第13話 決意

◆ ◆ ◆


 暴走して舞さんの唇を奪ってしまった。

 無理やりしてしまったことに罪悪感が湧いてくるが、暴走している本能を抑えられそうにない。


 舞さんは最初、俺の舌からのがれるように自分の舌を動かしていた。

 しかし俺が執拗に追いかけると、根負けしたのか諦めて舌を絡めてくれた。


 互いの舌を絡め合う度に、唾液が混ざり合う音が零れる。

 気づいたらいつの間にか舞さんは俺の背に両腕を回して抱き締め返してくれていた。


 求めてやまなかった舞さんと濃厚なキスを交わせている状況に、今まで感じたことがない充足感と幸福感に包まれる。


 いくらセフレと身体を重ねても得られなかった感情が麻薬のように――当然、使ったことないから比喩だ――俺の心を満たす。

 その感覚に酔いしれてしまい、舞さんのことを離すまいとより一層激しく舌を絡める。


 強引にキスしているにもかかわらず、舞さんは俺のことを拒絶せずに受け止めてくれる。

 そんな彼女のことが愛おしくて堪らず、痛くならないように気をつけながら抱き締める腕に力をこめた。

 すると、俺の愛情表現に応えるように舞さんもより強く抱き締め返してくれる。


 俺にはそれが嬉しくて仕方がなく、呼吸するのを忘れて激しく舞さんの舌を求めてしまう。


 そうして互いに――俺だけかもしれないが――夢中になってキスしていると、二人とも息遣いが乱れていく。

 酸素不足になっても構うことなく唇をむさぼり至福のひと時を過ごすが、俺の暴走に付き合ってくれている舞さんにとっては迷惑でしかないのだろう……。


 彼女の意思を無視していることに関しては心の底から申し訳ないと思っている。

 だが、長年憧れてやまなかった愛しの女性が自分の腕の中にいて激しくキスを交わしている現状に、俺の理性はまともに機能しない。


 ずっと憧れていたからと言い訳を口にしても許されることじゃないのはわかっている。それでもきっと舞さんが怒ることはない。


 彼女にとって俺は息子同然の存在だから、甘えられているくらいにしか思っていないはずだ。――キスが甘えている範疇に収まるのかははなはだ疑問だが。


 いずれにしろ、叱ることはあっても、感情的に怒ることはないだろう。

 普通なら怒られないことに安堵するところだが、俺はむしろむなしさを感じる。

 怒られないってことは男として見られていない証拠だと思うから……。


 だって息子にキスされて怒る母親っているか?

 スキンシップでのキスと恋愛感情でのキスでは前提が異なるかもしれないし、幼い子と高校生の息子との違いでも話は別かもしれない。

 だが一般的な感性を持っているならスキンシップの一環だと思うはずだ。


 だから怒ってくれたほうが多少なりとも意識してくれているのだと実感できるのだが、舞さんがそういう反応を見せてくれることはきっとない。


 少しでも意識してほしい、意識させたい、という気持ちが溢れ出て、俺の存在をきざみ込むように激しく濃密なキスをする。


「ん……ちゅ……んん……くちゅ……んんっ……」


 室内にキスの音が響いても一切気にしない。

 俺の気持ちをぶつけるように無我夢中で舞さんの唇を堪能する。


 ぶっちゃけると、興奮で俺の下半身は元気よく膨張している。今日は有坂と散々ヤりまくったにもかかわらず下半身が元気になってしまうのは、それだけ幸福感と充足感に満たされているからだ。

 もちろんそれだけではなく、舞さんを腕に抱き、濃密なキスをして興奮しているのもある。もっと先の関係に進みたいと本能が訴えかけているのだ。


 俺の下半身の状態に舞さんが気づいているのかはわからない。

 だがもし気づいていたら俺がもう子供ではなく、あなたに想いを寄せている一人の男なのだと意識してくれるかもしれない。


 だとしたらむしろ気づいてほしいとすら思う。

 いっそのこと下半身を擦りつけてアピールしてしまおうか、などとセクハラ紛いの考えが脳裏をよぎってしまう。


 しかし俺はあることを失念していた。

 時間を忘れてキスしていたけど、舞さんの唇を奪ってから既に十五分近く経っている。


 キスする前から舞さんとしていた会話の時間を含めると、おそらく三十分以上経っているはずだ。

 いや、もしかすると一時間近く経っているかもしれない。


 故に――


「喉渇いた~」

「「――!?」」


 風呂から上がった母さんが戻って来てしまった。

 俺と舞さんは目にも留まらぬ速さでキスをやめて身体を離す。


 名残惜しさを感じていた俺よりも、舞さんのほうが圧倒的に離れるのが速かった。

 まあ、親友の息子とキスしているところなど見せられるわけがないし無理もない。


「二人とも顔赤いけど、どうしたの?」


 冷蔵庫の前まで移動した母さんは俺たちの顔を見ながら首を傾げた。


「なんでもないよ」


 俺が素知らぬ顔でそう言うと、間髪入れずに舞さんが「お酒飲みすぎたかも」と口にした。


 実際のところ舞さんは酸素不足が原因で顔が赤くなっているのだと思う。

 まさか俺と同じように興奮や照れで赤くなっているわけではないだろう。


「ふぅん」


 幸いにも母さんは特に気にしていなかったようで、追及することなく冷蔵庫を開けて水を取り出した。


 いや~、危なかったな……。

 舞さんとキスしているところを母さんに目撃されてもおかしくなかった。


 夢中になりすぎて母さんの存在を完全に忘れていた。

 理性が吹っ飛んでいたとはいえ迂闊うかつだったな……。


 母さんはしっかり髪を乾かしてナイトガウンを着ている。

 つまり、ドライヤーで髪を乾かしたということだ。


 いつもならかすかにドライヤーの音が聞こえていたのに、今日は全く気づかなかった。

 おそらくドライヤーの音に気がつかないほど夢中になってキスしていたのだろう。

 我ながらがっつきすぎである……。


「それじゃ、おやすみ」


 水を飲み終えた母さんは右手を軽く振りながら去っていく。


「あ、舞、食器洗うのは私が起きてからやるから、水に浸けておいてくれるだけでいいわよ」


 途中で足を止めた母さんは思い出したようにそう言うと、ダイニングから姿を消した。


 その背を見送った俺は視線を舞さんに戻して口を開く。


「ごめん、舞さん……」


 彼女の意思を無視して無理やりキスしてしまったことを詫びる。


「ううん。私のほうこそ悠くんの気持ちに気づいてあげられなくてごめんね」

「舞さんはなにも悪くないよ」

「気づいてあげられていれば、悠くんがここまで抱え込むことはなかったと思うから……」


 そんなことないよ。

 悪いのは全部俺だから。


 諦められなかったのも、想いを伝えてしまったのも、無理やりキスしてしまったのも全て俺が悪いんだ。

 だからそんな困ったような、悲しいような、なんとも言えない複雑そうな表情をしないでくれ……。


「今まで辛かったでしょう? ごめんね」


 舞さんは右手を伸ばして俺の頭を優しく撫でる。 


 慰めてくれるのは嬉しいけど、今の状況で頭を撫でられるのは息子に対する行為だとしか思えない。

 やっぱり俺は息子のようにしか思われていないのだな、と現実を突きつけられて心が痛む。


「でも、さっきのことは忘れましょう? 今から私たちは親子に戻るの」

「うん……」


 落ち着いた声色で諭すように言われてしまっては頷くことしかできない。


 でもごめん舞さん。

 俺はさっきの幸福感と充足感を忘れられそうにない。


 今まで手を伸ばすことすら叶わなかったんだ。

 一度でも自分の腕に抱いてしまっては、もう後戻りなんてできない。


 孝二さんと上手くいっていないのなら、俺が舞さんのことを幸せにする――だから覚悟してくれ。


 俺はもう息子でいるのをやめて、これからは一人の男としてあなたにアプローチするから――!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】


 以上で第一章は終わりになります。そして次回から第二章が始まります!

 もし少しでも「おもしろい!」「続きが気になる!」と思って頂けたのなら、フォロー、★評価、レビューなどを頂けると嬉しいです! 今後の励みになります!

 さらに多くの読者さんに読んで頂けるきっかけにもなりますので、何卒よろしくお願い致します!!

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