第25話『真央のバイト先へ』

『この着せ替え人形に恋をする。』のアニメが面白くて、最終話まで一気に観た。

 最終話を観終わったときには正午を過ぎており、お昼時になっていた。朝ご飯は優奈が作ってくれたので、昼ご飯は俺が志願して作ることに。

 今日は朝から晴れて暖かいこと。優奈が麺類全般好きなことから、そうめんはどうかと訊いてみる。優奈は、


「そうめんいいですね! 好きですよ」


 と快諾してくれた。

 さすがにそうめんだけでは味気ないので、冷蔵庫の中を見て、麺汁に入れる具材として細切りのきゅうり、食べやすいサイズに裂いたカニカマ、あとはわかめを用意する。この3つは長瀬家でそうめんを食べるときに登場することが多い。また、優奈曰く、有栖川家でもこの3つは具材にすることがあるという。

 そうめんを茹で、水でしめて、一口分の量を巻いて大きなガラス皿によそっていく。これは有栖川家のやり方であり、優奈に教わりながらよそった。ちなみに、長瀬家では氷水に浸す形でよそっていた。


「じゃあ、食べようか」

「そうですね。いただきますっ」

「いただきます」


 箸でそうめんを一口分掴み、麺汁に半分ほどつける。ズズッ、とそうめんをすすった。


「……うん、美味しい」

「美味しいですね! 茹で加減もちょうどいいです」

「ありがとう。良かった。こうして皿によそっても、十分に冷たく食べられるんだな」

「麺汁が冷たいですからね。今日くらいの暖かさではお皿に盛りつけるだけですが、真夏のときは氷をそうめんの上にいくつか乗せますね」

「なるほど。そうすれば、麺を冷たいままにできるのか」


 勉強になるなぁ。

 今回のそうめんの盛り付け方のように、食事絡みで優奈と異なることがいくつもあるだろう。それが分かったときには、できるだけ一度は試してみて、自分に合うかどうかを確かめてみたいと思う。

 昨日の夜やさっき観たアニメ、映画デートのときに観る『名探偵クリス』のことなどを話しながら、優奈とのお昼ご飯を楽しむのであった。




 午後2時頃。

 食事の後片付けをして、少し食休みをした後、俺達は出かけることに。リビングの壁に掛けるカレンダーと時計を買うためだ。

 カレンダーも時計も生活雑貨なので、真央姉さんがバイトしているLaftラフトという全国チェーンの生活雑貨店に行く。Laftは高野駅の南口の近くにある大型商業施設・高野カクイの中に入っている。

 また、真央姉さんに午後はバイトしているのか聞いてみると、すぐに返信が届いた。姉さんは正午から午後6時までシフトが入っているそうだ。いつでもご来店をお待ちしているとのこと。


「真央さんがバイトをしているときに行けるなんて嬉しいです」

「そうか。そういえば、優奈って真央姉さんがLaftでバイトしているところを見たことはあるのか? 井上さんは接客されたことがあったそうだけど」

「一度もありませんね。高野にあるLaftに行ったのはこれまで数回くらいですし」

「そうなんだ」


 数回程度なら、真央姉さんを見かけたことがなくても不思議ではないか。姉さんは毎日シフトに入っているわけじゃないし。仮に姉さんがシフトに入っていたときに来ていたとしても、Laftの敷地は結構広いからな。見かけることなく帰ったのだろう。


「バイトしている真央さんの姿を見るのも楽しみです」

「そっか。じゃあ、お店に入る前に、姉さんがバイトしている様子をこっそり見てみるか」

「いいですねっ」


 優奈は楽しそうに言った。

 高野駅の構内を通って、高野カクイがある駅の南口に行く。休日のお昼過ぎだし、駅の南側も商業施設が結構あるから賑わっている。

 優奈と一緒にいるので、男性を中心にこちらを見てくる人が多い。視線が集まることにも段々と慣れてきた。ちなみに、優奈は特に気にしていないようで、いつもの柔らかい笑顔で俺と話している。

 駅の南口を出てすぐに、高野カクイに到着する。

 Laftは3階にある。そのため、入口の近くにあるエスカレーターを使って、3階に向かい始める。


「優奈ってカクイには結構来る? 駅の南側だけど、すぐ近くだし。カクイの中で何度か見かけたことはあるけど」

「放課後を中心に来ることが多いです。萌音ちゃんや千尋ちゃん、部活の友達と。Laftもそうですが、本屋や音楽ショップなど専門店がいっぱいありますし。あとは服を買ったり、スイーツを食べたりすることもあります」

「そうなんだ」

「それに、学校からも駅からも近いですからね。友達とよく行く場所の一つです」


 と、優奈は楽しそうな笑顔で語る。きっと、井上さんや佐伯さんなどの友達と一緒に、カクイで楽しい時間をたくさん過ごしてきたのだろう。

 エスカレーターで3階に到着する。

 この3階は生活用品や雑貨、家電などを取り扱うフロアだ。

 真央姉さんがバイトしているLaftはエスカレーターのすぐ側にある。パッと見た感じ女性のお客さんが多い。ただ、休日なのもあって家族連れや、俺達のような夫婦といったお客さんも見受けられる。


「さっき、和真君が話したように、お店の外から真央さんをこっそり見ましょうか」

「そうしよう」


 俺達はお店の外側の通路を歩きながら、バイト中の真央姉さんを探す。

 こうして店の外の通路を歩いていると、Laftはかなり広い店舗であると分かる。それ故に、幅広い種類の生活雑貨や生活用品を取り扱っていることも。姉さんや友達が「生活用品や雑貨を買うならとりあえずLafftに行く」と言っているけど、それも納得だ。

 また、真央姉さんを探している中で、俺達の目的である壁掛けのカレンダーと時計のコーナーを見つけた。そのことに優奈は「ありましたね」と嬉しそうに言っていた。


「あっ、姉さんいた」


 優奈だけに聞こえるような小声でそう言う。

 どこですか、と優奈が問いかけてきたので、俺は真央姉さんを指さす。


「見つけました。今は接客してますね」


 優奈は微笑みながらそう言う。

 真央姉さんは今、マグカップのコーナーで中学生か高校生らしき女性2人に接客している。見た目通りの大人っぽい落ち着いた笑顔で。聞こえてくる声も普段よりもトーンが低くて。姉さんに見惚れているのか、女性達は商品じゃなくて姉さんことばかり見ているな。


「笑顔ですが、バイト中だからか、いつもの真央さんと雰囲気がちょっと違いますね」

「そうだな。仕事モードでの笑顔って言えそうだな」

「ですね。ただ、今の真央さんも素敵です。大人っぽくてクールな感じがして」

「ああ。弟から見てもそう思うよ」


 普段のブラコン全開な明るい真央姉さんも、今のようにバイト中のクールで落ち着いた雰囲気の真央姉さんも。今の姉さんを見ていると、男性だけじゃなくて女性からも告白されるのも納得だ。

 それから何分かして、真央姉さんは女性のお客さん達に軽く頭を下げて、マグカップコーナーを離れていく。


「姉さんのところに行くか」

「ですね」


 そう言って、俺達が真央姉さんのところへ行こうとしたときだった。

 真央姉さんが女性のお客さん達から少し離れたところで急に立ち止まり、こちらに振り向いた。その直後、姉さんはニッコリと笑って、


「カズ君! 優奈ちゃん!」


 と、俺達の名前を呼んでこちらにやってきた。


「2人とも来てくれたね! メッセージもらってからずっと楽しみにしてたよ!」


 真央姉さんは普段よりも高い声でそう言う。ついさっきまで女性達に落ち着いて接客していたのが嘘のようだ。


「真央姉さん、お疲れ様」

「お疲れ様です、真央さん。接客の様子をちょっと見ていましたけど、いつもとは雰囲気が違いましたね。初めて見ましたが素敵でした」

「ありがとう。バイト中はいつもあんな感じだよ」

「そうなんですね」

「……ところで、さっき姉さんがこっちを見る様子からして、俺達が隠れて見ていたのに気付いてた?」

「うん。カズ君と優奈ちゃんの匂いがするなぁと思って。女性2人に商品の説明をしている間にチラチラと周りを見てたら、ここから私を見ている2人を見つけて。嬉しくてテンション上がっちゃったよ!」

「そうだったんですか。そういう風には見えませんでした」

「俺もだ」


 あと、俺達に気付いたきっかけが匂いからっていうのが真央姉さんらしい。俺の匂いを嗅ぎ分ける能力は犬にも負けないんじゃないだろうか。


「カズ君が引っ越して寂しいけど、今日も会えるなんて嬉しい。昨日の夜はカズ君のベッドで寝たのが良かったのかな……」

「さっそく寝たのか」

「うんっ! カズ君の匂いがしたから気持ち良く眠れたよ!」


 すっごく嬉しそうに言う真央姉さん。姉さんらしいというか。さっきまで、クールな落ち着いた様子で接客していたのが嘘のようだ。


「ところで、2人は何を買いに来たのかな」

「リビングに飾るカレンダーと時計を買いに来たんだ」

「それぞれの部屋にはあるんですが、リビングにはなくて」

「なるほどね。どっちもうちで取り扱ってるよ。じゃあ、まずはここから近いカレンダーから案内するよ」

「お願いします」


 俺達は真央姉さんの案内でカレンダーが陳列されているところへ向かう。さすがに5年くらいバイトしているだけあって、迷うことなく案内してくれる。


「ここがカレンダーコーナーだよ。それで、ここのハンガーラックにあるのが壁に掛けるタイプのカレンダーだね」

「ありがとうございます。5月ですが色々なのがありますね」

「結構あるな」

「2人みたいに、引っ越したから新しいカレンダーを買うっていうお客様がいてね。年末年始とか、年度終わり以外でもカレンダーはちょくちょく売れるよ」

「そうなんだ」


 引っ越しは年中問わず行なわれるもんな。年末以外の時期にカレンダーを買うのは初めてだけど、こうしていつでもお店に置いてくれて助かるよ。有り難い。

 優奈と一緒に壁掛けのカレンダーを見ていく。売れ行きがいいのか、よく売れるシーズン外だからか、シンプルなデザインのカレンダーが多い。


「和真君はどんなカレンダーがいいですか?」

「日付が見やすくて、あとはそれぞれの日にちのスペースが広めのやつがいいな。実家にいた頃はバイトのシフトが決まったら、リビングのカレンダーに書くようにしてて」

「みんながすぐに把握できるようにね。私も書いてる」

「なるほどです。それはいい方法ですね」

「優奈は何か希望ってある?」

「……猫の写真があるものだと最高です。私、猫好きで。私の部屋のカレンダーもネコの写真付きなので」

「そうなのか。俺も猫が好きだし、猫の写真を見られたら癒やされそうだ」

「猫のカレンダーは人気だよ。シーズン以外も置いてあるよ。今もたぶん……」


 そう言い、真央姉さんは壁掛けカレンダーが陳列されているラックを見ていく。優奈と俺の希望に添うカレンダーがあるといいんだけど。


「これだね」


 真央姉さんは茶トラ猫の写真が表紙のカレンダーを取り出した。結構可愛い猫だからか、優奈は「わぁっ」と可愛らしい声を漏らす。


「見本だから、めくっていいよ」

「はいっ」


 優奈は真央姉さんから猫カレンダーの見本を受け取り、ペラペラとめくっていく。

 各月のページに黒猫やハチ割れ猫、キジトラ猫などの可愛らしい猫の写真が見られる形になっている。

 それぞれの日にちの文字もはっきりと書かれているし、スペースもそれなりに大きい。なので、これなら俺のバイトなどの予定を難なく書き込めそうだ。


「猫ちゃん可愛いです! 和真君どうですか? 日付の文字やスペースは」

「文字もはっきりしているし、スペースも十分だよ。猫の写真が可愛いな」

「では、これにしましょうか」

「そうしよう」

「カレンダー決まったね! これが購入用の商品だよ」


 と、真央姉さんは袋に入った猫カレンダーを俺に渡してきた。近くにカゴがあったので、そのカゴに入れた。

 優奈も俺も満足できるカレンダーが見つかって良かった。猫の写真も大きいから、リビングでこのカレンダーを見る度に癒やされそうだ。

 カレンダーが決まったので、次は時計。時計コーナーも姉さんが案内してくれた。


「ここが壁掛けの時計だね」


 壁掛けの時計なので、商品となっている時計も壁に掛けられた形になっている。丸い時計や四角い時計。数字の表記が『1』『2』とアラビア数字や、『Ⅰ』『Ⅱ』とローマ数字といった時計と様々な種類の時計が掛けられている。


「色々な時計がありますね」

「そうだな。優奈はどんな時計がいい?」

「パッと見て時間が分かりたいので、数字の表記はアラビア数字がいいですね」

「それは俺も同意見だ。時計の針の位置を見ればだいたいの時刻は分かるけど、アラビア数字の方が分かりやすいし、馴染みがあるもんな」

「ですね」


 ローマ数字の時計はかっこいいと思う。ただ、個人的には分かりやすさを重視したいので、アラビア数字の時計の方がいい。


「あとは……個人的には形は丸い方がいいですね。柔らかい感じがして。私の部屋の時計も丸いですし」

「俺の部屋の時計も丸いな。丸い方が柔らかい感じがするのは分かる気がする。あとは……広いリビングに掛けるから、数字が見えやすいものがいいな」

「見えやすさも重要ですね」

「丸くて、アラビア数字で、その数字が見やすいのは……この時計かな」


 真央姉さんはそう言い、左手で指し示してくれる。

 その時計は……形が丸くて、数字もアラビア数字表記で見やすいフォントだ。縁が薄い茶色の木目なのでとても落ち着いた印象を抱かせる。リビングの壁に掛ける時計としていいんじゃないかと個人的には思う。


「いい時計だな。優奈はどう思う?」

「私もいい時計だと思います。私達の言った条件にも合っていますし。それに、縁が木目なので、落ち着いた感じがして、リビングにいいんじゃないかと」

「そっか。俺も木目の縁がいいなって思ったよ。じゃあ、この時計にしようか」

「そうしましょう」

「この時計に決定ね。ええと、この時計は3番だから……この箱だね」


 真央姉さんは俺が持っているカゴに時計の入っている箱を入れた。


「他には何か買いたいものはあるかな?」

「いいえ。今回はカレンダーと時計が目的でしたので。また買いたいものがあったらここに来ます」

「品揃えがいいからな」

「分かった。じゃあ、レジに案内するね」


 俺達は真央姉さんの案内でレジに行く。

 レジにはカウンターが複数あり、並んでいる人はいなかった。なので、空いているカウンターに真央姉さんが立ち、そのカウンターで会計をすることに。そのときの姉さんはとても嬉しそうにしていた。

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