第三章 1
生徒会としての活動は、基本的には毎週水曜日に行われる。週の真ん中であることがその理由であった。特段、深い意味はない。それ以外の日は、
ある日のことである。詐術のようなやり口で生徒会の庶務を仰せつかった眞央は、その元凶の
「なぜ、おれなんですか?」
眞央の疑問は当然であった。百人近い新入生がいる中で、なぜ自分なのか。ぜひとも、得心のいく答が欲しかったのである。それに対して、絢斗はまったく悪びれずに理由を語った。
「始業式の日、
車だまりで出会ったときのことである。
「じゃあ、あの時おれと出会わなければ、他の人だったと?」
「その可能性は、なきにしもあらず」
綺斗先輩は煙に巻こうとしている。眞央はこの際、ほかの疑問についても徹底的に問い詰めることにした。
「投票を行わないのはなぜです? とても民主的とは思えないのですが」
「じゃあ、とりあえず自分の質問に答えてくれるかな」
綺斗は一呼吸置いてから言葉を継いだ。
「央ちゃんは、一年生が多数立候補したとして、その中からひとりを選ぶことができるかな?」
眞央は新入生の歓迎式の際に覚えた不快感を思い出していた。ほとんど初めて顔をあわせた同窓生の中からひとりを選ぶのは不可能だと断じていたことを。更には、生徒会の総意で決定するということを。
「選ぶための情報が皆無なので、立候補者の演説を聞いてから、より良いと思った生徒になってもらいたいと思います」
「演説がすべてだというのかい? はしっこい奴もいるぞ」
「しかたがありません。それ以外に判断基準が見いだせないので」
「そういうことだよ」
綺斗は人差指を左右に動かした。
「判断基準が曖昧でしかたがなく選ばれた生徒。判断基準が明確で生徒会が選んだ生徒。さて、央ちゃんはどちらを支持する?」
綺斗は人差指と中指を立てながら尋ねた。眞央は当然という口ぶりで応えた。
「それは、民主的な選択を支持します」
「しかたがなく選ばれた生徒を支持すると?」
「はい」
真っ直ぐな眞央の視線を受けて立つように、綺斗は自らのそれを合わせた。
「まあ、自分もそうあるべきだとは思うんだよなー、実際のところ」
綺斗は首筋をさすった。
「それで、おれの質問に答えてもらえますか?」
綺斗は眞央の目に視線を固定した。
「最終的には生徒会の総意で選ばれますよね」
眞央の問いかけに、綺斗は黙ったまま頷いた。
「ならなぜ、歓迎式の時、昂師先輩は新入生に立候補を勧めたのでしょう? 誰も立候補しなくても、誰かが立候補しても、決定権を握っているのは生徒会ですよね。立候補の意思表明には意味が無いのでは?」
「着眼点は悪くない」
綺斗は短く応えた。
「だが、央ちゃんなりの答を語る必要がある。なので、甘く見つもって、四十点かな」
「おれなりの答」
眞央は小さく呟いた。
綺斗先輩はいった、不備はあっても生徒の投票による多数決で決めるべきだと思う、と。つまりはそれが筋だという立場に立っている。だが、なんらかの理由で筋論を捨てた。そうすべき真っ当な理由があるということであろう。
「いや、違う」
いまおれが考えるべきなのは、意味のない立候補を勧めた理由である。顎に手を当てて考える眞央の脳裏に、ある考えがひらめいた。
「単なるポーズ?」
立候補者の中から選ぶわけではない。いや、その中に生徒会が望む候補者がいれば、その者を任命するが、望む候補者がいない場合は、生徒会が選んで任命する。立候補していない者が選ばれたとしても、その当人に意を含めれば済む話である。「理由はいえないが、君が選ばれた」とでもいって。だが、理由を知らされずに従うであろうか。そこまで考えを進めた時、眞央はあることに思い至った。自分自身がその当人であることに。そのことに気づいた時、眞央は急に可笑しくなった。声をたてずに、眞央は笑った。
「答え合わせしようか」
綺斗は眞央の出した答を求めた。
「代議制、に見せかけた、寡頭制ですね」
眞央は答を補足するために語った。
「生徒会に入るにはおそらく、なんらかの資格が必要なのでしょう。新入生のリストは簡単に手に入るはずです。新入生の代表者を選ぶため、とでもいえば。そして、その手に入れたリストの中から有資格者を探す。立候補者がいてもいなくても関係がない。はじめから、目星はつけている。異を唱える者がいれば、代議制と謳うことで納得させられます」
眞央はかすかな表情の変化を見逃さないように、綺斗先輩の面上から目線をそらさなかった。しかし、収穫はなかった。綺斗先輩は、眉ひとつ動かさなかったのである。眞央は話を続けた。
「昂師先輩が立候補を勧めたのには大した意味はなく、一応候補者を募り、検討した、というように体裁を取り繕っただけにすぎない、のではないでしょうか?」
綺斗はニヤリと笑った。
「さすがは央ちゃん、でも、言葉足らずなので、八十点くらいかな」
綺斗の点数は辛い。しかし、眞央は慌てない。
「残りの二十点、答えましょうか?」
「ぜひ」
眞央は一度、瞬きした。
「おれ以外の生徒会役員の中に、投票で選ばれた人はいますか?」
眞央は核心に触れた。
現在の生徒会役員の中に投票で選ばれた人がいるのなら、その人物を生徒の代表という名目で盾に取って、生徒会が代議制と謳うことは、苦しいながらも可能である。しかし、そうではなく、すべての役員が合議によって選ばれるのであれば、それはもはや代議制とはいえない。寡頭制である。その場合、少し込み入ってくる。
まず、三年生のふたりが二年生の時に生徒会役員を務めており、進級に伴って横滑りする形で役員を引き続き務めるのであれば、三年生の役員は投票が伴わない選任ということになる。この場合、三年生は生徒が選んだとはみなされないので生徒の代表とはいえない。言葉はきついが、独善的に権力を壟断していることになる。
次に、二年生のふたりが三年生と同様であれば、ひとりは横滑りで、もうひとりは生徒会の選任となる。こちらもまた、権力を壟断しているといえるだろう。
最後に、一年生がひとり生徒会役員に選ばれるのは、今回の眞央の例が示すとおり、二、三年生の合議により選ばれたので、正確を期すのであれば、眞央自身は生徒の代表とはいえない。二、三年生による権力を壟断することによって決められたことになる。
「どこかの段階で選挙が行われるのであれば、それはれっきとした生徒代表であり、代議制と謳うことは許されます。しかし、すべての役員が選挙を経ないで選ばれているとしたら、それは、生徒代表とはいえないでしょう。それでは、もはや代議制と謳うことさえ許されません。寡頭制です。それでも、事後承認という形で容認する生徒が過半数を越えるのであれば、その限りではありませんが」
一気にまくし立てたので眞央は大きく深呼吸した。脳が酸素を欲しがっているのであろう。
「お見事」
綺斗は短いながらも眞央の答を認めた。つまり、誰ひとりとして、選挙で選ばれた生徒はいない、ということである。
綺斗は親指を突き出した手を後輩に向けて伸ばした。眞央も同じようにしてグータッチしようとしたが、途中で腕をおろした。眞央は無邪気に喜べなかった。まだ腑に落ちない点があったのである。
「なんのために、そんな回りくどいことをするのだろう?」
新入生から庶務を選ぶ。そこからして奇妙である。それも、生徒会役員四名によって密室で合議される。つまりは寡頭制であるが、三頭政治ならぬ四頭政治といいかえてもいいかもしれない。ただ、そんな不条理な取り決めが、なんのために受け継がれてきたのか、なぜ後生大事に受け継いできたのか、情報が皆無なので、その理由にまではたどり着けなかった。
眞央は絢斗先輩に手間を取らせたことの謝意を告げると、会長の机についている
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