11.勝者の願い事

「私の稽古相手になって」

「は?」


 シィルミナの突然の言葉に、固まってしまうアシル。

 差し伸べられた右手を握る寸前で少しの間止まる二人の時間……。


「いや、待て。俺なんか相手にならないだろ」


 固まった後、アシルはシィルミナの手を握り、立ち上がる。


「何故、俺なんだ?他にいるだろ」

「そうかしら?」

 

 繋がれた手が自然と離れる。

 シィルミナはアシルの表情を伺いながら、首を傾げるように答えた。


「いつも周りにいる人たちとか誘えば喜んでやってくれるだろ」

「あ〜、あの取り巻きね……。申し訳ないけど、あの人たちじゃ無理だわ」


 『はぁ、』というため息が聞こえそうな仕草で、シィルミナは視線を落とす。


「俺よりは相手になると思うけど?」

「そうかもしれない。でも、そもそもまともに剣を交えることができるとでも?」

「あ……………」


 アシルは気づいてしまった。

 人気者のシィルミナが相手ならば、それは真剣勝負にはならない。喜びだけが表に出て、まともな勝負とはならないことを。


「正直、興味がないわ。普通に振る舞うのも少し疲れるのよね」

「さらっと、酷いこと言ったな…………」

「絶対に手を抜かれる。どころか、私と一対一できることの喜びしか持たれないわ。それじゃ練習にならないのよ」


 目を閉じて、腕を組むシィルミナ。

 そのまま二人に無言の時間が訪れ、時計の長い針がひとつ動くほどの時間の後に閉じていた視線をアシルに向けた。


「でも、あなたならそんなことないでしょ?」

「どうだか……」

「さっき決闘して伝わってきた。手を抜かれない真剣な姿勢がね。だからあなたにお願いしようと決めたの」

「決闘は最初からそれが目的か」


 今度はアシルの方が視線を落とす。


「違うわ。あれは頭にきたから、ねじ伏せようと思っただけ。本当は残りの三等剣士の人に頼むつもりだった」

「そうした方がいいと思うが」

「いいえ、あなたに決めたの。一度決めたからには覆すつもりはないわ。そもそも他の二人が了承してくれるとも限らないし。それに、あなたと剣を交えると何かがあると思うのよ。これは私の勘ね」


 柔らかい、微笑むような視線をしているシィルミナだが、瞳には真っ直ぐな強い意志が感じられる。


「さっきの決闘からして、どう考えても俺がまともに戦えると思えないだろ」


 アシルがそう言うと、シィルミナは再びアシルに向けて右手を差し出す。

 そして力強く、自信満々に言うのだ。


「安心して、私があなたを強くしてあげる。それなら文句ないでしょ?」


 その言葉に驚かされるアシル。

 同時に動揺や不安、色々な感情が渦巻いた。


「いや……まぁ……」


 不安げにアシルは答える。


「と言っても、負けたあなたに拒否権はないんじゃないかしら?」

「そう……だな……負けたから言うことを聞くって言ったしな」


 男に二言はない。とでも言うように覚悟を決めてその右手に手を伸ばし、握手を交わす。


「決まりね。これからよろしく、アシル」

「こちらこそ、お手柔らかに頼むぜシーナ」


 シィルミナはアシルの顔を見て微笑んだ。


「さぁ?それはあなたの努力次第よ」


 ここで二人の話は決着。

 というわけでもなかった。

 アシルにはもう一つ、疑問に思っていることがあるらしい。


「ところで、思うんだけど」

「今度はなに?」

「そんなに強いのに、何故麻痺毒なんて食らったんだ?」


 これはアシルの勘違いなのか、夕日の悪戯なのかは定かではないが、シィルミナの顔が少し赤くなったように見えた。


「あぁ、恥ずかしいからあまり言いたくないけれど…………、水よ」

「水?」

「飲み水。あれは、食堂に向かっているときだったわ」

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