第10話『プールデートに行きましょう!』

 6月24日、土曜日。

 プールデートの日がやってきた。

 今日は一日中雨が降る予報だ。ただ、行き先は屋内プールのスイムブルー八神なので、雨が降っていても全く問題ない。雨が降り続くけど、梅雨の時期らしくシトシトと降るそうなので、交通機関に影響が出る心配はないだろう。

 午後1時ちょっと前。

 俺は一人で玄関の前にいる。午後1時に優奈と玄関で待ち合わせすることになっている。

 優奈と一緒に住むようになってから、休日にデートへ行く際はこうして玄関で待ち合わせするのが恒例だ。待ち合わせした方がよりデートっぽい感じがするからという理由で。


「お待たせしました」


 優奈は自分の部屋から出て、俺に向かってそう言った。さっき、お昼を食べるまではラフな格好をしていたけど、今はスラックスにノースリーブの襟付きブラウスを着ている。これからデートだから着替えただろう。あと、水着などの荷物があるからか、優奈は大きめの桃色のトートバッグを肩に掛けている。

 ちなみに、俺もこれからデートなので、昼間まで着ていた半袖のTシャツからお気に入りの半袖のワイシャツに着替えている。

 優奈は笑顔で小さく手を振り、俺のところにやってくる。そんな優奈に返事をするように、俺も小さく手を振る。


「待ちましたか?」

「ううん。全然。2、3分くらいじゃないかな」

「……分かっていました。でも、訊きたくなっちゃうんですよね。デートっぽい感じがするので」

「そうだな」


 俺達は声に出して笑い合う。こうしたちょっとしたやり取りも楽しい。


「優奈、着替えたんだな。よく似合っているよ。可愛いな」

「ありがとうございます! 和真君もワイシャツに着替えたんですね。よく似合っていてかっこいいです」

「ありがとう。……優奈と一緒にプールで遊ぶのは初めてだし、スイムブルー八神に行くのもプールに行くのも中3の夏以来だから凄く楽しみだよ」

「私もとても楽しみですっ! 楽しみましょうね!」

「楽しもうな。じゃあ、出発するか」

「はいっ! プールデートに行きましょう!」


 俺達はスイムブルー八神に向けて自宅を出発する。その際、


『いってきます』


 と、声を揃えて言って、いってきますのキスをして。

 マンションを出ると、今も雨がシトシトと降っている。なので、俺の傘で優奈と相合い傘をして、高野駅に向かって歩き始める。


「雨が降っていますけど、相合い傘をしているのでお出かけするデートもいいなって思えます」

「そうだな。優奈のおかげで雨が降ることも、梅雨のこの時期も今までより好きになった」

「私もですっ」


 えへへっ、と優奈は声に出して笑う。相合い傘の中、すぐ近くから笑いかけてくれるからキュンとなって。

 6月も下旬になり、今はお昼の時間帯だからなかなか蒸し暑い。ただ、傘の柄を掴んでいる俺の右手を握る優奈の左手から伝わる温もりはとても心地いい。

 2、3分ほど歩いてNR高野駅に到着した。雨が降っているけど、土曜日のお昼なので結構多くの人がいて賑わっている。

 改札を通り、東京中央線快速電車の下り方面の電車が到着するホームへ。スイムブルー八神の最寄り駅の八神駅は、下り方面の電車を3、40分どの乗ったところにある。

 ホームに行くと、これから来る電車の種別や行き先、到着時刻が表示された電光掲示板がある。それを見てみると、


「次に来る電車は特別快速の中尾なかお行きか。5分後に来るね」

「その電車で大丈夫ですね。特別快速はいくつも駅を飛ばしますが、八神駅は停車する駅ですし。下り方面は行き先がいくつもありますが、中尾行きならOKです」

「そうか。じゃあ、次の電車に乗ろう。あと、次の電車で大丈夫だってすぐ分かって凄いな。さすがは実家にいた頃は電車通学していただけのことはある」

「ふふっ、ありがとうございます。区間は短いですけど、2年以上電車通学していましたからね。電車の中には停車駅を表示するモニターもありますし、そこから学びました」

「そうか。……俺は以前からずっと徒歩通学だから、優奈を頼りにしてるよ。まあ、電車に乗って出かけるときは調べるし、今回も調べたけど」

「ふふっ。電車のことはお任せください」

「うん。ありがとう」


 優奈の落ち着いた笑顔を見ていると、優奈と一緒なら電車のことについては大丈夫そうだと安心できるよ。頼もしいお嫁さんだ。

 それから、俺達は先頭車両が停車する場所まで移動した。少しでも座れる確率を高くするためだ。座れるといいな。

 その後、特別快速の中尾行きの電車が定刻通りにやってきた。

 扉が開き、数人ほどが降車した後に乗車する。

 車内はそれなりに空いている。空席となっている箇所がいくつかあるけど、2席連続で空いているところはなかった。なので、乗った扉から一番近い空席に優奈が座り、俺は優奈の前に立つ。


「連続で空いている場所はありませんでしたね」

「ああ。まあ、土曜日のお昼だもんな。ただ、空席があって優奈が座れて良かった」

「そう言ってもらうと嬉しい気持ちになりますね。ただ、この種別の電車は主要な駅だけに止まるので、それぞれの駅で降りるお客さんはそれなりにいると思います」

「そっか。途中からでも座れるといいな」

「ですね」


 それから程なくして、俺達の乗る電車は高野駅を出発する。

 扉の上にはモニターが2つあり、1つはCMや天気、もう1つは行き先や次の停車駅、途中停車駅とその駅までの所要時間などが表示される。行き先などが表示されるモニターを見ると……八神駅までは30分か。


「八神までは30分か。普段は電車に乗らないから長い印象だけど、優奈と一緒だからあっという間だろうな」

「ふふっ。話していれば、きっとあっという間ですよ」

「そうだな」


 それからは、優奈と一緒にこれまでに電車に乗って出かけたことの思い出話をしていく。それが楽しく、気付けば最初に停車する四鷹よたか駅に到着した。

 四鷹駅は高野駅と同じくらいに大きな駅だ。なので、電車から降りる人もそれなりにいて。俺から見て優奈の右隣の席に座っていた人も降りたので、俺は優奈の隣の席に座った。


「さっそく座れた。優奈の言う通り、降りる人がそれなりにいたな」

「ですね。隣同士に座れて嬉しいです」


 言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言うと、優奈は俺にそっと寄りかかってきた。車内が涼しいのもあり、優奈の温もりが凄く心地良く感じる。甘い匂いも香ってくるし。立っているときには優奈に触れたり、温もりを感じたりすることができなかったので幸せな気持ちになる。


「立っている和真君と向かい合うのもいいですが、こうして体をくっつけて座るのもいいですね」

「そうだな」


 俺がそう言うと、優奈は俺を見上げてニッコリと笑いかけてきて。結構近いところに顔があるからドキッとなった。

 それから程なくして、俺達の乗る電車は四鷹駅を出発する。

 荷物があるから座っている楽だし、何よりも優奈とお喋りするのが楽しい。午前中に観たアニメのことや、これまでプールで遊んだ思い出話で盛り上がって。それもあり、スイムブルー八神の最寄り駅である八神駅まではあっという間だった。


「八神駅に着きましたね!」

「着いたな。八神駅ってかなり大きい駅だなぁ。八神に来るのは中3のときにスイムブルーへ遊びに行ったとき以来だから、何だか懐かしいよ」

「ふふっ、そうですか。私は去年の夏以来ですし、一昨年もそれ以前も来ているので『今年も八神に来ました!』って感じです」

「そうなんだ」


 何年も連続で遊びに来ているから、今年も来たと思えるのだろう。

 スイムブルー八神のある北口から八神駅を出て、俺達はスイムブルー八神に向かって歩いて行く。今も雨が降っているので、優奈と相合い傘をして。

 3年ぶりなので、八神駅周辺の景色も懐かしい。ただ、3年前にはなかった建物がいくつかあったり、優奈と一緒に来るのが初めてだったりするのもあって、新鮮さも感じられて。


「ふふっ、景色をよく見ていますね」

「3年ぶりに来たから、つい。ごめんな、優奈と一緒に歩いているのに」

「いえいえ、気にしないでください。久しぶりに来た場所だと、周りの景色を見たくなりますよね。あと、周りの景色を見ている和真君が可愛いですし」


 いつもの柔らかい笑顔で優奈はそう言ってくれる。そのことにほっとする。


「それなら良かった。……懐かしさとか、優奈と一緒に来るのが初めてだったり、3年前にはなかった建物があったりして新鮮さがあってさ」

「なるほどです。和真君の気持ち、分かります。私も何年も行っていない場所に久しぶりに行くと、懐かしい気持ちや『こんな建物できたんだ』って新鮮な気持ちになれますし。あと、和真君と一緒に来るのが初めてですから、この景色が新鮮に感じます」

「そっか。共感してもらえて嬉しいよ」


 俺がそう言うと、優奈はニコッと笑った。久しぶりに来た八神市の景色もいいけど、側にいる優奈の笑顔が一番いいな。

 優奈と雑談しながら歩くこと数分。見覚えのあるとても大きな建物が見えてきた。……スイムブルー八神だ。


「あそこですね、スイムブルー八神」

「ああ。建物が大きいのも外観も変わらないなぁ。懐かしい。ワクワクしてきた」

「私もです! もうすぐ和真君とプールに入れますからね」


 言葉通りのワクワクとした様子でそう言う優奈。本当に可愛いな。今の優奈を見ていると、俺のワクワクする気持ちがどんどん大きくなっていくよ。

 それから程なくして、俺達はスイムブルー八神に到着する。

 なかなか広いロビーも懐かしい。雨で蒸し暑いから屋内プールで遊ぼうという人が多いのだろうか。ロビーには俺達のような夫婦、親子連れ、数人ほどの学生グループなどの姿が見受けられる。

 受付で利用料金を支払って、俺達は更衣室の前まで向かう。


「では、水着に着替えたら、ここで待ち合わせしましょう」

「分かった」

「あと……写真を撮りたいので、結婚指輪はまだ外さないでもらえますか? 結婚して和真君とプールデートに来ましたので、その記念の写真を撮りたくて」


 優奈はそんなお願いをしてくる。

 プールで落としてしまったり、遊んでいる間に人にぶつかって怪我をさせてしまったりしないために、プールで遊ぶときは結婚指輪を外そうという話になっている。

 結婚指輪を付けて写真を撮った方が、より初めてプールデートに来た記念らしくなっていいか。


「分かった。指輪はまだ外さないでおくよ」

「ありがとうございます!」


 優奈はニッコリとした笑顔でお礼を言ってきた。


「スマホは私が持ってきますね」

「うん。じゃあ、また後で」

「はいっ」


 俺は優奈と一旦別れて、男性用の更衣室に入る。

 広めの更衣室も3年前と変わらない。洗面台やロッカーの場所も変わらないので、こういうところでも懐かしさを覚える。ただ、これまでは家族や友達と来ていたから、一人で更衣室に入ることはなくて。だから、一人でいることにちょっと新鮮さを感じた。

 親子や俺のような学生中心に、水着に着替える人が多い。今は午後2時前だし、俺達のように午後から遊びに来た人が多いのだろう。

 少し空いているところがある。俺はそこに行き、昨日、優奈が選んでくれた青い水着へと着替えていく。

 試着したときとは違って今は直穿きなので、水着のウエストがちょっと緩く感じるけど……紐でちょうどいいサイズに調整することができた。


「うん。これで大丈夫だな」


 着替え終わり、荷物をロッカーに入れた。

 ロッカーの鍵を閉め、鍵のベルトを左腕に装着した。鍵を無くさないように気をつけないとな。

 更衣室を出ると……優奈の姿はまだなかった。優奈が来るまで気長に待っていよう。

 周りを見てみるけど……3年前と変わらないな。

 また、近くには大きな自販機がある。今は父親と思われる男性が、息子と思われる男の子にカップの飲み物を買ってあげている。そういえば、家族で来たときは、あの自販機で両親に好きなジュースを買ってもらったっけ。友達と来たときは自分で買って。屋内プールにあるサマーベッドに座り、あの自販機で買ったジュースを飲みながらゆっくりしたことを覚えている。


「お待たせしました」


 飲み物のことを思い出していたから、気付けば、ピンクの三角ビキニを着た優奈が更衣室から出てきていた。昨日、試着した姿を見たときにも思ったけど、ピンクのビキニ……よく似合っているなぁ。可愛くて、セクシーな感じもして素敵だ。

 俺と目が合うと、優奈はニコッと笑いかけてくる。


「昨日も思いましたが、その青い水着、とても似合っていますね。かっこよくて素敵です。青にして良かったなって思います」

「ありがとう。優奈もそのピンクのビキニ……よく似合っているよ。可愛くてセクシーさもあって素敵だ。その水着を選んで良かった」

「ありがとうございます!」


 優奈は嬉しそうにお礼を言うと、俺にキスしてきた。

 これまでに優奈とたくさんキスしてきたけど、お互いに水着姿でキスをするのは初めてだから新鮮で。あと、唇だけでなく、ビキニのトップスに包まれた優奈の大きな胸が俺の体に直接触れるのもあり、かなりドキドキする。優奈の甘い匂いも感じられるし。

 2、3秒ほどして、優奈の方から唇を離す。すると、目の前には頬を中心にほんのりと赤らめた優奈の笑顔があった。


「とても嬉しくてキスしちゃいました」

「ははっ、そっか。水着姿でキスしたから、さっそくプールデートに来て良かったって思ってる」

「ふふっ。……では、写真を撮りましょうか」

「分かった」


 その後は、優奈のスマホを使ってツーショットの自撮り写真や、優奈と俺それぞれの写真を何枚も撮影した。

 一通り撮影した後、優奈と一緒に写真を確認する。

 優奈はどの写真も可愛い笑顔で写っていて。俺も……いい表情で写っていると思う。あと、俺達が付けている結婚指輪もちゃんと写っているな。水着姿で写真を撮ってもらったことは何度もあるけど、結婚指輪を付けた状態は初めてなので特別な感じがする。


「いい写真が撮れましたね。指輪も写っていますし」

「ああ。どれもいい写真だ」

「ええ。LIMEで和真君のスマホに送っておきますね」

「ありがとう。お願いするよ」


 優奈は俺に写真を送るためにスマホを操作する。ここに来た記念写真をたくさん撮れたからか、優奈はとても嬉しそうにしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る