勇者誘拐事件

第6話 捕縛

 どんなにエイデンが嫌がっていようと僕との交流は減らない。お互いの保護者が仲良くさせようと必死なんだから、逆らうにも限度がある。だって、僕らはまだ子供なんだから。


 今日は家ではこれ以上新しい話題を作れそうにないので外でランチを取ることにした。三回目に会ったときにも一緒にランチを取った。彼も空腹には耐えかねたのか黙々と食べていた。そのときに、どうやら彼がピザを好んでいるらしいことが分かったので、今回は商業エリアまで足を延ばして人気のピザショップに行く予定だ。


 僕は魔導車の中で大きなため息を付いた。会うのは六回目になるけど、まだまともに会話すらできていない。毎回来てはくれているのだから希望はあると信じたい。でもそれも、多分断れない理由があるだけのような気がした。本当なら行き帰りもエイデンと同じ魔導車に乗って会話の糸口を掴みたかったけど、そう簡単にもいかなかった。


 魔導車が静かに止まる。着いたようだ。


 ピザショップは繁盛していた。僕は名前を変えたときに短く切った髪の毛を帽子の中に入れ込んで、店の中に入る。エイデンには事前に変身するように伝えたけど、大丈夫だろうか? 何せ珍しい黒髪というだけで目を引くのに、彼の顔は全世界に知れ渡っている。


 キィ、と扉が開く音がする。咄嗟に振り返った先には僕と同じように目深に帽子を被って、魔法で顔を変えたエイデンが立っていた。護衛二人にしっかりと守られていて、逆に目立ってしまっている。


 顔を変えているのになんでエイデンだと分かるのかって? 姿形を変える魔法は、ある程度親しくなると効果が薄れる。僕と彼が親しいとは思えないけど、会った回数だけならそれなりだから分かったのかもしれない。


「やぁ。来てくれて嬉しいよ。さ、座って。このお店は美味しくて有名なんだって」


 エイデンは相変わらずムスッとしているけど、さっきからピザとすれ違うたびに視線が動いている。所詮、子供。食の前では無力だよね。


「エイデン、君はどんなピザが好きなの? この料理は君の故郷のものだろう? お勧めがあったらぜひ教えて欲しい」


 下手に出て、相手の気分に寄り添うフリをする。


「ペパロニ、マッシュルーム、フレッシュトマト、オリーブ、スピナッチ」


 答えてくれたっ……! ピザすごい! 僕は慌てて記憶と照らし合わせて答える。


「こちらには無いものもあるね。ペパロニとオリーブ、マッシュルームはドロップたちが似たものを見つけているんだけど、ここにはフレッシュトマトはないなぁ。あと……」

「スピナッチ。緑色の葉っぱ。こっちでは見たことない」

「そうなんだ……。じゃあ代わりにトレサイはどう? 知ってるでしょ? トレサイ。緑色で苦味が少ないから、ピザにピッタリじゃないかな?」

「それでいい」

「うん、じゃあ飲み物は? 何がいい?」

「ポップス」

「ポップスね、何でもいいの?」


 エイデンが無言で頷く。彼はずっとそっぽを向いていたけど、初めて僕らの間に会話が成り立った。やっと、やっとだ。まだまだ先は長いけど、やっと舞台に立つことを許されたような気がした。


 待っている間も僕らは会話することができた。ほとんど僕が一方的に話しかけているのは変わらないけど、簡単な相槌くらいは返してくれるようになった。

 ピザってすごい……。


「お待たせしました。ペパロニ、マッシュルーム、オリーブ、トレサイのピザです」

「ありがとう」

「ありがとう」


 聞こえて来た声に思い切り首を捻じった。今、エイデンがお礼を言わなかったか? 信じられないものを見た気がしてマジマジと見ていると仏頂面がこちらを睨んできた。


「んだよ」

「お礼、言えるんだと思って」

「お前、オレのことなんだと思ってんの」

「え? いや、えっと……。ごめん」


 性格の悪い、お礼なんて言えないヤツだと思ってたなんて言えるわけもなく。でも、嘘を付いたところでバレるだろうことも分かったので、結局素直に謝った。


「は……?」

「え? なに?」


 エイデンが勢いよくテーブルに突っ伏した。呆気に取られて見つめていると、段々とその肩が揺れているのが分かった。そして「くくっ、くはっ」と押し殺したような声も聞こえてくる。

 え? もしかして……。


「エイデン、笑ってる……?」

「っわ、笑ってねぇ、けど?」


 澄ました顔で背筋を伸ばしても、時々顔が引き攣ってる。嘘だろ? もう一度言うけど、ピザってすごい。



 食事は今までになく和やかに進んだ。ピザは噂通りに美味しかったし、エイデンも満足そうだった。やっぱり口数は少なかったし、基本ずっと仏頂面だったけど、ピザの蘊蓄を話すときはちょっと楽しそうだった。


「エイデン、お腹いっぱいになった?」

「ああ」

「よかった。なら、そろそろ帰ろうか。帰りの魔導車を呼ぶよ」


 まずはエイデンの家に連絡を入れて、近場で待機しているだろう魔導車を呼び出す。続いて僕の家の魔導車にメッセージを送ったところで、ガシャン! と何かが割れる音がした。咄嗟に護衛の空気が張り詰める。少し離れた位置にいる僕の護衛も警戒しているようだ。


 ドンッ!


 音源を探して辺りを見回した瞬間、今度は壁に何かがぶつかる大きな音がした。護衛は僕たちを床に伏せさせると、上に覆いかぶさって安全確保しようとする。至るところで悲鳴と叫び声が上がった。一体何が起こっているのか状況が把握できない。折り重なる護衛の隙間から外を覗くと、店の中央辺りに屈強な男が二人立っているのが見えた。


「全員床に頭を付けろ!」

「一言も喋るな! 魔力端末を出せ! 全員だ!」


 男たちが野太い声で叫ぶ。一人は悪魔族だろう。羽が見える。もう一人は人間族かもしれない。被っているマスクに獣人族特有の耳が見当たらない。こちらの男は小さな子供を人質として小脇に抱えている。


「うあーー! あーー! お母さんー! お父さぁん!」


 子供の泣き叫ぶ声だけが店内に響く。店内にいた人たちの叫び声はいつの間にかなくなっていた。代わりに、いたるところから小さく懇願する声が聞こえて来た。マズイ展開かもしれない。ただの強盗ならば隙を見て護衛がなんとかするだろう。でも、もし――。


「あー! うるせぇ! 黙れガキ!」

「うぁーー!」


 男が魔道具を子供に押し付けると、子供が恐怖に叫ぶ。グッと奥歯を強く噛んだ。でも今はとにかくエイデンだ。こんな、いかにも護衛ですと言わんばかりの人間に守られるなんて、要人の子供だと言っているようなものだ。


「君たち、僕たちの上からどいて!」

「できません。私たちの仕事はあなたたちをお守りすることです」

「でも、このままじゃ……」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろっ! どけ!」


 どさくさ紛れに護衛の下から抜け出そうとしたものの、一歩遅かったようだ。


「ああ? なんだ? あいつら」

「おい、あれ当たりなんじゃねぇの?」

「だな」


 コツコツとブーツの踵が床板を叩く音が響く。間違いなくこちらに向かってくる。さっきの「当たり」と言う言葉。背中に冷や汗が伝った。


 やっぱり。この二人の狙いは、エイデンだ。


「おい、命が惜しけりゃそこどきな」

 硬そうなブーツが護衛の一人の肩を蹴った。

 一瞬の間の後、蹴られた護衛がゆっくりと立ち上がり、不意を突いて悪魔族の方に突進した。


「うおっ!」


 悪魔族の男が驚く。バチバチバチッと電気の走る音がして、どちらが何をしたのか分からなかったけど、もしかしたらと期待する。

 でも、それも意識を失った護衛が重い音を立てて真横に倒れてきたことで消え去った。


「甘いんだよ! ばぁか!」

「対策くらいしてるに決まってんだろ」

「オラ、反抗しても無意味だって分かったか? 分かったらさっさとどくんだな」


 僕たちを庇っていた護衛の二人が苦渋の顔をして両手を挙げる。


「お二人とも、申し訳ございません」

「大丈夫」


 護衛の大きな体が離れると視界が明るくなる。頭を抱えて地面に伏せたので、さっきよりも状況は分からないけど音はクリアになった。


「んだぁ? 二人いるぞ?」

「どっちだ?」

「おい、ガキ。帽子取れ」


 僕は無言で従った。隣にいたエイデンも一拍置いて渋々と帽子を取る。


「んだぁ? 顔変えてやがる。ほんとにこいつらか?」

「この中で十二、三の男のガキはこいつらだけだろ?」


 姿形を変える魔法は、種族や年齢を変えることはできない。悪魔族の男が僕の髪を掴み上げて顔を覗き込んでくる。無理矢理引き上げられた喉が苦しい。


「髪の色はこっちだが……顔変えてるなら、髪色も変えてる、か?」

「ならこっちか?」

「おい、どっちが勇者様だよ?」


 投げ捨てるように手を離されて、頬を床にぶつける。僕は黙っていた。視線一つ動かさないように注意した。このままエイデンも黙っていてくれて、警護官が来てくれるのを待つのも手かもしれない。そんな浅はかな考えが過る。


「黙ってんなっ!」


 ガンッ! 男が近場の椅子を蹴り上げる。人々から悲鳴が上がる。


「いいぜ? 黙ってたきゃ黙ってろ。お前、そこの女連れてこい。安心しろよ。お前らが名乗るまで一人ずつ殺すだけだからよ」


 人間族の男が適当な客の腕を掴んで立ち上がらせる。


「……オレだ」

「なっ! エイ、お前!」


 隣の黒髪がゆっくり膝立ちになって名乗った。咄嗟に口をついて出そうになった彼の名前を飲み込む。こうなったら仕方ない。


「お? やっぱりお前か。なんで自分が狙われてんのか分かってるよな。お前が静かにオレらに付いてくるなら、ここのやつらの命は助けてやるよ」

「ルメル、もういい。――僕が勇者だ」


 僕は名前を呼んで名乗り出た。


「おいっ!」

「連れて行くなら連れて行け」

「おいっ! いい加減にしろ! 勇者はオレだ!」

「違う! 僕だ! だから僕を」

「うるせぇっ!」


 その場でエイデンと言い合いになろうかとしたとき、またガンッ! と物を蹴り飛ばす音がした。肩にグッと力が入る。


「もう、いいわ。お前らが仲良しなのはよく分かった」

「おい、着いたぞ」

「いーいタイミングだな」


 人間族の男が魔力端末を確認して子供を放った。二人はニヤリと笑い合う。僕らの腕を魔道具で拘束して立ち上がらせると、頭に袋を被せてきた。


「お迎えだ。二人仲良く連れてってやるよ」


 その言葉と同時に腹に何かを押し付けられて、僕の意識は遠のいた。

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