アマリ通信戦記

美小

プロローグ 9月上旬

桜凪


「もうこの高校辞めたい…。」


 この時私は、どんな顔をしていたのだろうか。中学時代、今私が通う高校に通うためだけに、すべてを勉強と、功績を残すための活動に捧げた。成績は三年間オール5、塾にほぼ毎日通っていた。「桜凪さくらなぎ高校に行けば絶対に後悔しない。」。母の口癖だった。 母は桜凪高校受験の三ヶ月前から毎日神社にお参りに行ってまで私の合格を祈っていたそうだ。母は心から私の幸せを願ってくれていた。私自身も、桜凪高校に合格することが私の幸せだと、小学生の頃からずっと思っていたのだった。

 桜凪高校は、父の母校でこの地域では随一の進学校である。毎年約90%の卒業生が大学に進学し、そのうち約20%が有名国立大学に合格していた。「桜凪生」だと言えば、どの大人だって目の色を変えて立派だのなんだのと口を揃えた。(県を跨げば名前すら誰もわからないだろうに。)この地域では、桜凪生であることが一種のブランドであり、大きなチームだったのだ。私も小さい頃からそのように教育され、桜凪高校に合格したら、あとはそのまま大学に合格して自分の望む職に就けるようなものだと信じて疑わなかった。(今思えば甘すぎる話だ。)まさかそんな学校を辞めたいと思う日が来るなんて思いもしなかった。


「前話していたように通信の高校に転学したらいいだろう。知り合いの子どもが桜凪から通信に転学した後、国公立大学の文学部に合格したそうだ。その子と同じ通信制高校ならいいんじゃないか。なあ理香子。」

 食卓についていた父があっさりと言いながら、台所に立つ母を見る。

「…学校を少し休むっていう選択肢もあるんじゃないの?いくらなんでも話が早すぎるんじゃない?せっかくあんなに頑張って入ったんだし、第一、天利あまりは何も悪くないのに、辞める必要なんか何も…。少なくとももう少し考えたら?」

「桜凪はもうダメだ。先生の質も生徒の質も悪い。桜凪にこだわる必要なんかない。あの担任にこれ以上天利を預けられない。」

 そう言いながら父はスマホを手に取り、しばらくの間操作をした。

茉輪まつわ高等学校だって。北大の子が選んだ通信の高校。」

 父が唐突に言った。目線はスマホに落ちたままだ。

「…あ、ちょうどいいな…。来週末近くのキャンパスで見学会があるらしいから、行ってみたらどうだ。」

 父は顔をあげて、正面に突っ立ったままの私を見た。

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