第36話『一緒のお弁当』

 連休明けの学校生活が始まる。

 月曜日、特に長い連休や長期休暇明けの月曜日はけだるくなることがある。ただ、今日はそういったことなく授業を受けることができている。教室の中に優奈という可愛いお嫁さんがいて、少し視線を動かすだけでいつでも優奈のことを見られるからだろうか。

 たまに、優奈と視線が合うと、優奈がニコッと笑ったり、小さく手を振ったりしてくれて。それが可愛くて、元気をもらって。俺も優奈に手を振るとより元気になれて。お嫁さんのパワーって凄いな。

 俺と優奈が新居に引っ越して一緒に住み始めたこともあり、休み時間には友達中心にクラスメイトから優奈のことについて色々と訊かれる。ただ、結婚報告をした日ほどではないので、質問されることに疲れは感じなかった。




 ――キーンコーンカーンコーン。


 4時間目の授業が終わるのを知らせるチャイムが鳴り、昼休みになった。月曜日の午前中は一週間の中で一番長く感じるけど、今日はあっという間に感じられた。

 昼休みになったけど……授業の合間の休み時間とは違って、俺に優奈のことを訊いてくる生徒は一人もいない。これも、結婚を報告した日に、西山が「昼休みは夫婦水入らずの時間を過ごさせてやれよ」と言ってくれたのが大きいだろう。

 今日のお昼ご飯は優奈が作ってくれたお弁当だ。弁当包みと麦茶の入っている水筒をスクールバッグから取り出す。


「よし、今日も優奈と一緒にお昼ご飯を食べるか」

「よし、今日も俺は昼飯を食べる長瀬と有栖川のことを見るか」


 西山は楽しげな笑顔でそう言い、弁当と水筒をバッグから取り出して、自分の机の上に置く。俺と目が合うと、西山は「ははっ」と声に出して笑う。遠くから優奈を見ているのが好きなのもあり、優奈と一緒にお昼ご飯を食べていると、西山は友達と一緒に今のような笑顔で俺達を見ていることがある。


「そうか。じゃあ、優奈の席でお昼ご飯を食べてくるよ」

「おう。いってら~」


 西山は軽い口調でそう言った。

 弁当包みと水筒を持って、俺は優奈の席へ向かう。これまでに2回、優奈と俺が一緒にお昼ご飯を食べているからか、優奈の周りにも生徒は集まっていない。


「お待たせ、優奈」

「いらっしゃい、和真君。午前中の授業、お疲れ様でした」

「ありがとう。優奈もお疲れ様。優奈のおかげで、月曜の午前の授業があっという間だったよ」

「ふふっ、そうでしたか。授業中に何度も目が合いましたよね。和真君のおかげで、いつもよりも授業が楽しかったです」

「そっか。そう言ってくれて嬉しいよ」


 心が温かくなるよ。

 弁当包みと水筒を優奈の机に置き、いつものように、教卓の側にある教師用の椅子を運んで優奈と向かい合う形で座る。


「優奈の作ってくれたお弁当……楽しみだな」

「美味しく食べてもらえたら嬉しいです」


 優奈とそんな話をしながら、俺達は弁当包みを広げ、弁当箱の蓋を開ける。ちなみに、弁当箱は実家から持ってきたものだ。

 弁当箱は二段組。一段は白米。もう一段はおかずが入っている。おかずは玉子焼きにミニハンバーグ、唐揚げ、きんぴらごぼう、ブロッコリー、ミニトマトといったお弁当の王道とも言える内容だ。優奈の方も俺よりも量は少ないけど、ラインナップはもちろん同じだ。こういうところからも、優奈と結婚して一緒に過ごしているのだと実感する。


「どれも美味しそうだ」

「ありがとうございます。玉子焼きとハンバーグは私の手作りですが、唐揚げときんぴらごぼうは冷凍食品のものを入れました」

「そうなんだ。美味しい冷凍食品って多いよな。実家から通っていたときも、冷凍食品のおかずや副菜が入っていたよ」

「そうでしたか。うちもそうでした。美味しい冷凍食品っていっぱいありますよね」

「ああ。今後、俺がお弁当を作るときも、冷凍食品を入れることがあると思う」


 だから、優奈がお弁当に冷凍食品を入れたり、美味しい冷凍食品がいっぱいあると言ったりしたことにちょっとほっとしている。

 優奈は笑顔で「はいっ」と返事した。


「2人とも同じお弁当ね」

「萌音の予想通りだったね! 美味しそう!」


 気付けば、俺達のすぐ近くには井上さんと佐伯さんが来ていた。美味しそうと言うだけあり、佐伯さんの方は目を輝かせながら俺達のお弁当を見ている。


「2人のお弁当箱が見えてね。一緒に住み始めたから、中身が同じかもしれないと思って見に来たの」

「同じお弁当っていいね!」

「今日は私がお弁当を作りました。玉子焼きとハンバーグは手作りです。和真君も食べてくれますし、和真君へ作るのは初めてですから、これまでよりも作っていて楽しかったですね」


 優奈はニコッと笑いながらそう言ってくれる。朝、キッチンに立っているときの優奈は楽しそうだったもんな。


「ふふっ、優奈可愛い。長瀬君にとっては愛妻弁当ね」

「……そ、そうだな」


 大切な妻が作ってくれたんだ。愛妻弁当だな、これは。あと、誰かに「愛妻弁当」って言われると、ちょっと照れくさいものがある。俺と同じ気持ちなのか、優奈の笑顔はほんのりと赤みを帯びていた。


「お揃いのお弁当って、夫婦とかカップルって感じがしていいわね」

「そうだね、萌音。あと、玉子焼きやハンバーグは優奈の手作りかぁ……」


 そう言い、佐伯さんは俺の方を見てくる。玉子焼きもハンバーグもほしいです、ってことかな。俺を見てくるのは、俺の方が量が多いからだろうか。


「こらこら、懇願の眼差しを長瀬君に向けないの」

「あははっ、萌音は分かったか」

「俺もそんな感じがしたよ」

「せっかく優奈が初めて作ったんだから、全部長瀬君に食べさせてあげなさい。それに、優奈特製の玉子焼きとハンバーグはこれまでに食べたことあるでしょう」

「そ、そうだね。優奈の玉子焼きとハンバーグは美味しいけど我慢する」


 苦笑いで佐伯さんはそう言った。実際、玉子焼きはとても美味しかったからなぁ。きっと、ハンバーグもとても美味しいのだろう。期待が高まる。


「優奈、長瀬君。初めての一緒のお弁当だし、写真撮ってもいい?」

「いいですよ」

「俺もいいぞ」

「ありがとう。後で2人にLIMEで送っておくわ」


 その後、井上さんはスマホで俺達2人のお弁当や、お弁当と俺達2人の写真を撮影する。それらの写真の何枚かはLIMEで俺達のスマホに送ってくれた。今日の思い出になりそうだと思いつつ、俺はスマホに写真を保存した。

 井上さんと佐伯さんは、佐伯さんの机に戻っていった。


「では、お弁当を食べましょうか」

「ああ、食べよう。いただきます」

「いただきます」


 今日のお昼ご飯の時間が始まった。

 おかずはどれも美味しそうだけど……優奈の手作りと知ったから、玉子焼きとハンバーグに興味を引かれる。玉子焼きはこの前食べたから、まずはハンバーグを食べてみるか。そう思い、箸でハンバーグを掴む。


「まずはハンバーグを食べてくれるんですね」

「手作りだし、今まで食べたことがないからな」

「お口に合うと嬉しいです」

「きっと合うよ。いただきます」


 俺はハンバーグを一口食べる。

 お弁当に入っているハンバーグだから常温だ。だけど、柔らかくてジューシーさを感じられる。ハンバーグの上にちょっと乗っているデミグラスソースとの相性もいい。


「美味しいな! 美味しいハンバーグだ」

「良かったですっ」


 優奈は嬉しそうに言い、ほっと胸を撫で下ろしていた。手作りだし、ハンバーグを食べるのは初めてだから緊張していたのかもしれない。


「さすがは優奈だ。佐伯さんが食べたがっていたのも納得だよ」

「ありがとうございます。昨日、和真君がバイトに行っている間にタネを作っておいたんです。ですから、今朝は焼くだけでした」

「そうだったのか。常温でも柔らかくてジューシーで美味しいなって思うよ」

「昔、冷めても美味しいように作るコツを両親から教わりまして。和真君が美味しいと思ってもらえて良かったです」


 柔らかい笑顔でそう言うと、優奈は自分のお弁当に入っているハンバーグを食べる。美味しいのか、優奈はニコッと笑って「うんっ」と可愛い声を漏らす。それがとても可愛くて。

 このハンバーグは御両親から教わったのか。有栖川家の味とも言えるか。そう思って今も箸で掴んでいるハンバーグを食べると、さっきよりも味わい深く感じられた。本当に美味しい。今度、優奈にレシピを教えてもらおうかな。

 次に、優奈特製の玉子焼きを食べる。


「……うん。甘くて美味しい玉子焼きだ。これまで何度も食べてきたから、この甘い玉子焼きを食べると安心するよ」

「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいです」


 優奈は持ち前の優しい笑顔でそう言った。

 今は玉子焼きだけだけど、一緒に生活していく中で、食べると「優奈の味だ」と安心できる料理が増えていくんだろうな。そうなったら嬉しいな。

 お弁当のことや、昨日までのゴールデンウィークのことなどを話しながら、優奈の作ってくれたお弁当を食べるのであった。もちろん完食した。ごちそうさまでした。

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