第13話『私が妻です。』
その後、3回目は俺が前、4回目は優奈が前に座ってウォータースライダーを滑った。優奈と一緒だし、何度滑っても楽しいな。
列に並ぶのがいい休憩になっていたけど、滑っている間は毎回叫んでいたから、4回目を滑り終わったときには俺も優奈も疲れを感じ始めていて。なので、ここで一旦休憩しようということに。屋内プールの出入口前に大きな自販機があるので、そこで好きな飲み物を買ってサマーベッドで休憩することになった。
ウォータースライダーの入口で2人用の浮き輪を返却し、更衣室へ小銭入れを取りに行くために屋内プールの出入口に向かって歩き始める。
「楽しくて4回滑りましたね」
「ああ。気付けば4回滑ってたな。1日でトータル4回滑ることはこれまでにあったけど、あまり間隔を空けずに4回で滑ったのは今日が初めてかも」
「私は……去年や一昨年にここへ来たときに滑りましたね。陽葵と萌音ちゃんはもちろん、千尋ちゃんもウォータースライダーが好きですし、他にも好きな友達がいましたから。2人用の浮き輪でみんなと一緒に滑りました」
「そうだったんだ」
ここは2人一緒に滑られるし、ウォータースライダーが好きな人が何人もいたら、みんなとそれぞれ一緒に滑りたくなるか。
「一緒に滑って、優奈はウォータースライダーが大好きなんだって分かったよ」
「ふふっ。私も和真君がウォータースライダーが大好きなのだと分かりました」
優奈はニッコリと可愛らしい笑顔でそう言う。
優奈と一緒にウォータースライダーで滑るのが楽しかったし、今日のデート中にまた滑るかもしれないな。
「あの、和真君。あそこのお手洗いに行ってきますね」
屋内プールの出入口に近づいたとき、優奈は屋内プール内にあるお手洗いを指さしながらそう言ってきた。
「分かった。……俺も行こうかな」
そこまでもよおしているわけでもないけど、優奈がお手洗いに行くと言ったら俺も行きたくなったのだ。
「では、お手洗いの前で待ち合わせしましょうか」
「了解」
その後、お手洗いの前で優奈と別れて、俺は男性用のお手洗いに入る。
特に待つことなく用を足すことができ、お手洗いを後にした。お手洗いの前に優奈はまだいなかった。気長に待つか。
「楽しいなぁ」
3年ぶりにスイムブルー八神に来たけど、とても楽しめている。プールの水は冷たくて気持ちいいし、ウォータースライダーは昔と変わらずスリルがあって楽しいし。何よりも優奈の笑顔をたくさん見ることができているから。
近くにある時計を見ると、今は午後3時15分か。まだまだここで遊べるな。この後も優奈とのプールデートを楽しみたい。
それにしても、優奈はまだ来ないな。女性用のお手洗いは混んでいるのだろうか。そんなことを考えていると、
「あっ、凄くかっこいい茶髪の男の子発見。高校生かなぁ」
「かっこいい~。背も高いし、いい体つきしてるし。ねえ、あたし達と一緒に遊ばない?」
「お姉さん達と一緒に色々なプールに入って、スライダーも滑ろうよ」
気付けば、目の前にビキニ姿の女性2人が立っていた。若そうだけど高校にいる女子よりも大人っぽいから……女子大生だろうか。俺のことを高校生と推測し、自分達をお姉さんと言うことからその可能性は高そうだ。
今の誘い文句といい、女性2人の興味津々な様子といい……これは完全にナンパだな。以前、カラオケに行ったときは優奈がナンパされていたし、今日も準備運動をしたときに優奈のことを言っている人が多かったから、優奈の方がナンパされる確率が高いと思っていたんだけどな。まさか、俺がナンパされるとは。
今は俺一人だし、ナンパしてきたってことは、俺が女性同伴なのを知らないのかもしれない。
「ねぇ、どう?」
「遊ぼうよぉ」
女性2人は猫なで声でそう言うと、俺の腹部をさりげなく触ってくる。こうしてボディータッチをすることでナンパを成功しようとしているのだろう。
あと、見知らぬ女性から勝手に体を触れるのは嫌な気分だ。俺は一歩後ろに下がり、女性達から距離を取る。
「触るのは止めてください。……実はこう見えて俺は妻帯者でして。今は妻とのデート中で、妻がお手洗いから出てくるのを待っているんです」
女性達を見ながら、俺は事実を言う。
ナンパを諦めさせるだけなら彼女と言えば言ってもいいのかもしれない。ただ、ウォータースライダーのスタート地点にいた女性のスタッフさんに優奈が俺達を夫婦と言っていたので、俺も一緒に来ている人のことを妻だと言いたかったのだ。
「えっ、奥さんいるの?」
「本当なの? 指輪はめてないじゃない」
妻と言ったのもあってか、女性2人は俺の言葉を信じていない模様。高校生だと思われているし、結婚指輪を付けていないから俺が嘘をついていると思っているのだろう。嘘ついちゃって、と言わんばかりの意地悪そうな笑顔を見せる。
「本当ですよ。私が妻ですから」
お手洗いの方から優奈の声が聞こえたのでそちらを見てみると、目の前には優奈が立っていた。優奈は真剣な様子になっていて。ただ、優奈は俺と目が合うと、いつもの穏やかな笑顔を見せる。そんな優奈を見て安心感を覚える。
「お待たせしました、和真君」
と言うと、優奈は俺の右腕をそっと抱きしめてくる。そのことで感じる優奈の体の柔らかさがとても心地いい。
「結婚指輪はプールでなくさないように外しているだけです。主人とのプールデート中ですのでナンパをしないでもらえますか?」
優奈は女性2人に向かって落ち着いた口調でそう言った。口元では笑っているけど、目つきは真剣そのもので。とても心強い。カラオケボックスで優奈がナンパされ、俺が助けに行ったとき、優奈はこんな気持ちだったのだろうか。
「ご、ごめんなさい!」
「デ、デートを楽しんでくださいね!」
女性2人は苦笑いをしながらそう言い、俺達の元から立ち去っていった。これで一件落着だな。
「行ったな。……ありがとう、優奈。お手洗いを済ませて、ここで待っていたらさっきの女性2人にナンパされてさ」
「そうでしたか。和真君はかっこいいですし、水着姿がよく似合っていますからナンパされてしまったんでしょうね。一人でいましたし」
「かっこいいとか体つきがいいとか言われたよ」
「なるほどです。……女性用のお手洗いが混んでいまして。それで、お手洗いから出てきたら、和真君が体に触れている女性達から離れるところでして。妻とのデート中だと言うところがかっこよかったです」
その場面を思い出しているのか、優奈はちょっと恍惚とした様子に。
「そっか。ただ、高校生だと思われていたし、指輪を外しているから信じてもらえなかったな。優奈が来て、自分が妻だって言ってくれたからすぐに立ち去ったんだと思う。助けてくれてありがとう。心強かった。カラオケで優奈がナンパされたときはこんな気持ちなのかなって思ったよ」
「そうですね。あのとき、和真君が来てくれて心強かったですし、ほっとしました。……準備運動が終わったとき、和真君に何かあったら助けると言いましたし、以前、カラオケで私がナンパされたときは和真君が助けてくれたので、今回は私が和真君を助けることができて良かったです」
優奈は持ち前の優しい笑顔でそう言ってくれる。そのことに胸がとても温かくなって。こんなに優しくて素敵な人と結婚している俺は幸せ者だ。
「ありがとう、優奈。……キスしてもいいかな。ナンパから助けてくれたのが嬉しくてさ。だからキスしたくて。周りに人がいるけど……どうだろう?」
「いいですよ」
優奈はそう言うと、俺の右腕への抱擁を解き、俺の目の前に移動する。笑顔のままそっと目を閉じる。
笑顔だからいつも以上にキス待ちの顔が可愛いな。そう思いつつ、優奈にキスした。その瞬間に「きゃっ」と女性の黄色い声が複数聞こえたけど気にしない。プールの水で湿っているけど、それでも優奈の唇は柔らかくて心地良い。
2、3秒ほどして俺から唇を離した。すると、目の前には優奈の可愛い笑顔があった。
「とてもいいキスでした」
「俺もだ。優奈とキスできて幸せだよ。ありがとう」
「いえいえ」
「……じゃあ、飲み物を買いに行くか」
「そうしましょう」
その後、俺達は屋内プールを出て、それぞれ更衣室に小銭入れを取りに行った。
屋内プールの出入口の近くにあるカップ式の大きな自販機で、俺はサイダー、優奈はリンゴジュースを購入した。あと、優奈がリンゴジュースなのはちょっと意外に思った。
屋内プールに入り、サマーベッドがたくさん並べられている端の方へと向かう。
今の屋内プールは多くの人で賑わっているけど、ベッドは結構空いている。2つ以上連続で空いている場所はいくつもあって。俺達は隣同士でサマーベッドを確保した。
サマーベッドに座り、仰向けの状態になる。これまで水をかけ合って、ウォータースライダーで4回滑ったのもあり、脚を伸ばすと結構楽に感じる。
「あぁ、気持ちいいです。脚を伸ばせるのっていいですよね」
「そうだな。だから、ここに来ると毎回、サマーベッドで休憩するよ」
「私もです」
優奈は柔らかい笑顔でそう言う。
それにしても、サマーベッドで横になっている優奈……とても魅力的だ。特に横から見ても存在感を放っている大きな胸や、組んでいるスラッとした両脚が素敵で。
「どうしたんですか? 私のことをじっと見つめて」
「……サマーベッドで横になっている優奈が凄く素敵だったから、つい」
「ふふっ、そうですか。……では、飲みましょうか」
「そうだな。……乾杯しないか? 初めてのプールデート記念ってことで」
「いいですね!」
優奈は楽しげにそう言ってくれる。提案してみて良かったな。
「じゃあ、初めてのプールデートに乾杯!」
「乾杯ですっ!」
手を伸ばし、サイダーが入っている紙コップを優奈の持っている紙コップに軽く当てる。
俺はサイダーを一口飲む。
サイダーが口に入った瞬間、炭酸の刺激が口の中に広がっていって。その後に爽やかな甘さと冷たさが感じられて。炭酸飲料なので、喉ごしの良さがたまらない。
「あぁ……美味しい」
「リンゴジュースも美味しいです!」
優奈は笑顔でそう言うと、リンゴジュースをもう一口。美味しいからか優奈は幸せそうな笑顔で。また、飲んでいるものがリンゴジュースなのもあって可愛くも思える。
笑顔の優奈を見ながらサイダーをもう一口。さっきよりも甘味が強く感じられた。
「サイダー美味いな」
「ふふっ。ただ、和真君がサイダーを飲むのは珍しいですね。普段はコーヒーや紅茶、麦茶を飲むことが多いですし」
「その3つは特に好きだからなぁ。確かに最近はサイダーとか炭酸飲料はあまり飲まないけど好きだぞ。小さい頃から、ここに遊びに来ると、炭酸系のジュースを飲んで休憩することが多かったから飲みたくなってさ」
「そうだったんですね」
遊んで体を動かしたり、ウォータースライダーで叫んだりした後に飲むから、今回のようにとても美味しかったことを覚えている。
「和真君の気持ち……分かります。私も同じような理由でリンゴジュースにしましたから。小さい頃から果実系のジュースは好きで。これまで、ここに遊びに来ると果実系のジュースをよく飲んでいましたから。特にリンゴジュースは好きなので」
「そうだったんだ。リンゴジュースを選んだのはちょっと意外だなって思っていたんだ。アップルティーとかピーチティーとか、果実系の紅茶を飲むことはあるけど」
「ふふっ、そうでしたか。……リンゴジュース、一口飲みますか?」
「ありがとう。じゃあ、サイダーを一口どうぞ」
「ありがとうございますっ」
俺達はお互いに自分のカップを相手に渡す。
「リンゴジュース、いただきます」
「サイダーいただきます!」
俺は優奈のリンゴジュースを一口飲む。
冷たさと一緒にリンゴの優しい甘味が口に広がっていって。ただ、小さい頃に飲んだときよりも甘く感じる。普段はコーヒーや紅茶とかを飲んでいるからだろうか。それとも、優奈が口を付けたものだろうか。理由は何にせよ、この甘さはいいなって思う。
あと、小さい頃はリンゴを含め、果実系のジュースを結構飲んだな。ちょっと懐かしい気持ちになる。
「甘くて美味しいな、優奈」
「美味しいですよね。サイダーは炭酸飲料ですから、甘くて爽快感がありますね!」
「美味いよな」
自分が買ったものを美味しいって言ってもらえるのは嬉しいな。
「リンゴジュース、ありがとう」
「いえいえ。こちらこそサイダーありがとうございます」
俺達は相手にコップを返した。その流れでサイダーを一口飲むと……さっきまでよりも甘く感じられた。
「プールで遊んで、ウォータースライダーを滑って、こうしてサマーベッドに座ってジュースを飲んで。とても楽しいです!」
優奈は満面の笑顔でそう言ってくれる。それがとても嬉しくて。胸が温かくなっていく。
「俺も楽しいよ、優奈」
「良かったです」
「ああ。……まさか、高校生になって初めてここに来るのが、お嫁さんの優奈とのデートになるとは思わなかったな。最後に来た中3の頃には想像できなかったよ」
「私が最後に来たのは去年の夏休みですが……想像できなかったですね」
「そうか。……中3の自分に今日のことを言っても信じてくれなさそうだ。何言っているんだって言われそうな気がする」
「恋人ならともかく、お嫁さんですもんね」
「ああ。それに、優奈を知ったのは高校生になってからだし」
「相手を知っているかどうかは大きそうですね。私が最後に来た頃には、和真君のことはマスタードーナッツでの接客や学校で見かけたことで知っています。ですから、今日のことを当時の私に教えたらビックリされそうな気がします」
「そんな反応になりそうだよな。俺も……優奈を知ってからの自分に教えたらビックリされそうだ」
優奈を知っているのはもちろん、優奈は学校で一番とも言えるほどに人気な女子生徒だから。そんな人と結婚して、デートするんだって。
「想像もできなかったことだけど、こうして優奈と楽しくデートできていて幸せだよ」
俺は優奈の目を見つめながらそう言った。
「私も幸せです」
優奈は言葉通りの幸せそうな笑顔でそう言うと、サマーベッドから降りて、俺の側までやってきてキスしてきた。優奈の口からはサイダーやリンゴジュースの甘い香りがしてきて。
数秒ほどして、優奈の方から唇を離した。すると、至近距離で優奈はニコッとした可愛い笑顔を見せてくれて。キスした後なのもありドキッとさせられる。
「この後もプールデートを楽しみましょうね」
「ああ」
この後もたっぷりと優奈とのプールデートを楽しみたい。
それからしばらくの間は、自販機で買った飲み物を飲んで談笑しながら、サマーベッドでゆっくりした。
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