一人歩き

名称任意

プロローグと呼ぶには、あまりに始まり。

 自己紹介をしよう。と言っても、先に述べたように、なにもないのだ。僕がここにいる。それ以外の一切が不明慮なのである。俺とは一体何者なのか。名前は?ここは?性別は?季節は?家族は?背景は?


 まず、ここがどういった場所なのか説明しようと思う。何事も、背景説明というのは大切だと僕は思っているからね。だからまず、なによりも先に説明しよう。私が立っている場所というか、漂っている場所というか、座っている場所というか、寝転んでいる場所というか。まぁとにかく、この場所についてね。そうだな、この場所は、僕という存在が暗闇に漂っているだけの無の空間であるといったところであろうか。いや、この表現は些か的外れだな。まず、“暗闇に”というのが変だ。暗闇というのは、無ではないと俺は思っている。なぜなら、真っ黒な闇がそこにあるわけだから、なにもないとは言いがたい。しかし、かといって、真っ白な空間でもない。これも、先ほどと同じような理由だ。真っ白な光があるわけでもないのだ。創生する前の世界のような、そんな空間。説明しようと言った割にはなんとも形容できなくて申し訳ない。だがしかし、とても説明できるような場所ではないのだ。我々の考えうる“無”という空間。その範疇から外れた場所。思考というものが挟まらない、なにものも関わることができない、関わることのない空白の空間。そんな漠然とした、なんの情報もない場所である。まぁ詳細に語ろうとしても無理だというお話なだけで、想像する分には、天も地もない真っ暗な空間ということでいいと思う。


 はて、一体どういうことなのか。僕にもさっぱりわからない。このままでは埒があかないので、なにかしら決めていこうと思う。そうだな、まずは一人称を決めよう。最初に決めることなのかと疑問を投げかけないでくれ。私だって他に決めるべきことがあるように思える。しかし、なんだ、いつまでも滅茶苦茶な一人称では語りづらい。まずはすべてを決める上で、語りやすい下地から作るのが大切だと踏んだのだ。一人称……一人称か。最初に使ったのは『僕』であったな。それならば、『僕』で統一するのが無難に思える。しかしここで、一つ疑問に思うことがある。それは俺の性別はどちらなのか、ということだ。一人称いうのは、性別から決まっていくように思える。女だからこの一人称、男だからこの一人称、といった具合に。男であるのだから、『あたい』なんて一人称は使えない。女であるのだから『おいら』なんて使えないというように、性別の枷によって一人称は縛られているのではなかろうか。一部の人は、その枷を壊して自由な一人称を使っているのかもしれないが……。あっ!僕は今、大変なことに気づいてしまったかもしれない。一人称の枷によって、性別が縛られるということはないだろうか。何が言いたいのかというと、『あたし』という一人称の人物がいたとする。いや、わかってる。ここにはいない。仮に、仮の話だ。そうだな、たとえば小説を読んでいて、『あたい』と使う人物が登場したとする。そうしたら、その人物は女であると決定付けられてしまうのではなかろうか。

『僕』と言っている以上男なのだろうか。いや、女でも『僕』という一人称を使う人だっている。ごく少数ではあろうが。それに、『私』という一人称も使っていたではないか。一人称が『私』ならば、女であるのか。それも決めかねることだな。『私』という一人称を使う男だっているだろう。こちらの方が『僕』を使う女よりは多いはずだ。考えがまとまらなくなってきたな。一瞬『俺』ならばと思ったが、それもまたしかりだろう。ごくごく少数になるだろうが『俺』を使う女だっているのだろう。どうにも決めあぐねる。なんだか、無間地獄に落ちた気分だ。やめよう、この話は。一人称から性別を決めるのも、性別から一人称を決めるのも、ここで終いにしよう。一人称の中では比較的、どちらの性別でも使える『私』で統一することにしよう。そうだ、散々悩んだけれど、こんなものは適当に決めてしまおう。そうだな、ここからは『私』で通していく。異論は認めない。まぁ、異論を唱える人どころか、人なんてものは私しかいないのだけども。そう、ここには私しかいないのだ。


 さて、語りやすい下地が決まったことだし、そろそろ本腰をいれてこの世界の完成を目指そう。いや待て、まだ下地は完成に至っていないな。まぁ、下地の完成というのも変な話ではあるが。とにかく、まだ足りないものがある。そう、それは話し相手だ。一人きりで、誰ともない人に話しかけるより、会話形式のほうがなにかと便利だろう。なにかを決めるときは、一人で思考するよりも会議の形をとったほうが進行もしやすい。まぁ結局のところ、僕の作った話し相手なわけだから、一人で考えているのと変わりはしないのだけども。それでもまぁ、幾許か違いはあるだろう。決して一人が寂しいわけではないので、そこのところは勘違いなきよう。

 話し相手を作るといっても、どのような人を作り出そうか…。考え事をするなら、私と似た感じのものがいいだろうか。それとも、気さくな友達のような人か。はたまた経験豊富そうな老人か。いや、そんなものを呼ぶよりも、女の子がいいな。なにも決まっていないあやふやな空間なのだ。せめて、華くらいあったほうがいいだろう。そんなわけで、女の子で決定とする。私の世界なのだ。私が決めて、なんら問題ないだろう。しかし、なにかを創造することは出来るのだろうか。漠然と、女の子のイメージを思い描き、この世界に具現化させていく。まぁやっていることは、女の子よ出てこーいと念じているだけなのだが。

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