4.非難の嵐

「アシル、昼飯いかないか?」


 ロイはアシルのことが気に入ったのか、休み時間になると話しかける。

 時は12時となり、お昼休みの時間となった。


「そうだな。確か食堂あったよな」

「あぁ!名門ってこともあってか、ここの食堂の料理は絶品らしいぜ!」


 二人は教室の外へ出ようとする。

 すると……、


『シーナさん、ご一緒してもよろしいですか?』

『私も!シーナさん』


 教室の中心あたりに何人か集まっている様子だった。

 アシルは漏れてきた声に誘われるように、足を止めて振り返り、その集団の様子を見る。


「いいですよ。いきましょう」


 集団の中心の女子生徒は、微かに青みが混じった白銀のロングヘアーに水晶の髪留め。服装はこの学園の制服になるが、他の女子生徒と同じものを着ていると思えないほどの着こなし。


「どうした?って、シーナさんのことか」

「知ってるのか?」

「話したことないし、みんながシーナさんって呼んでるのを聞いただけだよ。でも、入学試験では3人だけしかいなかった三等剣士の1人らしい」


『そうなのか』というように、アシルは教室を出ていく。まるで興味を失ったかのように、食堂へと歩みを進めた。


 やがて学食へと到着する。


「美味いな、さすがって感じだ!」


 ロイは美味しそうに食事をする。

 一方、ただ黙々と食事をするアシル。何かを考えているように感じるほどに、感想もなく。

 まるで食事=作業かのようだ。


「もっと美味しそうに食べろよなぁ、せっかくなんだから」

「……………」


 ロイが話しかけても答える様子はなく、ただ目の前の料理に目を向けて、ナイフとフォークを操って口に運んでいく。

 すると、突然アシルが問う。


「なぁ、ロイ。お前は剣術を磨きたいか?」

「うぬっ!?…………っ、なんだいきなり。磨きたいからここにいるんだろ?」


 口いっぱいに食べ物を運び、噛んでいる最中だったロイは少し詰まらせながらも、唐突な質問に『当然だ』というように答える。


「そうだよな。すまない、変なことを聞いた」

「おおおおう、別にいいけど」


 ロイが気づくと、いつの間にかアシルの目の前にあったはずの料理はきれいにお皿だけとなっていた。

 先に食べ終わったアシルは『用事があるから』と言って立ち上がり、まだ食べている最中のロイを置いてその場を後にした。

 その後、木製のコップに飲み物を入れると、人気のない廊下を探して歩き回ったアシル。

条件の整った場所を見つけると、窓を開けて外の景色を見ながら考え事をする。


「剣術か………」


 自分の過去、入学に至った経緯、入学してからのロイとの関係や現状、時々手のひらや、コップの飲み物の表面に映った自分の顔を見つめながら様々なことを思考する。


「ん………?あれは」


 人気のない廊下というのは、教室がある建物とは反対に位置する場所だ。景色と言っても中庭の噴水や花たちを見下ろすか、人気の多い反対側の廊下の風景を見るかだ。

 そんな反対側の廊下で、先程見た『シーナ』という女子生徒の姿が目に入る。美しい姿からか、つい見入ってしまいそうになる。


「何してるんだ?」


 彼女はどこかの男子生徒と話していた。普通の会話……とも思ったが、どうやら楽しそうではない。

 そのまま観察していると彼女の身体から一瞬、力が抜けたように見えた。


「だめだ、落ち着けると思って来たがここに居ては」


 気づけば彼女の姿ばかり追っていた。何故かというのはアシル自身よく分からなかった。

 その場を離れて、教室へと向かう。続く廊下は進むとともに人気が多くなっていく。

 次の瞬間――――、


「困ったな。見ないようにあの場から離れたっていうのに」


 廊下の向こうから彼女が歩いてきた。

 隣に女子生徒がいたり、廊下で擦れた違った生徒たちに挨拶を返したり、先程とは違って表情は明るく笑顔だった。


「……………」


 今いる廊下を彼女の方に歩いていけば、教室にたどり着く。だが、すれ違うこととなる。

 時間に余裕があるため、避けるように別の進路で教室へ行こうとも考えたが、彼女の様子に少しだけだが違和感を感じた。


『あ、シーナさん!ごきげんよう』

『ごきげんよう』

『シーナ様!お話したいです!』


 優秀な成績に加えて、彼女はお嬢様という立場らしい。


「ごきげんよう。ごめんなさい、後でお話しましょ」


 彼女は一人一人に対して笑顔で対応する。

 だが、決して歩みを止めることはしなかった。


 ………………。


 そして、彼女とアシルはすれ違うこととなるのだが………。


「あっ!」

「きゃっっ!!!!」


 アシルは躓いてしまった、片手に握っていた木製のコップの中身を零した。

 “地面に”ではなくて“彼女の制服”に向けて。


「ごめんなさい!」

「いえ、問題な……い……です」


 彼女はそう言うが、


『信じられない!あいつ何してるのっ!』

『あいつ見習いの奴じゃないか!ふざけるな』

『土下座して謝りなさいよ!』


 周りからは非難の嵐だ。それもそのはず、同世代ではお嬢様という扱いの高貴な人物に向かって、飲み物を零すなんてことはあってはならない。


『チッ!!!』


 そんな混乱の最中で、彼女の背後から誰にも気づかれないように静かに立ち去ろうとする人影を、頭を下げているアシルは見逃さなかった。


「本当に申し訳ない!」

「そこまで酷く汚れていないので問題ないですよ」


 騒がしい状況の中で、彼女は小声でアシルにだけ聞こえるように、


『ここはもう大丈夫だから、ありがとう』


 と言った。

 そしてアシルは混乱している場から立ち去ろうとする。


『おい!逃げるのか!』

『最低っ!』


 アシルが歩き始めると非難の声は増々大きくなったが、気にせずにその場から離れた。

 その場の騒動は彼女によって収まり、同時にアシルに対しての視線は鋭さを増した……。


 アシルは立ち去った後に、へと向かった。

 それはまた人気のない、今度は建物の裏となる場所だった。


「お前だな。彼女を脅していたのは」


 建物の裏となる場所で、物陰に潜む人物に話しかける。


「よくわかったな。見習いのくせに」

「背後にいるお前の目付きや仕草が不自然だったんだよ」

「ほう……」


 陰からゆっくりと歩み寄ってくるのは、学園の制服を着た人物。男子生徒だ。


「お前のせいで計画は台無しだ」

「計画?」

「お前には関係ない。もう少しで彼女を捕らえることができたってのにっ!」


 男子生徒は腰に刺していた剣を、金属の甲高い音とともに勢いよく抜くと、それをアシルに向けた。


「しょうがねぇ、バレた以上ここで消す」


 身の危険を感じて、同じように腰の剣を抜く。

 剣先と剣先――。

 視線と視線がぶつかり合う。


「見習いが俺に勝てるのか?」

「やってみなきゃわからないだろ」


 男子生徒は不敵な笑みを浮かべる。

 次の瞬間、


「そうかよっ!」


男子生徒はアシルに向かって、斬りかかるのだった。

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