第38話『部活をするお嫁さん』
今週のスイーツ研究部の活動が始まる。作るのはホットケーキだ。
優奈と井上さんは持参したエプロンを身に付ける。ちなみに、優奈はピンクで井上さんは水色のエプロンだ。
「2人ともエプロン似合ってるな。可愛いよ」
「ありがとうございます! 気に入っているエプロンなので嬉しいです」
「あと、優奈は家のエプロンは赤だけど、部活でのエプロンはピンクなんだな」
「このエプロンは部活用で、1年生の頃から使っているんです」
「私も同じ。これは部活用で、家で身に付けるエプロンは青なの」
「そうなんだ」
2人とも、部活用のエプロンなんだ。ユニフォームとも言えそうか。部活のときだけ身に付けるものがあると、気持ちが切り替わったり、部活を頑張ろうと意気込んだりできていいのかもしれない。
「まさか、優奈だけじゃなくて私のエプロン姿も褒めてくれるなんてね」
「可愛いと思ったからな」
「似合っていますよね」
「……ありがとう」
えへへっ、と井上さんは嬉しそうに声に出して笑っている。井上さんの頬はほんのりと赤らんでいるようにも見えた。
また、優奈が井上さんと一緒に笑っていて。それもあって、2人のエプロン姿がより似合っていて、可愛らしく見える。
「2人とも可愛いから、写真を撮ってもいいか?」
俺は見学者だし、邪魔になるようなことはしちゃいけないけど、2人の可愛いエプロン姿を写真に収めておきたかったのだ。
「いいですよ」
「かまわないよ、長瀬君」
「ありがとう」
その後、優奈と井上さん、一緒のテーブルにいる女子部員達のエプロン姿をスマホで撮影した。そのうちの何枚かは優奈と井上さんのスマホに送っておいた。
俺が写真を撮り終わった後、優奈と井上さん達は手を洗う。
「和真君のホットケーキは私が作りますね。どの味のホットケーキを食べたいですか? プレーン、抹茶、ココアの3種類作れます」
「そうだな……プレーンが食べたいな」
「プレーンですね。分かりました!」
優奈は元気良く俺の注文を承ってくれる。優奈は料理が得意だし、きっと美味しいホットケーキを作ってくれるだろう。
優奈と井上さん達はホットケーキ作りに取りかかる。
俺は席に座ったり、時には邪魔にならない程度に近くまで行ったりして部活の様子を見学することに。
優奈は井上さんを含め同じテーブルにいる女子部員と楽しそうに話しながら、ホットケーキ作りをしている。今日は俺もいるからか、たまに俺を話の輪に混ぜてくれることも。
優奈は部長、井上さんは副部長を務めているだけあって、2人とも手際がいい。思わず見入ってしまうほどだ。
顧問の百瀬先生は教師用の調理台でホットケーキを作っている。たまに、先生は調理室を歩いて、各テーブルの様子を見ている。
また、キリのいいところまで作業が進んだのか、優奈と井上さんは調理室の中を廻り、他のテーブルで活動する生徒の様子を見ている。
「いい感じに混ざっていますね。あとは焼くだけですね」
「ここでココアや抹茶パウダーを入れて混ぜれば、味が変わるよ」
というアドバイスをすることも。
たまに、部員から質問されることもあって。そういった姿は上級生らしく、そして部長や副部長らしくていつもよりも大人っぽく見えた。
「どう? 優奈ちゃんの様子とか、うちの部活の雰囲気は」
何人かの部員がホットケーキを焼き始めた頃、顧問の百瀬先生が俺のところにやってきた。
「井上さん達と一緒に楽しく部活をしているんだって分かります。他のテーブルの様子を見てアドバイスをする姿はまさに部長らしいなって思いました。凄いと思います。いつも、こういう感じで部活をしているのかなって思いますね」
「そうね。優奈ちゃんは1年の頃から楽しくスイーツを作っているよ。優奈ちゃんはスイーツ作りが得意だから、他の部員を手助けしたり、アドバイスしたりすることもあって。部長になってからは特に。部員みんなから信頼されているわ」
「そうですか」
さっき、実際に優奈がアドバイスをしたり、質問に答えていたりするところを見たので、百瀬先生の言葉に深く納得する。
「良かったね、優奈」
「ええ。嬉しいですが、ちょっと照れちゃいますね」
ニコッと笑う井上さんの横で、優奈はこちらをチラチラと見ながらはにかんでいる。可愛い部長さんだ。
「あと、部活の雰囲気もとてもいいですね。妻のいる部活がそういう場所で安心しました」
「そう言ってもらえて、顧問として嬉しいわ」
百瀬先生はとても柔らかい笑顔を俺に向けてくれる。部活の雰囲気がとてもいい理由の一つは、顧問が先生だからなのもあるだろう。
『こんにちは~』
という言葉が複数人の生徒から聞こえてきた。今は部活中なのに。誰か来たのか?
入口の方を見ると……入口近くに渡辺先生の姿が。どうして先生がここにいるんだ? 先生がスイーツ研の顧問だとは聞いたことがないけど。
俺の視線を感じたのか、渡辺先生はこちらに振り向く。俺と目が合うと、笑顔で手を振りながらこちらにやってくる。
「こんにちは、長瀬君」
「こんにちは」
俺達のやり取りが聞こえたのか、近くにいる優奈や井上さん達も渡辺先生に挨拶する。
「どうして渡辺先生がここに?」
「長瀬君が今日のスイーツ研の活動を見学するって、日曜日に優奈ちゃんと萌音ちゃんから聞いていてね。担任として様子を見に来たの。仕事も一段落したし」
「そうですか」
「あとは、今日作るのがホットケーキらしいし。ホットケーキが食べたくて」
「……そうですか」
ホットケーキを食べたいのが一番の理由なんじゃないだろうか。ニコニコとした笑顔になっているし。
「夏実先生はこれまでにもスイーツ研の活動に来ているんです」
「少なくとも月に一回は来るよね、優奈」
「来てますね」
「なかなかの頻度で来ているんですね」
スイーツ研究部の副顧問にでもなればいいんじゃないか。
「水曜日は私が顧問をしている文芸部の活動がないからね。それに、甘い物が好きだし、スイーツ研の顧問をしているのが仲のいい美咲さんですし」
「ふふっ、そうだね。夏実ちゃんの分のホットケーキは私が作ってあげるよ。プレーンと抹茶とココアを作れるけど何がいい?」
「抹茶をお願いします。この季節らしく」
「分かったわ。美味しく作るからね」
「ありがとうございますっ!」
渡辺先生……とても嬉しそうに百瀬先生にお礼を言っている。百瀬先生に夏実ちゃんって言われているし、普段よりも幼い雰囲気だ。
渡辺先生と百瀬先生……担当教科は違うけど、女性同士で歳が近そうだから仲良くなったのかな。落ち着いた雰囲気の百瀬先生がお姉さんで、快活な渡辺先生が妹のようにも見える。何だか優奈と陽葵ちゃんのようだ。
渡辺先生の分も作ると言ったのもあって、百瀬先生は教師用の調理台に戻ってホットケーキを焼き始める。
優奈と井上さんのテーブルを含め、ホットケーキを焼いているテーブルが多い。それもあって、調理室の中は甘い匂いが漂っている。
「あぁ、甘い匂いがする。ココアと抹茶の匂いもしてきて」
「いい匂いですよね。バイト先の匂いに似てます」
「マスタードーナッツだもんね。長瀬君らしいコメント」
「2年以上バイトしていますからね。あと、4時を過ぎていますし、お昼以降は何も食べていないのでお腹が空いてきました」
「私も。この匂いを嗅いだら食欲湧いてくるよ」
「ですね」
この甘い匂いを感じたら食欲が湧いてくるし、ワクワクとした気持ちも湧いてくるよ。そんなことを思いながら、優奈や井上さん達のことを見る。
「それで……どう? 部活をするお嫁さんの姿は」
「楽しそうでいいなって思います。エプロン姿は可愛いですし、部長として部員と接している姿は大人っぽいですし。見学しに来て良かったです」
「そっか。良かったね」
「ええ」
いつもとは少し違う優奈の姿を見られて嬉しい。バイトをしている俺の姿を見ているとき、優奈はこういう気持ちなのだろうか。
ホットケーキを焼くときも優奈は落ち着いている。微笑んでおり、余裕な感じがして。だから、頼れるオーラが感じられて。これなら、部員達に頼られるのも納得だ。それは井上さんにも言えることで。
優奈も井上さんも、部員のみんなも楽しそうにホットケーキ作りをしている。本当にいい光景だと思った。
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