第30話『猫カフェ』

「ラーメン美味しかったですね!」

「美味しかったな。やっぱりここのラーメン屋はいいなぁ」


 午後2時近く。

 俺と優奈はラーメン屋を出てそんな感想を言った。優奈とラーメンを一口交換もしたから満足感が高い。


「和真君にそう言ってもらえて嬉しいです! ここのラーメン屋にして良かったです」

「好きなラーメン屋だし、優奈と一緒にラーメンを食べられて嬉しかったよ。ありがとう」

「いえいえ! 私も嬉しかったです!」


 優奈は言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる。だから、嬉しい気持ちがより膨らんでいく。


「優奈は琴宿のラーメン屋をいくつも知っているみたいだし、これからも琴宿に来たときにラーメンを食べたいな。もちろん、ラーメン以外のお店でも」

「琴宿には美味しい飲食店がいっぱいありますからね。琴宿でのお食事はお任せください!」


 とても明るい笑顔で優奈はそう言ってくれる。つい最近まで、優奈は琴宿でずっと過ごしてきたからな。今回食べたラーメン屋も美味しかったし、優奈が案内してくれる飲食店なら、美味しいものが食べられそうな気がする。


「ああ。優奈に任せるよ」

「はいっ。……では、次のお店に行きましょうか」

「そうだな。どんなお店だ?」

「猫カフェです」

「おぉ、猫カフェか!」


 猫好きなので嬉しい行き先だ。だから、思わず大きな声で反応してしまった。そんな俺を見てか、優奈は「ふふっ」と楽しげに笑う。


「好反応ですね。カレンダーを買うとき、猫が好きで猫の写真を見たら癒やされそうだと言っていたので。それで、猫カフェがいいかなと思ったんです」

「そういうことか。猫が好きだから嬉しいよ」

「良かったです。では、行きましょうか」

「ああ」


 俺達は手を繋いで、猫カフェに向かって歩き出す。優奈曰く、ラーメン屋からは歩いて5、6分のところにあるらしい。

 ここは駅前の大通りから外れた場所だ。それでも、飲食店を中心にお店が並んでいるからか人が結構いて賑わっている。土曜日のお昼過ぎなのも理由の一つかもしれない。

 これから猫カフェに行くのもあって、優奈は楽しげな雰囲気だ。歩く度にポニーテールが揺れているのもあって可愛らしい。ラーメンを食べ終わってからも、優奈はいつものおさげには戻さずにポニーテールのままだ。俺がポニーテールを褒めてくれたのが嬉しくて、今はお昼で暖かいからだそうだ。デートが終わるまでポニーテールのままでいるつもりとのこと。


「和真君はこれまで猫カフェに行ったことはありますか?」

「2、3回行ったことあるよ。高野にも猫カフェがあって、真央姉さんや友達と一緒に」

「そうでしたか。あと、高野にある猫カフェって、駅の南側にある『にゃかの』のことですか?」

「うん。そこそこ」

「やっぱり! 私も萌音ちゃんや千尋ちゃんとか友達と一緒に行ったことがあります。いい猫カフェですよね」

「いいところだよな。じゃあ、いつかはにゃかのにも行こうか」

「はいっ」


 行く日時は決まっていなくても、一緒に行こうと優奈と話せることが嬉しい。


「これから行く猫カフェも、優奈は陽葵ちゃん達と一緒に行ったことがあるのか?」

「ええ。特に陽葵とは何度も行っています。可愛い猫ちゃんがいっぱいいますよ!」

「おぉ、より楽しみになってきた」


 優奈がテンション高めに言うんだ。期待が膨らんでいくばかりだ。高野の猫カフェでは猫に触れるから、これから行く猫カフェでも猫に触れたら嬉しいなぁ。


「ここです」


 ラーメン屋から5、6分ほどの距離なのもあり、優奈と猫のことで話していたら、あっという間に猫カフェの前まで到着した。

 ベージュの落ち着いた雰囲気の外観が特徴的だ。店名なのか壁には白、黒、茶色の3色で『にゃんじゅく』と柔らかなフォントで描かれている。


「落ち着いた雰囲気だね。あと、にゃんじゅくっていうのが店名?」

「そうです」

「にゃかのと店名の付け方が同じな気がする」

「地名とにゃんを合わせた感じでしょうね」


 地名を絡ませると覚えてもらいやすいのかもしれないな。

 スマホで外観を撮影した後、俺達は店内に入る。

 受付に行くと、壁に料金表が描かれたボードが掲げられている。お店にいる時間の長さで料金が変わる形態になっている。にゃかのと同じだ。ちなみに、分数は30分コース、60分コース、120分コースの3つがある。

 優奈も俺も猫好きだし、ゆっくりできそうな時間ということで、俺達は60分コースを選択し料金を支払った。

 手を洗い、受付の先にある扉を開けて、猫スタッフ達がいる部屋の中に入る。


「おおっ……」


 広い部屋の中には様々な種類や大きさの猫がいる。優奈の言う通り、可愛い猫がいっぱいいて思わず声が漏れてしまった。

 人間のお客さんもソファーで猫とくつろいでいたり、猫じゃらしで遊んだり、床で一緒に寝転がったり、猫耳カチューシャを付けて猫に語りかけていたりと、猫との時間を思い思いに過ごしている。いい光景だ。


「優奈の言う通り、可愛い猫がいっぱいいるな……!」

「でしょう? 可愛い猫ちゃんがいっぱいいますから、部屋を見渡すだけでも癒やされます」

「その気持ち分かる」


 素晴らしい場所だ。触れたら最高だけど、猫を見るだけでも癒やされるし満足できそうだ。


「みゃ~」

「な~う」


 近くで猫の鳴き声がしたので下を向くと、優奈の足元に黒猫と三毛猫が。2匹とも可愛いなぁ。

 優奈も気付いたようで、優奈は猫達を見ながら「あら」と呟く。すると、猫達は優奈の脚に顔をスリスリしてきた。


「ふふっ、くすぐったい。今日も来てくれたんですね」

「今日もってことは、これまでに何度も戯れているのか?」

「ええ。ここには何度も来ているので、きっと覚えていてくれたんでしょうね」

「そうだろうな。あと、優奈のことを気に入っているのもありそうだな。2匹とも脚をスリスリしているし。特に三毛猫はかなり激しいし」

「そうだと嬉しいですね」


 ふふっ、と優奈は嬉しそうに笑う。優奈は人間だけじゃなくて猫からも好かれているんだな。さすがだ。きっと、優しそうな雰囲気が猫に伝わっているのだろう。


「和真君。空いているソファーがあるので、そこに座りましょうか」

「ああ」


 俺達は近くにある空席のソファーに腰を下ろす。大きめのソファーだけど、映画館のペアシートに一緒に座ったのもあり、脚が軽く触れるほどの近さで。

 優奈の脚にスリスリしていた2匹の猫もついてきた。激しくスリスリしていた三毛猫は優奈の膝の上にぴょんと乗って、俺の方を向いて香箱座り。黒猫の方は優奈の横で香箱座りし、優奈の膝に顔を乗せている。


「この2匹の猫、優奈のことを本当に気に入っているんだな」

「ついてきましたもんね。三毛猫ちゃんは膝の上に乗って、黒猫も頭を置いて」

「てっきり争奪戦になるのかと」

「ふふっ」


 優奈は嬉しそうに笑いながら、右手で黒猫を、左手で三毛猫を撫でている。さっそく猫を撫でられて羨ましい。ただ、これは優奈が何度も来たことがあるからこそできることだろう。


「今日もいい毛並みですね~。気持ちいいですよ~」


 いつも以上に優しい口調で優奈がそう言うと、三毛猫は「にゃ~」、黒猫は「な~う」と返事している。


「2匹とも『撫でられるのが気持ちいい~』って言っていそうだ」

「そうだといいですね。和真君も触ってみますか? この三毛猫ちゃんは人懐っこい性格ですから、触らせてくれるかと。陽葵や萌音ちゃん達にも触らせていました」

「そうなんだ。じゃあ……やってみるか」

「ええ。私が背中を撫でていますので」

「うん、分かった」


 優奈に背中を撫でられている三毛猫に、右手の人差し指をそっと近づける。

 俺の匂いに気付いたのか、三毛猫は俺の人差し指に視線を向ける。その直後、三毛猫は俺の人差し指に鼻をちょこんと触れさせた。特に逃げる気配もないし、これなら撫でても大丈夫そうだ。

 指の腹で、三毛猫の両耳の間から額にかけてそっと撫でる。


「……おお、撫でられた。嬉しいなぁ」

「良かったですね、和真君」

「ああ。初対面の俺に触らせてくれて、君はいい子だね」

「にゃぁん」


 俺の言葉に返事をしてくれた。……物凄く可愛いな、この三毛猫。ファンになりそう。


「可愛い猫だ。写真撮りたいな。ここの猫カフェって撮影OKだっけ?」

「OKですよ。ただ、フラッシュをしないように気をつけてください」

「分かった。優奈との写真も撮るよ。送るから」

「ありがとうございます。お願いします」


 その後、三毛猫と黒猫それぞれ、猫同士のツーショット、優奈を入れたスリーショット写真を撮影した。

 猫も優奈も可愛いから、どれもよく撮れている。約束通り、これらの写真は優奈のLIMEに送った。


「みゃ~」


 優奈に写真を送り終わったとき、俺の近くから可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。その直後、左脚に何かが触れる感覚が。そちらに視線を向けると……俺の左脚の近くに茶トラ猫がいるではありませんか。

 俺と目が合うと、茶トラ猫は「にゃんっ」と鳴いて、俺の左脚に頭をスリスリしてきた。


「俺のところにも猫が来た……!」

「良かったですね、和真君」

「ああ。凄く嬉しい」


 優奈のところにいる三毛猫と黒猫も可愛いけど、自分から俺のところに来てくれる猫は凄く可愛いと思う。

 できれば、三毛猫のように、この茶トラ猫が俺の膝の上に乗ってほしい。ただ、俺が抱き上げての膝に乗せるのはNGだ。自分から来てもらわないと。なので、


「おいで」


 と、右手で俺の膝をポンポンと叩く。

 俺の行動で膝に乗ってもいいと分かってくれたのだろうか。茶トラ猫はゆっくりと俺の膝の上に乗ってきて、香箱座りしてきた。


「おぉ、乗った……! 可愛い……!」

「膝に乗ってくれると可愛さが増しますよね」

「ああ。本当に可愛いよ」


 今のところ、この茶トラ猫が一番可愛い。

 茶トラ猫が嫌がらないように注意しながら、俺は左手で茶トラ猫の背中を優しく撫でていく。あぁ……この茶トラ猫も毛が柔らかくて、撫で心地がいいなぁ。

 茶トラ猫が近づいてくれて、膝に乗ってくれて、撫でさせてくれて。凄く幸せだ。自然と頬が緩んでいくのが分かる。


「ふふっ、和真君とても幸せそうです」

「本当に幸せだよ。癒やされてもいくよ」

「本当に良かったですね。記念にスマホで茶トラ猫ちゃんとの写真を撮って、LIMEで送りましょうか?」

「お願いするよ」


 優奈に茶トラ猫の写真や、茶トラ猫と俺のツーショット写真を撮ってもらい、LIMEで写真を送ってもらう。

 さっそく確認すると……茶トラ猫が物凄く可愛く写っている。被写体の良さもあるだろうけど、優奈の写真の撮り方も上手いと思う。

 あと、茶トラ猫とツーショットで写っている俺……我ながらいい笑顔で写っている。茶トラ猫パワーだろう。


「ありがとう、優奈」

「いえいえ」


 その後、優奈と俺は自分のところに来てくれた猫達を撫でて、癒しの時間を過ごしていく。

 俺に背中や頭を撫でられるのが気持ちいいのか、茶トラ猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。それが少し続くと、茶トラ猫は膝の上でゴロンゴロンし始めた。


「ゴロンゴロンし始めた」

「撫でられるのが気持ち良くて、とても心地良い場所に感じているのでしょうね。……あっ、三毛猫ちゃんもゴロゴロし始めました」


 うふふっ、と優奈は幸せそうにして、膝の上でゴロゴロとしている三毛猫を撫でている。

 また、黒猫は相変わらず膝に頭を乗せているけど……目を瞑っていることからして、眠っているのかもしれない。


「にゃぁん、にゃぁん」

「……おぉ、可愛いね」


 ゴロンゴロンしている茶トラ猫のお腹や頭を撫でる。本当に可愛いなぁ。モフモフできて幸せだ。


「あの、和真君」

「うん、何だろう?」

「ここの猫カフェ……受付で猫耳カチューシャを借りることができるんです。カチューシャを付けて猫ちゃん気分になって写真を撮ることもあって。どうですか?」

「いいね。猫耳カチューシャを付けた優奈を見てみたい」

「和真君の猫耳姿も見たいです」

「うん、いいよ」


 お嫁さんからのお願い事だし、ここは猫カフェだからな。猫が好きな人が多い場所だから、猫耳カチューシャを付けてもいいかなと思えた。


「ありがとうございますっ。では、借りてきますね」


 嬉しそうに言うと、優奈は脚に乗っている三毛猫と黒猫をソファーに動かして、ゆっくりと立ち上がった。

 優奈は受付へ向かうけど、三毛猫と黒猫はソファーの上に座ったままだ。優奈の甘い残り香がするからか。それとも、俺がソファーに座ったままだから、優奈はすぐに帰ってくると分かっているのか。2匹の頭も優しく撫でた。

 そういえば、この部屋に入ったときに、カチューシャを付けていたお客さんがいたな。きっと、あれも受付で借りてきたものなのだろう。


「お待たせしました」


 優奈の声が聞こえたので、声がした方を向くと、優奈が黒い猫耳カチューシャを頭に付けて戻ってきた。滅茶苦茶可愛いのですが。


「おかえり、優奈。とてもよく似合っているよ。凄く可愛い」

「ありがとうございます!」


 優奈はニコッと笑ってお礼を言ってくる。その笑顔もあって、より可愛い印象に。


「髪の色に合わせて、茶色の猫耳カチューシャを借りてきましたが……これで良かったでしょうか?」

「うん、いいよ。その方が自然に生えてる感じがするし。優奈もそんな感じがするよ」

「ふふっ、そうですか。……どうぞ」

「ありがとう」


 優奈から茶色い猫耳カチューシャを受け取る。目の前で優奈から見られる中で、カチューシャを頭に付けてみる。


「どうかな?」

「凄くいいですよ! 可愛いですっ」


 優奈は目を細めて笑いながらそう言ってくれる。


「そう言ってもらえて良かった。……じゃあ、猫耳姿の写真を撮ろうか」

「はいっ」


 それから、俺と優奈のスマホでそれぞれの猫耳姿やツーショット、三毛猫達と一緒の写真をたくさん撮影していく。

 また、優奈は撮影されるとき、両手を猫の手の形にしてくれて。それもあって、この猫カフェで一番可愛い猫は優奈だと思ってしまうほどだった。


「たくさん撮りましたね」

「いっぱい撮ったな。ただ、猫耳カチューシャ姿が似合っているから、優奈が猫以上に可愛いなって思うよ」

「ふふっ。気に入ってくれて嬉しいです。……このカチューシャを付けたら、和真君に頭を撫でてもらいたくなっちゃいました。頭を撫でられるのが好きですし、茶トラ猫ちゃんや三毛猫ちゃんが頭を撫でてもらっていましたから」

「ははっ、そっか。猫に触ったから、手を洗ってくるよ」


 一旦、俺は部屋を出て、洗い場で手を綺麗に洗う。

 もしかして、優奈が猫耳カチューシャを借りようと考えた理由の一つは、俺に頭を撫でられたかったからなのかな。そうだとしたら、とても可愛いな。

 部屋に戻り、優奈の隣に再び腰を下ろす。

 これから頭を撫でられるからか、優奈はちょっとワクワクとした様子で。それが可愛いと思いつつ、優奈の頭を撫でる。


「あぁ、気持ちいいです」

「猫優奈もいい子だね。可愛いよ」

「ふふっ。撫でてくれてありがとうございます……にゃんっ」


 と、優奈は両手を猫の形にして、猫らしくお礼を言ってくれた。それがたまらなく可愛くて。少しの間、猫優奈の頭を撫で続けた。

 その後も猫耳カチューシャを付けたまま、優奈と猫達と一緒に癒しの時間を過ごすのであった。

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