第6話 下着
◇ ◇ ◇
「――氷室君はどういうのが好み?」
有坂にそう尋ねられた俺は、店内に視線を巡らす。
その視線の先は一面、女性用の下着で埋め尽くされている。
「……俺の好みを聞いてどうするんだ?」
「もちろん、買うつもりだよ」
「そもそも、俺がここにいていいのか……?」
居心地の悪さを感じていた俺の口から本音が零れ出た。
女性用の下着を取り扱う店に入ること自体は、それほど抵抗がない。
俺はそんな初心ではないから、女性用の下着に囲まれても恥ずかしくなったりはしない。
だが、店を利用する女性客は、下着を選んでいる姿を見知らぬ男に見られたくないと思う。
女性の立場からすれば、ああいう下着が好みなんだな、あの下着を穿くんだな、と男に思われてしまうのではないか? と考えてしまうかもしれない。そうなると素直に買い物を楽しむことができなくなってしまうだろう。
なら店に入るなよ、という話なのだが、そういうわけにはいかなかった。
ウインドウショッピングを楽しんでいた俺たちは、今いる女性用の下着を取り扱う店の前を通り掛かった。その際に有坂が店内の商品に興味を示し、俺はやや強引に連れ込まれてしまったのだ。
今日一日、彼女に付き合うと決めていた手前、断るに断れず、同伴する羽目になってしまった。
いくら見慣れているとはいえ、俺も年頃の男なので女性の下着には興味しかない。故に、抵抗する意思が弱かったかもしれないが、それはどうか寛大な心で許してほしい。――まあ、有坂にとっては都合のいい展開だろうから、許しを請う必要などないのだが。
「今はほかにお客さんいないから大丈夫だよ」
「確かに……そうだな」
俺の質問の意図を正確に読み取った有坂の言葉通り、幸いにも今はほかに利用客がいない。なので、下心があって抵抗を弱めてしまったことに対する謝罪は必要なかった。
とはいえ、店内に見知らぬ男がいたら、女性は店に入りづらいのではないだろうか……?
可能な限り早く、この場から退散することにしよう。そのためには、さっさと有坂の質問に答えなくてはならない。
「俺の好みだったか?」
「うん。どういうのが好き?」
「そうだな……」
俺は再び店内に視線を巡らせる。
視線の先には、ブラジャー、ショーツ、テディ、ベビードール、スリップ、パンティストッキングなど、様々な商品が並んでいる。女性用下着の店の事情など露ほども知らないが、豊富な品揃いなのではないだろうか。
それはともかくとして、俺が好きなのは透け感があって布面積の小さいセクシーな下着だ。なんなら、ショーツはTバックやGストリング、Oバックなどの露出が激しいタイプでもいい。
色は黒、紫、赤など、暗めの色や、情熱的な色が好みだ。これらの色には妖艶なイメージがあって好みに突き刺さる。あと、ガーターベルトも捨てがたい。
俺は清楚系よりも、セクシー系が大好物なのである!!
なんてあれこれ性癖を垂れ流しながら、女性にとっては気持ち悪いことを考えていると、自然と舞さんの姿が脳裏に浮かんできてしまった。
そして、目についた俺の好みの下着を身に付けた舞さんの姿が、ファッションショーのように次々と脳裏を駆け巡っていく。
全くもって酷い妄想である。これでは本当に気持ち悪がられても仕方がないではないか。
もしかしたら俺の好みは、舞さんに似合いそうな下着、
俺の性癖は全て舞さん基準になっているのかもしれない、と思い至ってしまった。
それほどまでに恋心を拗らせているのか、と自分に呆れてしまう。
このまま俺の好みを有坂に伝えるのはなんか違う気がしてきた。
あくまでも舞さん基準の好みであって、それを有坂に当てはめるのは失礼だろう。
「なんなら、氷室君が舞さんに身に付けてほしい下着でもいいよ? わたしが代わりに欲望を満たしてあげる」
黙り込んで考え込む俺の思考を読み取ったのか、有坂は吐息を多分に含んだ艶のある声でそう囁いてきた。
なぜ俺の考えが筒抜けになっているのだろうか……。顔に出ていたのか……? 気をつけよう……。
「わたしが代わりになるかはわからないけど」
「充分代わりにはなるが、代用品に着せ替えさせるような真似はさすがに気が引けるんだが……」
非常に魅力的な提案に、俺の心は呆気ないほど簡単に誘惑されてしまいそうになるが、理性を振り絞って欲望を抑え込む。
ただでさえ現状でも有坂のことをセフレとして利用しているのに、更に自分の都合を押し付けるわけにはいかない。
既にクズ男まっしぐらのくせに、今更なにを気にしているのか? と耳の痛い指摘が飛んできそうだが、いくら手遅れ感満載でも、酷な仕打ちを重ねる理由にはならない。
それに、今日は有坂のために時間を使うと決めている。なので、俺の欲望は捨て置いて、彼女が楽しめるように努めたい。
「わたしがしたくてすることだから、別に気にしなくてもいいのに」
「このままじゃ俺がどんどん駄目男になってしまうだろ……」
「どれだけ駄目男になっても、わたしが世話を焼いてあげるよ。そして、そのままわたしなしでは生きられない身体にしてあげる」
ファンタジー物のアニメやゲームで例えると、魅了のスキルを使っているサキュバスのような感じと言えばわかりやすいだろうか?
「とんでもない落とし穴つきだな……」
「ふふ、甘い蜜には毒があるんだよ」
有坂なしでは生きられない人間になってしまうのは、なんとも背徳的な魅力がある。
このまま彼女に溺れてしまいたいという欲望が全くないと言ったら嘘になるが、それよりも圧倒的に舞さんを想う気持ちのほうが強い。
だから誘惑を振り切る理性はちゃんと残っている。
「抗いがたい誘惑があるが、そこまで落ちぶれる気はない」
「それは残念」
口ではそう言う有坂だが、表情や仕草を見るに、あまり残念そうにしていない。
おそらく本気ではなく、冗談で言っていたのだろう。もしかしたら多少は本気だったのかもしいれないが、冗談交じりだったから始めから期待していなかったに違いない。
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