第53話『お嫁さんと友達がやってきた。』

 5月28日、日曜日。

 今日も昨日と同じで、午前9時から午後4時までバイトをしている。

 2日連続で7時間と長時間のシフト。ただ、高1の頃から試験明けの週末にはこういうシフトだったことが何度もあるし、昨日は優奈と井上さん特製の美味しい抹茶プリンを食べて元気をもらった。また、今日は優奈が井上さんと佐伯さんと3人で午後に来店してくれる予定だ。なので、今日のバイトも乗り越えられるだろう。

 また、優奈達は高野駅周辺のお店で買い物をしたり、お昼ご飯を食べたりするのだとか。楽しい時間になると嬉しいな。

 日曜日だし、天気がいいのもあり、シフトに入ったときからお客様がそれなりにいて。カウンターに立つと、あまり休むことなく接客する。

 休憩の時間には、優奈達とメッセージをやり取りして。それに元気をもらいながら、今日のバイトをしていった。




 午後3時過ぎ。

 7時間のバイトも、気付けば残り1時間を切っていた。今日もたくさんのお客様が来店されて、たくさん接客したからだろうか。

 ちなみに、優奈達はまだ来店していない。

 ただ、今日のシフトの時間はリビングにあるカレンダーに書いてあるし、優奈にも直接伝えている。また、同居前に優奈と陽葵ちゃんが来店したときも3時過ぎに来てくれたので、もうそろそろ来るんじゃないかと思っている。


「和真君、こんにちは。バイトお疲れ様です」

「長瀬君、おつかれー」

「おつかれ、長瀬!」


 もうすぐ来るんじゃないかと思ったら、その通りに優奈達が来てくれたよ。嬉しいな。買い物をしたからか、3人はお店の袋を持っている。

 優奈は膝丈よりも少し長いスカートに半袖のブラウス、井上さんはフリル付きの半袖のワンピース、佐伯さんはジーンズパンツにノースリーブの縦ニットという格好だ。みんなよく似合っている。同じことを思う人は多いのか、店内にいるお客様の多くが優奈達のことを見ていた。


「いらっしゃいませ。来てくれてありがとう。あと、みんな服が似合っているな」

「ありがとうございます、和真君」

「ありがと、長瀬」

「ありがとね」


 優奈達はニッコリと笑ってお礼を言う。それもあって、今の服装がより似合っているなぁと思える。

 今はお店に入ってくるお客様の数は落ち着いてきている。だから、優奈達とちょっと雑談しても大丈夫かな。


「優奈達は今日、駅前のお店で買い物をしたり、お昼ご飯を食べたりしたんだよな」

「ええ。服や雑貨とかを買ったり、ランチメニューが充実しているカフェでお昼を食べたりしました」

「カフェで食べたナポリタン美味しかったよ!」

「あそこ、美味しいランチメニューが多かったわよね。良さそうな服や雑貨も買えたし、楽しい休日になっているわ」

「親友2人と楽しい時間を過ごせています」

「あたしも!」

「それは良かった」


 3人が楽しい休日の時間を過ごすことができて嬉しい。特に、お嫁さんの優奈が親友との時間を楽しく過ごせていることが。そう思うと、頬が自然と緩んでいく。


「そういえば……長瀬。結婚指輪を付けてないね。どうしたの?」


 佐伯さんは不思議そうな様子で俺のことを見ている。そういえば、結婚指輪を受け取ってから佐伯さんに接客するのは今回が初めてだったな。


「衛生的な理由でバイト中は結婚指輪を外しているんだ。俺はカウンターやフロアの担当だけど、飲食物を扱うから」

「そうなんだ。そういう理由ならしょうがないね」


 佐伯さんはいつもの明るい笑顔でそう言った。どうやら、納得したようだ。

 バイト中でも結婚指輪を付けられたら嬉しいけど、お客様が口にするものを取り扱うんだ。付けられないのは仕方ない。


「ただ、着替えるときに結婚指輪を付けたり、外したりするのには慣れたよ。それに、この制服を着て、指輪を外すと、今日もバイトを頑張ろうってスイッチが入るんだ。逆に、制服を脱いで指輪を付けると、今日もバイトが終わったって思えて、疲れがちょっと取れるんだよ」


 優奈との結婚指輪を付けるようになったことで、今まで以上にバイトでの気持ちのメリハリが付いた。

 優奈と目が合うと、優奈は嬉しそうにニコッと笑う。


「嬉しいです。結婚指輪で和真君のバイトにいい影響があって」

「良かったわね、優奈」

「良かったね。あと、あたし……長瀬の気持ち分かるかも。部活で練習着に着替えると練習頑張ろうって思えるし。練習が終わって制服姿になると、今日も終わったんだって気持ちが休まるから」

「私も分かります。部活用のエプロンがありますし」

「私も。あの水色のエプロンを着ると、今週も頑張って作ろうって思えるわ」

「そっか」


 俺はバイトで、優奈達は部活だけど、共感してもらえて嬉しいな。

 何かをする前に着替えたり、身だしなみを整えたりするのは、その物事にしっかりと取り組むために大切なことなのかもしれない。


「……そろそろ注文をしようか。萌音と優奈はもう決めてる?」

「私は考え中」

「私も考え中です」

「ははっ、そっか。じゃあ、あたしが最初に注文するね。長瀬、注文してもいいかな?」

「ああ、いいぞ」


 ちょっと雑談していたけど、店員としてのモードに切り替えないと。ふぅ、と小さく息を吐いて、


「店内でのご利用でしょうか」


 佐伯さんの目を見ながら、俺はそう言った。


「はい。店内で」

「店内ですね。ご注文をお伺いします」

「オールドハニーファッション1つ、ゴールデンチョコレートドーナッツ1つ、もちもち黒糖ドーナッツ1つで。あと、飲み物にアイスティーを1つください!」


 佐伯さんは元気良く注文する。3つドーナッツを頼んだな。知り合いで3つ頼むのは先日の陽葵ちゃん以来だ。運動系の部活に所属して、普段から運動をしているとそのくらい食べたくなるのかな。


「オールドハニーファッション、ゴールデンチョコレートドーナッツ、もちもち黒糖ドーナッツをそれぞれお一つですね。あとはアイスティー。アイスティーにガムシロップやミルクはお付けしますか?」

「ガムシロップを1つお願いします」

「ガムシロップをお一つですね。かしこまりました。合計800円になります」


 合計金額を伝えると、佐伯さんは1000円札を出してきた。そのため、200円のお釣りを渡した。

 佐伯さんから注文を受けたドーナッツをショーケースから取り出してお皿に乗せる。そのお皿と、アイスティーの入ったグラス、ガムシロップ1つをトレーに乗せて、佐伯さんに渡す。


「お待たせしました。オールドハニーファッション、ゴールデンチョコレートドーナッツ、もちもち黒糖ドーナッツ、アイスティーになります」

「ありがとう! 萌音、優奈、席を確保しておくね」

「うん、ありがとう」

「ありがとうございます」


 佐伯さんはテーブル席の方に向かっていった。

 テーブル席は……うん、4人用はいくつか空いているな。佐伯さんは空席の中でカウンターに一番近いところを確保した。


「次、私でいいかな?」

「いいですよ。私、絞り込めてきましたが、まだ決められていないので」

「分かったわ」


 優奈、今日も迷いモード絶賛発動中か。優奈らしいな。

 井上さんがカウンター越しに俺の前までやってくる。


「ご注文をお伺いします」

「ダブルチョコレートドーナッツ1つに、レッドフルーツティー1つお願いします」


 おっ、井上さんはドーナッツは1つだけか。ただ、彼女の注文したレッドフルーツティーは期間限定ドリンクの一つで、複数のフルーツやナタデココが入ったボリュームのあるドリンクだ。それを考えれば、ドーナッツは1個で十分かもしれない。

 ちなみに、最近は暖かくなってきたからか、このレッドフルーツティーのような期間限定の冷たいドリンクを頼まれるお客様が多い。


「ダブルチョコレートドーナッツお一つに、レッドフルーツティーですね。合計700円になります」


 合計金額を伝えると、井上さんは700円ちょうど出してきた。なので、レシートのみを井上さんに渡した。

 ショーケースからダブルチョコレートドーナッツを取り出し、お皿に乗せる。そのお皿と、レッドフルーツティーの入った蓋付きのコップをトレーに乗せて、井上さんに渡した。


「お待たせしました。ダブルチョコレートドーナッツに、レッドフルーツティーになります」

「ありがとう。優奈、千尋のところに行ってるね」

「分かりました」


 井上さんは優奈に手を振ると、佐伯さんのいるテーブル席へ向かった。

 残るは優奈だけか。


「優奈。決められたかな?」

「はい。今日は考える時間が多かったので、自分の番になる前に決められました」


 だからなのか、優奈は嬉しそうな様子だ。可愛いな。


「ご注文をお伺いします」

「はい。オールドチョコファッションを1つとアイスコーヒーをお願いします。ガムシロップとミルクはいりません」


 おっ、優奈も井上さんと同じでドーナッツを1つだけか。ただ、期間限定ドリンクを注文した井上さんとは違って飲み物はコーヒー。昨日は井上さんとたくさんスイーツを作って食べたから、今日は糖分を控え目にするのかな。


「オールドチョコファッションお一つとアイスコーヒーですね。合計で430円になります」

「430円ですね」


 そう言うと、優奈は財布の中を見て……500円玉を出してきた。そのため、お釣りで70円を優奈に渡した。

 ショーケースからオールドチョコファッションを取り出し、お皿に乗せた。お皿とアイスコーヒーを乗せたトレーを優奈に渡した。


「お待たせしました。オールドチョコファッションとアイスコーヒーになります」

「ありがとうございます、和真君。今日は午後4時で終わるんですよね」

「ああ」

「では、終わるまで萌音ちゃんと千尋ちゃんと一緒にお店にいますね。今日はここでゆっくりして解散する予定なので、一緒に帰りましょう」

「分かった。残りのバイトを頑張るよ」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう。井上さんと佐伯さんと一緒にごゆっくり」

「はいっ」


 優奈はニコッと笑って返事をすると、井上さんと佐伯さんのいるテーブルに向かっていった。

 今日は優奈と一緒に家に帰れるのか。それを励みに残りのバイトを頑張ろう。

 それからは、優奈達のことをたまに見ながらバイトしていく。

 ドーナッツやドリンクが美味しいのか、3人ともいい笑顔で談笑していて。ドーナッツの交換をすることもあって。たまに、3人が俺に手を振ってくれることもあって。そのことに癒やされながら、シフトが終わる午後4時までバイトを頑張れた。

 バイトが終わり、優奈にバイトが終わった旨のメッセージを送って、バイトの制服から私服に着替えていく。もちろん、そのときに結婚指輪を付けて。さっき、優奈達に言ったように、指輪を付けるとバイトが終わったのだと気持ちが休まる。

 従業員用の出入口から店の外に出て、優奈達との待ち合わせ場所になっているお客様用の出入口の前まで向かう。すると、そこには優奈達の姿が。周辺にも女性がたくさんいるけど、3人は特に魅力的な女性だと思う。


「お待たせ」

「バイトお疲れ様でした、和真君」

「お疲れ様、長瀬君」

「おつかれ! 長瀬!」

「ありがとう」


 お嫁さんや友達から笑顔で労いの言葉を言われるだけで、バイトの疲れが抜けていって、体が軽くなったような気がした。

 4人で歩き出し、高野駅の北口で井上さんと佐伯さんと別れ、俺は優奈と一緒に自宅に向かって歩き始める。


「和真君。週末のバイトお疲れ様でした!」

「ありがとう。優奈が井上さんと抹茶プリンを作ってくれたり、井上さんと佐伯さんと一緒にお店に来てくれたりしたおかげで頑張れたよ」

「良かったです。2日ともバイトがありましたし、夕ご飯は私が和真君の好きなものを作りますね! 何がいいですか?」

「そうだなぁ……豚の生姜焼きが食べたいな」

「豚の生姜焼きですね! 分かりました!」


 優奈は気合い十分でそう言ってくれる。優奈は料理が上手だし期待大だ。

 週末2日間バイトをするのは久しぶりだったけど、優奈のおかげでそこまで疲れを感じずに乗り切ることができた。

 ただ、バイトがあったから、日中は優奈とあまり一緒にいられなかった。だから、明日からの学校生活が楽しみだ。



 夕ご飯は俺の希望通り、優奈が豚の生姜焼きを作ってくれた。期待以上の美味しさで。もちろん完食しました。ごちそうさまでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る