第46話『みんなの進路希望』

 今日の授業で出された課題の教科は、数学演習とコミュニケーション英語、古典の3科目だ。

 その中でも、西山と佐伯さんが苦手意識を持っており、井上さんも不安のある数学演習の課題から始めることに。

 数学演習の課題は、今日の授業の復習内容となるプリントだ。

 実際にやってみると、教科書やノートを見ればすぐに解けそうな問題が多い。ただ、中には少し考えるのが必要な応用問題もある。まあ、この程度の難しさなら、難なくプリントを終えられそうだ。

 また、プリントをやっていると、


「長瀬。問3が分からない。教えてくれないか?」

「いいぞ」


 たまに、西山に質問されて、西山の分からない問題について解説していく。西山は一生懸命になって取り組むし、こうして解説することで自分の理解が深まるから、彼に質問されるのは特に嫌だとは思わない。

 また、俺の正面に座っているのもあり、佐伯さんにも教えることがある。


「優奈。問4が全然解けないよ。教えて~」

「その問題は答え出せたけど不安だな。確認させてくれる?」

「いいですよ」


 優奈もたまに、佐伯さんの分からないところを教えたり、井上さんが出した答えを確かめてあげたりしている。こうして勉強を教える優奈の姿……普段よりも大人っぽいな。優しい笑顔で教えるから、優奈が家庭教師になったら物凄く人気が出そうだ。

 西山の分からないところを教えたり、たまに優奈の姿を見て癒やされたりしながら数学演習の課題をこなしていった。




「よしっ! 最後の問題終わったー!」


 佐伯さんはとても元気良くそう言った。苦手な数学演習の課題が終わったからか結構嬉しそうだ。これで、みんな数学演習の課題が終わった。


「千尋ちゃんも数学の課題が終わりましたから、ここで一旦休憩にしましょうか」


 優奈のその提案に全員が賛成し、休憩の時間になった。

 帰ってくる途中のドラッグストアで購入したマシュマロやベビーカステラなどを食べることに。課題をやっていたから、お菓子の甘さがとてもいい。

 また、優奈達も美味しそうにお菓子を食べている。勉強会を開始してから初めて甘いものを口にしたからか、みんないい笑顔だ。特に女子3人は。


「いやぁ、長瀬のおかげで助かったぜ。ありがとな」

「あたしもありがとう。長瀬って優奈と同じくらい教えるのが上手いんだね」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。2人の力になれて良かった」


 西山や佐伯さんに教えたことで、充実した勉強会になっているよ。これまで好成績をキープできている理由の一つは、試験対策前にこうして誰かに教えているからかもしれない。


「あっ……」


 と、声を漏らすので優奈の方を見る。優奈は表情を少し歪めて、左手で右肩をさすっていた。


「もしかして、優奈……肩が凝っているのか?」

「はい。授業や課題をした疲れが溜まったからでしょうかね。課題をやった後や試験勉強をした後に肩が凝ることがあるんです」

「そうなんだ」

「じゃあ、あたしにマッサージさせて! 課題を助けてくれたお礼がしたい!」


 佐伯さんは大きな声で志願すると、ピシッと右手を挙げてくる。志願するだけあって、やる気に満ちた表情になっているな。


「分かりました。千尋ちゃん、お願いします」


 優奈は柔らかい笑顔で快諾した。これまで何度も佐伯さんからマッサージしてもらい、それが気持ちいいと言っていた。だから、夫の俺からは何も言うことはない。

 任せて! と元気良く言うと、佐伯さんはクッションから立ち上がり、優奈の背後に向かう。優奈の後ろで膝立ちすると、両手を優奈の肩に置く。


「じゃあ、いくよー」

「お願いしますっ」


 佐伯さんによる優奈のマッサージが始まる。

 マッサージが気持ちいいのか、優奈は「あぁ」と甘い声を漏らす。さっそく、まったりとした笑顔になる。


「今回も凝ってるねぇ」

「ええ。なので痛気持ちいいです……」


 甘い声でそう言うと、優奈は再び「あぁっ……」と声を漏らしている。本当に気持ち良さそうだ。以前、俺にマッサージしてもらったときも、優奈はこういう表情をしていたのだろうか。


「優奈。胸のマッサージはいかがかな?」


 井上さんはそう言うと、両手の指をワキワキと動かしながら優奈の近くまでやってくる。井上さんはちょっと興奮気味。佐伯さんが肩のマッサージをしていることに触発されたのか。それとも、これまでにもやったことがあるのか。理由は何にせよ、胸のマッサージをしたいと言ってくるのは井上さんらしい。


「え、遠慮しておきますね」


 優奈ははにかみながら断った。


「……そっか。それは残念。じゃあ、優奈の胸に顔を埋めて休憩したい。おっぱい休憩」

「それならいいですよ」

「ありがとう」


 井上さんは嬉しそうにお礼を言った。優奈のことを正面から抱きしめて、優奈の胸に顔を埋める。また、スリスリして、そのときに井上さんの顔が見えるけど、井上さんは恍惚とした笑顔になっていた。良かったね、井上さん。


「有栖川を挟んで女子3人が一緒にいる光景……凄くいい。尊いぜ……」


 幸せそうな様子でそう言うと、西山はマシュマロを食べながら優奈達のことを眺めている。西山も良かったね。この光景を見て西山も勉強の疲れが取れるんじゃないか。


「ねえ、みんな。高3になってから1ヶ月半経つじゃない。みんなって、進学を希望する学部って一つに決めていたり、ある程度絞ったりしてるの? 勉強していたら、みんなの進路が気になってさ」


 と、佐伯さんが問いかけてくる。

 佐伯さんの言うように、高3になってから1ヶ月半くらい経っている。それに、中間試験は1学期の成績にも大きく影響する。成績によっては、常盤学院大学の内部進学にも影響してくる。だから、佐伯さんは進路のことが気になったのだろう。


「進路か。そういえば、西山以外はみんなの進路は全然知らないな。文系クラスにいるから、文系の学部なのは分かるけど。西山も3年の文理選択を決める頃に、入りたい学部についてざっくりと聞いたくらいだけど」

「結婚してから、和真君と進路の話題になることは全然なかったですもんね」

「そうだな。優奈に課題のことで教えてもらったときも、授業のことは話題になっても進路のことは話さなかったもんな」


 ただ、お嫁さんの優奈とお互いの進路希望を知っておくに越したことはない。優奈達の話を聞けば、進路についてを考えるいい材料になるかもしれないし。


「進路かぁ。俺も長瀬とか、何人かの友達のことをざっくりと知っているくらいだな」

「私も同じ感じ」

「私もです。よければ、私も現段階のみなさんの進路希望を知りたいです。特に旦那さんの和真君の進路は」


 優奈は優しく俺に微笑みかけてくれる。


「いいぞ」

「俺もだ、有栖川」

「いいわよ」

「あたしもね。じゃあ、話題を振ったあたしから。あたしはスポーツ健康学部に行きたいなって思ってる。バスケ中心にスポーツが好きだし、体の作りや健康とかに興味があるんだ」


 佐伯さんはスポーツ健康学部志望か。スポーツを良くやっているし、佐伯さんらしい志望理由だなって思う。今も優奈の肩のマッサージをしているから、より強くそう思わせてくれる。スポーツをやっているからか、西山は感心した様子で聞いていた。


「次は私が言うよ。私は英語が好きだし、大学では文学部の言語系の学科に進みたいなって思ってる。ただ、文学にも興味はある」


 優奈を抱きしめながら井上さんはそう言う。

 井上さんは語学が学べる学科をメインに志望か。


「2人はある程度絞れているんだな。2年の頃に長瀬には言ったけど、法学部か社会学部に行きたいなって思ってる。ただ、それ以上は絞れてなくて迷ってるところだ。それに、今は部活があるからな……」


 自分はまだ迷っているからか、西山は苦笑いをする。

 今、西山が言ったことは、2年の頃に文理選択を考えるときに話してくれた内容と同じだ。あと、今はインターハイ予選の時期でもあるから、部活に集中してしまうのもあるのだろう。


「俺も2年の頃に西山に言った内容とあまり変わらないかな。文学部の日本文学科が一番興味ある。真央姉さんもそこに在籍しているのもあるけど。ただ、経済学部とか法学部にも興味があって。あと、優奈と結婚して、おじいさんや英樹さんと関わりを持ったのもあって、最近は経営学の方にも興味が出てきて。まだ、絞り込めてないよ」

「そうなのか。まあ、長瀬は頭がいいから、どの学部でも余裕で内部進学して、大学でもやっていけるだろ」

「だといいな」


 まだ絞り込めていない。ただ、内部進学できる選択肢を一つでも多くしておくためにも、今度の中間試験も好成績を取っておきたい。


「和真君も今のところ、文学部の日本文学科が一番なんですね。私も文学が好きですから、同じ学科を一番に志望しています」

「そうなんだ」


 現段階での一番の志望学科が優奈と重なるのは嬉しいな。優奈も同じ気持ちなのか、俺に可愛らしい笑顔を向けてくれる。


「あとは、生まれた家庭の影響で、経営学を学びたい気持ちもありまして。今の段階では、経営学部も選択肢の一つになっています。両親やおじいちゃんは、学びたいことをしっかりと学べるところに行きなさいと言ってくれていますが」

「そうなんだな」


 俺でさえも経営学に興味を持つほどだ。優奈はつい最近まで家族と一緒に住んでいたのもあり、経営学部も一つの選択肢になるのは当然なのかもしれない。


「有栖川グループの令嬢らしいぜ」

「そうね、西山君」

「優奈なら、どこの学部学科に進学してもやっていけそう」


 佐伯さんのその言葉に俺は深く頷いた。学年一位の優奈なら、どの文系学部に行っても十分にやっていけるだろう。理系学部でも単位を落としたり、留年したりせずに卒業できそうな気がする。


「みんな、教えてくれてありがとう。一つの学部に絞っていたり、いくつかの学部で迷っていたりと様々なんだね」

「そうね、千尋」

「進路のことを考えるいい機会になったぜ」

「みなさんの進路について聞けて嬉しかったです。最終的には、みなさんの行きたいと思えるところに進学できるといいですよね。一緒に講義を受けられたらより嬉しいです」

「そうだな、優奈」


 俺がそう言うと、西山達も同意した。

 優奈と一緒に講義を受けたり、ご飯を食べたり。同じサークルに入るかもしれない。優奈とのキャンパスライフが次々と頭に浮かぶ。それもあって、気付けば頬が緩んでいた。優奈と一緒にキャンパスライフを送れたらいいな。


「希望するところへ進学するためにも、まずは今回の中間試験を頑張ろう」

「そうですね、和真君」

「主に全体の成績や受験科目に該当する教科の成績で、内部進学できるかどうかが決まるからね」

「定期試験が成績に影響する教科はいっぱいあるもんな」

「そうだね。あたし、やる気出てきた!」


 その言葉通り、佐伯さんはやる気が漲っているように見える。


「……優奈。ずっと揉んでいたから、もう凝りはなくなってるよ。どう?」


 佐伯さんは優奈の肩から両手を離す。

 優奈は両肩をゆっくりと回している。


「……はいっ。肩の凝りがなくなってスッキリしました! 千尋さん、ありがとうございます」


 優奈はいつもの柔らかい笑顔で佐伯さんにお礼を言った。肩の凝りや痛みが解消されたと分かって、夫の俺も嬉しい限りだ。

 それから程なくして、勉強会が再開する。

 今の時点での進路希望を話し合ったからか、みんな休憩前よりも集中して取り組んでいるように見える。俺もみんなと一緒に頑張ろう。

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