がいいね」

「ちょっと、色々、あって……。いつか、お話できると思います」

「そっか」

「あ!」


 エルウアが両手を握ってピョン! と跳ねた。


「なに?」

「私のことも、エルゥって呼んでください!」

「いいの?」

「勿論です!」

「君がよくても、セナが……」

「だって、私だけ名前なのは寂しいです」


 眉を下げてしょげている。こんな顔をされてしまったら「うん」以外に言える言葉はない。


「わかった。エルゥ。これでいいかな?」

「はいっ!」


 エルウアが満面の笑顔でこちらを見る。胸が小さく騒いだ。これから、このざわめきと付き合っていくのかと思うと、ほんの少しだけ気が重い。


「最後の解体も頑張りましょうね!」


 両手で握りこぶしを作ってエルゥが気合を入れる。


「エルゥとセナはまずナイフの扱い方から覚えなきゃだね」

「そうですね……」


 エルゥの顔が微かに強ばる。


 首都に住む僕らは畜産業から少し縁遠い。生きるために動物の命を奪う授業は基礎教育で何度か行うものの、自分で行うことは少ない。しかも彼女は修道院出身だ。教会は勿論、修道院内でも生き物を殺すことが推奨されていないはずだ。エルゥが苦笑した。


「自分以外の血を見るのは中々慣れません。私たちの食事はすでに処理されたものが外から入ってきたので、血を見ることなんてほとんどありませんでしたから……」

「これからは、そう言っていられないかも……。ヒダカのパーティーに入らなかったとしても、多分」

「私は徴兵されるんですよね……」

「君だけじゃないよ。修道院の人たちは治癒魔法が得意なことが多いから」

「みんなもこの訓練を?」


 心配そうな顔だ。僕が思っている以上に行軍訓練はエルゥの負担になっているのかもしれない。そっと目を逸らした。


「多分、そうなると思う。絶命の大峡谷まではかなり長い道のりだ。途中で何があるか分からない以上、自分の身は自分で守れるようにならないといけないから」


 エルゥの両手に僕の双剣よりは小さな、でも手に余る程には大きなナイフが握られる。


 魔法を使わなくても、狩りをする方法はいくらでもある。罠を仕掛けたり、待ち伏せをしたりする方法だ。実際に、セナは器用に罠で小型の動物を狩ってきている。


「エルゥはまだ基礎教育が終わったばかりでしょ? 第一行軍訓練では解体の流れを理解できれば合格だから、他は気長にいこうよ? ね?」

「はいぃっ!」


 固まっている肩をそっと叩くと、ビクッと体が伸び上がった。オマケとばかりに大きな声で返事をされる。


「ふふ、その意気だよ。じゃ、頑張ろうか!」


 前を見れば、ヒダカとセナが僕らを待っているかのようにこちらを振り返っていた。これが終われば、後は料理だけ。一週間の頑張りを労うためにも、たくさん食べて楽しく話をしなければ。




 夕食はとても豪華だった。それぞれに持って来ていた食料を食べ尽くすことも目的の一つだったので、中には荷物になるオイル漬けや乳製品などもあって、満足いく内容だった。


「エルゥ、セナ。はい、シャーベット」


 両手にドライフルーツとナッツをトッピングに乗せたアイスを持って行く。サルのことで、意見の違いを見せたけど、二人は変わらず仲が良さそうだ。ホッとする。


「ルメル、俺のは?」

「僕の手は二本なんだけど」

「だったら、俺のが先でもよくないか?」

「と言うか、君は自分で取ってきなよ」

「いいだろ? 持って来てくれても」


 そんなやり取りをしていると、エルゥがクスクスと笑い出した。セナは興味なさそうにしている。


「エルゥ?」

「ふふ、すみません。お二人が本当に仲良しなので、何だか嬉しくて」

「仲がいいのは君たちの方だと思うけど」

「ありがとうございます。でも、ルメル様とエイデン様もとても仲良しですよ?」


 間違いないって感じの目で見られて、正直嬉しくなる。僕とヒダカの仲がいいことは自覚しているけど、人から言われると、このままでもいいんだって何だか自信に繋がる気がする。


「じゃあ、僕らも仲良くなったら、みんな仲良しだね?」


 エルゥの隣に座って笑いかける。


「えっ」

「え、その反応は傷つく」


 エルゥの目が真ん丸になって、驚いたような顔をする。僕、そんなに変なこと言った?


「あ、あの! 違うんですっ! その、ルメル様はたまにとても、その、」

「キザ」

「へ?」

「セナッ! 違うます! キザとかそんなっ! ちょっと、優し過ぎて反応に困っちゃうだけでっ!」

「エルゥ、セナ。その通り。気を付けろよ? こいつ、結構平気で甘ったるいこと言うからな?」


 僕の正面にしゃがんで言う、ヒダカの顔は不貞腐れている。


「エイデン様、分かります!」

「ルメル、そういうの、気を付けて」

「え、ごめん、意味が分からない。どういうこと?」


 まるで責められているような気分になって、顔に力が籠る。


「ヒダカでいいよ」

「え? 無視?」


 僕の問いかけに誰も答えないまま、さっさとヒダカが話を変えた。


「二人ともヒダカって呼んでくれよ。俺も、セナとエルゥって呼ぶから」

「いいんですかっ?」

「別に、わたし、どっちでもいい」

「セナ、呼び方って大事だよ。じゃあ、ヒダカ様、ですね」


 エルゥが少し頬を染めてはにかむ。ヒダカが満足そうに頷く。


 さっきの悪ふざけが嘘のように、二人だけの空気のようで、間に入れる気がしない。つい「じゃあさ」と口に出していた。


「エルゥは、様って付けるのも止めない? 君たちはパーティーになるだろうし」

「パーティー、ですか……」


 エルゥが神妙な顔をする。


 勇者パーティーとは、神試合で中心となって戦うメンバーのことを指す。一番近くで勇者を助ける戦闘または回復要員のことだ。過去の資料では三人程度のこともあれば、十人以上のパーティーだったこともある。特に人数が決まっているわけではないけど、その時代に活躍した魔導士や兵士がメンバーとして指名されていることが多かったようだ。ちなみに決定権は時代によって違って、今回はある程度ヒダカの采配に任せるような空気がある。


「そうだな。俺は、お前らとルメルをパーティーに指名したいと思ってる」


 その言葉にエルゥは覚悟を決めたような顔をして、セナは当然といった顔をしていた。僕はと言えば、仕方なく受け入れているフリはしているけど、いつかふさわしい人が現れたらすぐに譲りたいと思っている。


「お前たちの意思はある程度優先されると思う。でも、悪いけど逃げるのは無しだ」

「分かりました。私でお役に立てるなら、頑張ります」

「わたしは、そのつもり」


 二人は好意的な言葉を口にした。ホッと肩の力が抜ける。


「よかったね、ヒダカ」


 二人の答えにヒダカが真剣な顔をする。全員の顔を順番に見て、微かに笑って言った。


「――よろしく。みんな」

「はい、よろしくお願いします」

「ん」


 二人がしっかりと頷く。三人は気持ちを共有したようだ。ホッとする。色々あったけど、何とかまとまった。


「じゃあ、結成祝いしないとね!」


 意気揚々と地面に置いたままにしていたジュースに手を伸ばすと、三方から視線が突き刺さった。気付かないフリをして口に含む。森の恩恵を受けたジュースは濃厚で、少し舌ざわりが悪くて、とても美味しい。僕は極上の笑顔を意識して顔に貼り付けた。


「これ、甘酸っぱくて美味しい! もう飲んだ?」

「この視線を無視できるのはすごいよな」

「あの、ルメル様、じゃない、ルメルさんが飲みにくいんじゃないでしょうか……」

「エルゥ、甘い」

「ああ、甘いな。――ルメル」


 無視されたままではいてくれないらしい。小さくため息をついた。

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