名も無き暗殺者のひかり

をりあゆうすけ

1話 目覚め

 暗殺者……殺人を生業なりわいとする人間ひとらず者。


 金の為なら躊躇ちゅうちょせずに引き金トリガーを引く、非情な生き物。


 ……いや、一瞬でも躊躇ためらえば引き金トリガーを引けなくなるただの臆病者か。


 俺は前者。幾人いくにんもの人間を手に掛けてきた、名も無き非情な暗殺者。


 ……そう思って生きてきた。


 あの日……光に包まれるまでは。





 都会にひっそりとたたずむ古びた雑居ビル。

 ブラインドで目隠しをされた薄暗い部屋の薄汚い机に足を乗せて、シガレットを咥える男。

 俺が所属する暗殺組織のBOSSボスだ。

 名前も顔も知らない。


「今回の依頼者は○○組の○○組長さん。まあ簡単な仕事だ。金庫の金を持ち逃げした組員の飯田を来てくれ」


「BOSS、そんな簡単な仕事に何故なぜペアを組むんです?」


 今回、俺とペアを組む男が不思議そうに尋ねた。


 BOSSは口から煙を細く吐き出し、足を組み替えた。


「……用心深い組長さんからの条件さ。金が絡んだ仕事だ、お前らどちらかが持ち逃げしないように、だ。まあ、二人で持ち逃げしたら元も子もないと思うが……」


 BOSSとやらは質問に対して返答するまで少しの間がある。

 恐らくイヤホンで指示を受けているのだろう。

 目の前にいるBOSSは影武者に違いない。

 本物のBOSSは、ここにはいないだろう。


 俺と男はボロいセダン車に乗り、今回始末する組員の飯田が潜伏している女の家に向かった。


「オレは岩田だ。まあ今回だけだが宜しく頼む。お宅は何回目だい?」


「……」


「はあ、無口な感じね。OK、せめて名前を教えてちょうだいな」


「A……でいい」


 生業が人殺しの人間に名前など必要無い。これが俺の考えだ。


 岩田という男はお喋りが好きらしく、返答もしない俺にベラベラと話し掛ける。


「危険な目にあった事はあるかい?オレは二週間前の仕事で、左の耳を引きちぎられた。見てみろよ、酷いだろ?!まあ、相手はギザギザに切り刻んでやったけどな、ハッハッハ」


「危険な目に合うのは二流だからだ」


「やっと口を開いたと思ったら、言ってくれるね……お前友達いないだろ?てか、本当に暗殺者か?どう見ても普通のアンちゃんだが」


「友達?……そんなものは必要無い」




 飯田が潜伏している女のアパートに到着した。

 築何年だろうか?

 今どき珍しい名前○○荘、俺たちは飯田の居るであろう2階へ上がった。

 鉄骨の外階段を足音を殺して進み、部屋の前まで来た。


 俺はチラリと斜め上を確認する。ガスメーターは回っている、誰かが居るのは確かだ。


 俺たちはそれぞれの拳銃の銃口にサプレッサーを取り付けた。サプレッサーとは発砲音を消音する部品。暗殺業には欠かせない。


 岩田がゆっくりとドアノブに手を掛けて回した。鍵は掛かっていなかった。


 俺たち暗殺者は部屋へ踏み込むと、広さ、家具の配置、窓の位置、相手の状態、利き手、武器の所持など一瞬で頭に叩き込む。


 散乱するビールの缶や焼酎の瓶、そして、覚せい剤シャブでキマっている女……この家のあるじだろう。


 そしてターゲットの飯田は、窓の前に座り込みビールを口にしていた。

 俺たちに気が付くと、缶を捨て警戒する。


「く、組長の差し金か?!」


「はい、そーでぇす!オレは岩田ちゃんだ。今からお前を消しまぁす!お金はどこかなぁ?」


 岩田はニヤニヤしながらしゃがみ込んだ。


 俺はなんの迷いもなく、女の頭と飯田の右手に弾をぶち込んだ。


 女は即死、飯田の右手の指は2~3本吹き飛んだ。

 痛み、藻掻もがく飯田。


「おいおい、いきなり何だよA君。驚いたぜっ」


 この岩田という男……やはり二流だ。


「山崎は缶ビールを右手に持っていた。十中八九右利き、そして腰の辺りに拳銃チャカを隠している」


 岩田は飯田を蹴り飛ばすと直ぐに拳銃を確認した。


「ほぅ、さすがA君。恐れ入った」


「ついでに窓を閉めて鍵をしておけ、逃げられたらお終いだ」


「へいへい、了解です。A兄貴」


 岩田は渋々行動する。

 そして飯田にもう一発蹴りをお見舞いした。


「ったく、お前のせいで恥かいただろうが!さっさと殺せばよかったぜ」


 岩田は飯田の頭に銃口を突きつけた。


「ひぃ!ちょ、ちょっと待ってくれ!こ、交渉をさせてくれ」


 俺は聞く耳持たず拳銃を構えた。


「まあまあ、ちょっと待ってよA君。話だけ聞こうではないか」


(つくづく馬鹿な男だ……)


 俺は拳銃を下ろした。


「で、交渉って何だ?」


 岩田は飯田の頬を拳銃でペチペチと叩きながら尋ねた。


「と、隣の部屋に女のガキがいる。ソイツをやるから、アジアの変態大富豪か臓器売買にでも使うといい。アンタらの報酬よりデカいはずだ!」


「なんだと!貴様、鬼畜だな。どれどれ、一応確認しておくか。A君、隣の部屋見てくれる?」


 俺は警戒しつつ、ふすまをゆっくりと開いた。


 俺は言葉を失った。


 ボロボロのたたみ、食べかけのカビの生えた菓子パン、ペットボトルが散乱して、部屋中に汚物の臭いが充満し鼻をついた。


 綿の抜けた薄っぺらい布団に、その少女はぬいぐるみと一緒に横になっていた。


 4~5才くらいだろうか、身体はガリガリに痩せ細り、アザだらけだ。


 岩田も顔を覗かせる。


「うわ、クッセェ!おいおい、こんな汚ぇガリガリのガキが売れるかよ!舐めてんのか飯田君よぉ」


 せめてもの情けだ、ぐににしてやる。


 俺は少女に銃口を向けた。


 その時だった……


 少女は細い身体を震わせながら立ち上がった。

 そしておぼつかない足取りで俺の方へやって来た。


 少女は俺の足に力弱く抱きついてきた。


 そして、ゆっくりと俺の顔を見上げると……


「パパ……迎えに来てくれたのね」


 と、とても嬉しそうな笑顔をみせた。


 俺の足にしがみついた少女はとても温かかった。

 冷たくなった人間しか知らない俺には衝撃的だった。


 そして、人間ヒトに微笑みかけられたのは初めての事だった。


 俺は、まるで温かな光に包まれたようだった……


 その後にとった俺の行動は、自分でも驚きだった……俺にもというヤツがあったのだ。ソイツが勝手に俺を突き動かした。


 俺は、しがみついたまま気を失った少女を抱きかかえた。


「なんだよA君、さっさとっ……え?」


 俺は岩田を撃った。


 そして飯田を撃った。

 この俺が感情的になり何度も撃った。

 死なない程度に……苦しみ、痛み、徐々に死に至るように。


「精々苦しんで逝け……」


「ゼヒィ……ゼヒィ……ゼヒィィ……」


 自分のことを棚に上げて言うが、卑劣な外道はただでは死なせない。


 飯田は脂汗をかき、小刻みに震えながら、しばらくのあいだ苦しみ死んでいった。



 俺は、少女を車に乗せて医者のところへ向かった。


(なんだ……俺は何をしているのだ?)


 自問自答する。だが、思考回路はにぶっていた。



 俺は少女を医者にみせた。

 医者と言っても闇医者だ。普通の病院へ連れていったら、虐待で通報されちまう。


「どうだ?子どもの状態はどうなんだ?」


 俺はかすように聞いた。


「まあまあ、落ち着きなよ。この子は酷い栄養失調だ、同じ年代の子どもと比べたら体重も半分以下だろう。それと、後遺症もある。ビタミンAの不足でかなりの弱視じゃくしだ、恐らくほとんど見えていないだろう」


「おい!治るのか!身体は?目は?」


 俺は医者の両腕を強く掴んだ。


「痛ててててっ!とりあえず今TPN……あー、つまり栄養補給の点滴を打ってる。まずはそこからだ。視力の方だが、完治する事は無いだろう、しかし、ちゃんとしたの病院で何年か治療を受けて眼鏡を掛ればある程度は見えるようになるはずだ」


「そうか……」


 何故か俺はホッとした。


「あ、後……この子は俺の事をパパと呼んだんだ、迎えに来てくれたと……」


「あー、なるほど。いいか、この子はアンタら殺し屋とは真逆だ。生きたい、生きるんだという強い気持ち、生命力を持っている。あんな状態でも、いつかパパが迎えに来ると自分にり込ませ、今まで耐えてきたんだろう」


 俺は何とも表現しがたい気持ちになった。

 みっともないような、情けないような……


 しばらくすると、少女が目を覚ました。


「パパ!パパは何処どこなの?」


 父親とやっと会えたことが夢じゃないようにと怯えた様子だった。


「あー、えっと、ここに居るよ」


 俺はもなく、少女の手を握った。


 少女は安堵し、手を握り返してきた。

 いや、少女が目を覚まし安堵したのは俺の方かもしれない。


「すまない、ちょっと出て来る。この子を預かって貰えないか?」


「ああ、どうせまだ起き上がるには早いし、行ってきな」


「ありがとう」


「まさかアンタからお礼の言葉が聞けるとはな……」


 医者は、口元を手で押さえ笑った。


 当然だろう、自分自身も可笑おかしい。


「パパ、どこへ行くの?やだよ」


 話を聞いて、少女は不安な声を漏らした。


「あ、えっと……ぐに戻るさ。心配ない……よ」


 医者はたどたどしい俺の言葉に声を殺して笑った。


「パパ、早く帰って来てね」


 俺は少女を医者に預けると、ある男に会いに行った。


 コンビニエンスストアの脇にある灰皿。

 その横で、缶コーヒーを片手に喫煙している男。

 コイツは裏社会の『なんでも屋』だ。と言っても、殺しや薬局(薬の売買)をしている訳では無い。主に情報提供や必要書類、偽造身分証などの手配を仕事としている。


「お、珍しいね、仕事かい?」


「ああ、頼みたい事があって来た。が欲しい、二人分だ」


「こ、戸籍って……アンタほどのの通った男が引退するのかい?……まあ、は無いが」


「まあ、そういう事だ。ひとつは俺の分、もうひとつは4~5才くらいの少女のモノだ。頼めるか?」


「いや、まあ、出来るけど……アンタに追われちまうぞ」


 始末屋とは、暗殺者専用の暗殺者……つまり俺が追われる身になるという事だ。


「ああ、問題無い。それより急いで用意して欲しい。俺の名前は何でもいい。ただ、少女の名前は『』……これで頼む」


「あ、ああ、承知したっ」


 なんでも屋は動揺しながらも、早速手配を進めてくれた。


 俺は急いで少女の元へ戻った。

 少女は眠っていた。


 俺は、自然と笑みが零れている自分に気が付いた。








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