第32話『雷雨の夜に』

 夜。

 俺が作った夕食を優奈と一緒に食べ、リビングのテレビで昨晩放送されたアニメを録画したものを一緒に観た後は、自分の部屋で一人で過ごしている。

 俺はベッドの上で仰向けになり、アニメイクで買ったラブコメのラノベを読んでいる。以前からラノベを読むときはこの姿勢か、クッションに座ってベッドを背もたれにすることが多い。俺にとってはこれらの姿勢が楽なのだ。


「あははっ」


 この作品……ラブコメのコメ要素が俺好みで、何度も声に出して笑ってしまう。ラブ要素もしっかりとしているので、結構いい作品に出会えたと思う。

 途中、優奈がお風呂が空いたと教えてくれたので、入浴などで30分ほど休憩を挟んで読み進めていく。

 気付けば、半分近くまで読み終わったときだった。

 ――ゴロゴロ。

 という音が外から聞こえてきた。窓の方を向くと、カーテン越しにピカッと光るのが見えた。雷か。そういえば、今朝見た天気予報では、関東地方は一部地域で雷雨になるって言っていたっけ。

 それからすぐに、サーッという雨音も聞こえてきた。どうやら、ここが一部地域になってしまったようだ。


「おっ、また光っ――」

 ――ドカーン!


 窓全体がピカッと光った直後、轟音が立った! 雷は怖くないけど、今の大きな音にはさすがに体がピクッと震えた。


「こりゃ、かなり近くに落ちただろうなぁ」


 この家は10階にあるから落雷したことによる揺れは全然ない。ただ、実家の2階にある自室だったら地響きによる揺れを感じていただろう。もしかしたら、今の落雷で実家にいる家族は揺れを感じたかもしれない。

 近くに落雷したけど、停電はないようだ。そのことに一安心。


「ただ、雷雨がどのくらい続くんだろうな……」


 短いといいけど。

 ベッドから降り、窓から外を見てみると……結構強い雨が降っている。遠くの方では雲がピカッと光っているようにも見えて。

 夜も遅い時間になってきたし、明日は午前中からバイトがあるから、あと少しラノベを読んで寝るか。そう思って、再びベッドに戻ろうとしたときだった。

 ――コンコン。

 部屋の扉がノックされる音が聞こえた。優奈……何かあったのかな。

 はい、と返事をして、部屋の扉をゆっくりと開ける。すると、そこには枕を抱きしめた寝間着姿の優奈が立っていた。


「和真君。今夜は……和真君のベッドで一緒に寝てもいいですか?」


 俺を見つめながらそう言う優奈の顔は……青ざめていた。


「雷が怖いんです。遠くでゴロゴロ鳴るくらいならまだしも、さっきの落雷は物凄く怖かったです。ピカッと光ったと思ったら雷鳴が凄くて。怖すぎて、一人でいるのが不安で……」


 思いの丈を口にすると、優奈の目には涙が浮かんで、体が小刻みに震え始める。雷が苦手で、さっきの落雷が物凄く怖かったのがひしひしと伝わってくる。


「分かった。今夜は一緒に寝よう」


 一人でいるのが怖くて、俺と一緒にいたいと言ってくれているのだ。お嫁さんからのお願いを断るわけがない。


「……ありがとうございます」


 優奈はお礼を言うと、口角が僅かに上がった。俺と一緒にいるから少しは安心できているのかな。もしそうだったなら嬉しい。


「じゃあ、歯を磨いたり、お手洗いに行ったりして寝る準備をするよ。優奈は寝る準備はできているか?」

「はい。寝る準備を済ませて、寝ようとしたタイミングでの雷雨で……」

「そうだったのか」


 もう少し雷雨が遅い時間だったら、優奈が怖い思いをせずに済んだのかもしれないな。いや、あの雷鳴だと起きてしまうか。


「じゃあ、準備してくるよ。ベッドでもどこでも好きなところにいていいから」

「……はい。ベッドにいますね。あと……早く戻ってきてくれると嬉しいです」

「分かった。善処する」


 早く戻ってきてほしいと思うことに可愛いと思いつつ、俺は部屋を後にした。

 いつかは好き合う夫婦になりたいと思っているし、一緒に寝る日は来ると思っていた。まさか、初めて一緒に寝るきっかけが、優奈が雷を怖がっているからだとは思わなかった。

 初めて一緒に寝ることのドキドキもあるけど、怖がっている優奈のことを守りたい、安心させたいという比護欲の方が強い。そんなことを考えながら、俺は急いで歯を磨いたり、お手洗いを済ませたりした。


「ただいま」

「……お、おかえりなさい」


 優奈の声が聞こえるけど、優奈の姿が見当たらない。ただ、ベッドの掛け布団が膨らんでいるのが分かった。優奈、雷が怖くて布団を被っているのか。優奈には悪いけど、そんな行動を可愛いと思ってしまった。

 部屋の照明を消し、ベッドライトを点けて、掛け布団をそっとめくる。そこにはベッドで横になっている優奈の姿が。


「優奈、ベッドに入るよ」

「……はい」


 俺はベッドに入って、優奈の方を向いた状態で横になる。

 掛け布団を胸のあたりまで掛けると、優奈が潜り込んでいたのもあって、優奈の甘い匂いがふんわりと香ってくる。

 今日のデートでは、優奈と映画のペアシートで寄り添ったり、帰りの電車の中では頭を肩に乗せられたりした。ただ、今は互いに寝間着姿でベッドに横になっているから、それらとは比にならないくらいに優奈との距離が近い気がする。段々とドキドキしてきた。


「和真君。一緒に寝てくれてありがとうございます」

「いえいえ。あと、おじいさんが買ってくれたベッドがダブルだから、2人で寝てもゆったりしているな」

「ですね」

「今まで夜に雷が近くに落ちると、こうして誰かと一緒に寝ていたのか?」

「ええ。小さい頃は両親と陽葵と4人で。おじいちゃんと寝たときもありましたね。ある程度大きくなってからは陽葵と2人で。陽葵も雷が苦手ですから」

「そうだったのか」


 ゴキブリのときといい、優奈はご家族と頼れる関係だったのだと分かる。


「和真君って雷は大丈夫なんですか?」

「小さい頃は怖いなって思ったけど、今は平気だな。さすがにさっきの雷はビックリしたけど」

「そうなんですね。和真君が側にいて、しかも落ち着いていますから心強いです」


 優奈は至近距離で俺を見つめながらニコッと笑いかけてくれる。そのことにドキッとして、体が熱くなっていくのが分かる。

 しかし、その瞬間に窓がピカッと光り、


 ――ドーン!

「きゃああっ!」


 雷鳴が大きく鳴り響き、優奈は悲鳴を上げて俺の胸に顔を埋めてくる。

 さっきほどじゃないけど、今の雷鳴もなかなかの大きさだ。それが怖かったようで、優奈の体が小刻みに震えている。その震えは体に伝わってくる。


「ううっ、怖いです……」

「今回も大きかったもんな。俺が側にいるからな」


 静かに声を掛けて、優奈の頭を優しく撫でる。こうすれば、優奈の気持ちが少しでも落ち着くかと思って。優奈は俺に頭を撫でられるのが好きだから。


「……和真君。ピカッて光るのが嫌ですし、この体勢で寝てもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、優奈はさらに俺の胸に顔を埋めてきて。そのことで、顔以外の部分も俺の体に触れて。寝間着越しに優奈の体の柔らかさと温もりがはっきりと伝わってくる。また、一部分は独特の柔らかさがあって。きっと、これは……胸なんだろうな。

 雷が怖いからというのがきっかけだけど、ベッドの中で優奈と密着している。この状況にドキドキする。


「和真君から心臓の音がはっきりと聞こえてきます」

「……優奈と初めて一緒に寝るから、ドキドキしてて」


 さすがに胸に顔を埋めているから、心臓の強い鼓動が分かっちゃうか。ちょっと恥ずかしい。


「そうですか。私も……ドキドキしてきています。私の場合は雷もありますが」


 そう言う優奈の体からは心臓の鼓動が感じられる。また、密着した直後よりも優奈の温もりが強くなっている。


「和真君の心音は雷鳴を紛らわすのにいいですね」

「それは良かった。……離れないから、優奈は安心して寝てくれ」

「はい。……おやすみなさい、和真君」

「おやすみ、優奈」


 少しでも早く安心して眠れるように、俺は優奈の頭を優しく撫でていく。

 ただ、雷雨はこの後も続き、時折、窓がピカッと光って雷鳴が響く。その度に優奈は体をピクッとさせ、大きい雷鳴のときには「きゃっ」と声を漏らして。そのときは大丈夫だと声を掛けて。優奈が可愛い寝息を立て始めるまで30分ほどかかった。

 同じベッドで一緒に寝る……夫婦らしい時間を過ごしているのだと実感する。

 いつか、好き合う夫婦になれたら、どっちかの部屋のベッドで寝るのが日常になるのだろうか。


「おやすみ、優奈」


 ベッドライトを消して、右手で優奈を軽く抱きながら目を瞑る。

 優奈と初めて一緒に寝るから、今もドキドキしている。優奈の温もりや柔らかさ、甘い匂いはっきり感じるし。でも、同時に優奈から感じるものが心地良くて。また、デートで琴宿を歩いたことの疲れもあって、結構すぐに眠りに落ちるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る