第17話『和真君のも見たいです』

 優奈と一緒にアイスコーヒーを飲みながら、帰る途中で買ってきた抹茶マシュマロと抹茶チョコを食べてゆっくりと過ごすことに。

 マシュマロは普通の白いマシュマロの中に、抹茶味のソースが入っている。チョコはチョコ全体が抹茶味であり、深緑色のビジュアルだ。どちらも抹茶の苦味があるので、甘いけどさっぱりとした味わいで美味しい。

 優奈もお気に召したようで、どちらも美味しそうに食べている。笑顔でモグモグしている姿はとても可愛らしい。


「マシュマロもチョコも美味しいですね! どちらも甘味と抹茶の苦味のバランスが良くて」

「どっちも美味しいよな」

「ですね。今年も抹茶味の期間限定のお菓子やスイーツに期待できそうです」

「毎年、今くらいの時期から抹茶系のお菓子やスイーツが出るよなぁ。お茶が好きだから、あまり外れはないな」

「美味しいものが多いですよね。もちろん、買うだけでなく作りたいですね。毎年、スイーツ研では5月や6月に抹茶系のスイーツを作りますから」

「そうなんだ。すぐに部活のことを考えられるとは。さすがは部長だな」

「ふふっ」


 部活動説明会でもしっかりと説明していたし、きっと部活動のときも部長としてちゃんと活動しているのだろう。


「今日の玉子焼きも甘くて美味しかったし、いつかは優奈の手作りスイーツも食べてみたいな」

「いいですよっ」


 優奈は楽しそうな笑顔で言ってくれる。その声は弾んでいて。甘い物が好きだし、そのときを楽しみにしていよう。

 俺はアイスコーヒーを一口飲む。口の中にマシュマロやチョコの甘味が残っているので、コーヒーの苦味がとてもいいと思える。


「あの、和真君。一つお願いがあるのですが」

「うん。何だろう?」

「……和真君のアルバムを見てみたいです。土曜日のお家デートでは私のアルバムを見ましたし、これまでの和真君の姿を見てみたくて」

「ああ、いいぞ」

「ありがとうございますっ。実は和真君のも見たいのもあって、お家デートをしたいと提案したんです」

「そうだったんだな」


 可愛いことを考えていたんだな。ただ、土曜日のお家デートで優奈のアルバム鑑賞を楽しんだので、優奈が俺のアルバムを見てみたくなる気持ちは分かる。

 俺はクッションから立ち上がり、アルバムが入っている本棚に行く。本棚に入っている青いアルバム入れを取り出す。


「それがアルバムでしたか。他の本よりも分厚いと思っていましたが」

「俺も本棚に自分のアルバムを入れてあるんだ」


 定期的に新しい写真を貼っていくし。それに、真央姉さんがたまに昔の俺の写真を見たがるから。このアルバムも新居に持っていくつもりだけど、姉さんが嫌がるかもしれないな。

 クッションに戻って、アルバムをローテーブルに置く。その際、隣に座っている優奈は俺のすぐ近くまで近づいた。肩が触れそうなくらいに。そのことで、優奈から甘い匂いがふんわりと香った。


「優奈のアルバムみたいに、だいたい時系列で貼ってある」

「分かりました。では、見ていきましょう」


 こうして、俺のアルバム鑑賞会が始まった。見られたらまずい写真はないけど、アルバムを見られるのはちょっと緊張する。優奈も土曜日のお家デートではこういう気持ちだったのだろうか。

 優奈はアルバムの表紙を開く。

 最初のページは俺が赤ちゃんの頃の写真だ。写真の中の俺は両親に抱き上げられていたり、真央姉さんから後ろから抱かれていたり、ベビーベッドで横になっていたりしている。


「赤ちゃんの頃の和真君、とても可愛いですね!」


 優奈はちょっと興奮気味に言う。赤ちゃんの頃の自分なので、可愛いと言われることに悪い気はしない。


「和真君の御両親も昔からそんなに変わらないですね」

「そうだな。特に母さんは変わらないな。俺が生まれた頃だから、両親は30手前くらいか」

「そうなんですね。拓也さんと和真君は髪の色以外は雰囲気が似ていると思いましたが、写真の頃は若い分、より和真君に似ていますね」

「父さんと似ているって、親戚や若い頃から知っている父さんの友人に言われるな」

「そうですか。和真君が大人になったら、こういう感じになるのかもしれませんね」


 優奈は優しい笑顔でそう言った。父さんのように落ち着いた雰囲気で、何歳になっても髪がフサフサのままでいたいものだ。


「あと、真央さんはとても可愛いですね!」

「可愛いな。3学年上だし、俺が赤ちゃんの頃だから、このときの姉さんは3歳くらいか」

「3歳の女の子って可愛いですよね。妹の陽葵もそうでした」

「優奈のアルバムにあったな。可愛かったな」

「ええ。……今の真央さんはクールで美人な容姿ですが、この頃は本当に可愛らしい感じですね」

「そうだな。まあ、見た目はクールな雰囲気だけど、中身は昔から変わらず明るくて気さくな感じだよ。今も笑顔は可愛いし」


 真央姉さんは背が高くてスタイルがいいし、黙っていればとてもクールな印象だ。それもあってか、姉さんは男子だけじゃなくて女子からも結構告白されるらしい。ちなみに、全て断っており、恋人がいたことはない。

 それからも時折、優奈がページを開きながら、アルバム鑑賞をしていく。幼少期なので、優奈は「和真君可愛い……」とたまに呟いて。

 保育園に通っていた頃のページになると、当時の友達や先生と一緒に写っている写真も何枚か貼られている。高校が同じで定期的に会っている友達は2人くらいで、多くの友達は引っ越したり、進学先が違ったりしてしばらく会っていない。先生に至っては保育園に通っていたとき以来、誰とも会っていないな。

 そういえば、写真にも写っている茶髪の女の先生……結婚して、年度の途中で退職されたっけ。初恋の人だったから、泣きながら「けっこんおめでとう」って言ったのを思い出した。


「ごめんなさい。ここ、嫌なページでしたか? 寂しそうな表情をしていますし」


 優奈は堅い笑顔でそう言ってくる。保育園以来会っていない人もいるし、初恋の先生のことを思い出して寂しいと思っていた。それが顔に出てしまったのかもしれない。


「ううん。そんなことない。ただ、保育園の友達や先生の中には全然会ってない人もいてさ。あと、この茶髪の先生が初恋の人で……」

「そうなんですか。先生可愛いですね。その先生に初恋をした和真君も。私が通っていた幼稚園でも先生が好きな子が何人もいましたよ」


 柔らかい笑顔でそう言う優奈。保育園時代のこととはいえ、初恋の人を話してまずかったかもと思ったけど、優奈の笑顔を見てほっとした。保育園や幼稚園の先生に恋をするのは意外とあるのかな。


「ただ、その先生は俺が通っているときに、結婚して退職されたんだ。それも思い出して、寂しいなって思ったんだ。ごめんな、気を遣わせて」

「いえいえ。それに、和真君の気持ち……分かります。私も保育園で仲良くなった友達の中には引っ越して、卒園以来一度も会っていない子もいますから。初恋はまだですが」

「そっか」


 気持ちが分かるという優奈の言葉で、心が癒やされた。あと、優奈は初恋がまだなんだな。

 引き続き、アルバム鑑賞していく。

 今は小学校時代の俺が写っている写真が貼られたページを見ている。遠足や運動会、修学旅行の学校のイベントや、夏休みの家族旅行や誕生日パーティーのプライベートな写真まで様々だ。


「素敵な写真がいっぱいですね。和真君、楽しそうです」

「ありがとう」

「あと、プライベートな方の写真を中心に、真央さんと一緒に写っている写真がたくさんありますね。和真君に抱きついている写真もありますし。小さい頃から真央さんととても仲がいいんですね」

「姉弟としての仲はいいと思うよ。ただ、姉さんの方は……ブラコンって言えるほどだけど」

「ブラコンですか。……思い返せば、結婚の話や引っ越しの話をしたとき、結構ショックを受けていた感じでしたもんね」


 優奈は納得した様子だった。

 弟の俺自身がブレていないと感心するほどに、真央姉さんは昔から俺のことが大好きである。優奈との新居も家の窓から見えるほどに近いマンションだから良かったけど、そうじゃなかったらどうなっていたか。拒んでいたかもなぁ。引っ越しを許可したとしても、同じマンションに住むとか言っていたかもしれない。

 それからも優奈はページをめくり、やがて中学時代の写真が貼られているページに。


「中学時代ですね。今の和真君にだいぶ近づいて、可愛い雰囲気からかっこいい雰囲気になりましたね」

「俺も小学校の高学年から中学時代に、成長期で背が結構伸びたからな」

「私のアルバムを見たときに言っていましたね。……一緒に写っている人の中に、私の友達の女の子がいますね。高校の校舎で見た覚えのある人も何人かいます」

「うちの高校は私立だけど、この地域の人にとっては地元の高校だからな。同中出身の奴は何人もいるよ」


 中学時代の友達も何人かうちの高校に進学したから、中学を卒業したときはそこまで寂しさを感じなかったな。


「そうなんですね。そういえば、萌音ちゃんや千尋ちゃんも前に同じようなことを言っていましたね」

「2人はうちとは学区が違うけど、高校まで徒歩や自転車で行けるもんな」


 きっと、2人の卒業した中学校からも、うちの高校に進学した生徒は結構いるんじゃないだろうか。高校まで近いのは魅力的だろうし。それに加えて、うちの高校の場合は大学付属校だから。

 優奈と一緒に中学時代の写真を見ていく。

 部活は入っていなかったけど、友達もいたし、図書委員会に入って先輩後輩の繋がりもあったから、結構楽しかったな。特に合唱祭や体育祭、修学旅行は。

 中学時代のページを経て、いよいよ高校に入学してからの写真に。


「高校生になりましたね。ここからは私も知っている和真君が写っていますね」

「ああ」

「パッと見た感じ、西山君と一緒に写っている写真が多いですね」

「入学したときに同じクラスで最初に仲良くなったからな。3年連続で同じクラスだし。学校のイベントではあいつと一緒に行動することが多かったよ」

「私にとっての萌音ちゃんや千尋ちゃんですね」

「そうだな」


 西山は高校時代の一番の友人と言える。あいつも常盤学院大学に内部進学する予定だから、大学生になってからも今のような付き合いが続くだろう。高校生になってからの写真を見ながらそう思った。


「……これで、貼っている最後のページまで来ましたね。楽しかったです」

「優奈が楽しめて良かったよ。ここから先は、優奈と一緒に写る写真がいっぱい貼られていくんだろうな」

「きっとそうなるでしょうね。同じ写真も貼っていきたいですね」

「それいいな」


 一緒の思い出をそれぞれのアルバムに貼る。とても素敵な考えだと思う。


「夫婦になったし、これから一緒に住むから、俺達のアルバムを作るのもいいかもな」

「それもいいですねっ。今はスマホでたくさん撮影して気軽に見られますけど、こうしてアルバムという形でも残していきたいですね」

「そうだな」


 俺達のアルバムを作ったら、俺のこのアルバムよりもいっぱいの写真を貼られることになるのかな。そうなるほどに、優奈といっぱい思い出を作っていきたいな。


「アルバムを観終わったし、これから何をしようか。この前のお家デートは『この着せ替え人形に恋をする。』を観たけど」

「続きを観たいです。この前観たら、やっぱり面白いと思えましたので」

「分かった。うちにも録画したBlu-rayがあるし、続きから観よう」

「はいっ」


 それから、俺達は『この着せ替え人形に恋をする。』のアニメを観ることに。この前のお家デートでは第5話まで観たので、今日は第6話から。

 この前と同じで、優奈と隣同士に座って、ストーリーやキャラクターのことを話しながら観ていく。

 やっぱり、優奈と一緒にアニメを観るのはとても楽しいな。だから、気付けば物語のキリのいい第8話まで観終わっていた。

 第8話を観終わったときには、時刻が午後6時近くになっていた。なので、優奈は帰ることに。

 暗くなり始めているので、俺は高野駅まで優奈を送ることにした。もちろん、手を繋いで。


「今日もお家デート楽しかったです! スイーツとコーヒーが美味しくて、アルバムとアニメ鑑賞が楽しかったので」

「そう言ってもらえて良かったよ。俺も楽しかった。今日は学校で色々な人に話を訊かれたから、優奈と2人でゆっくりと過ごせて良かったよ」

「私もです。和真君との2人きりの時間……良かったです」


 優奈はニコッと笑いながらそう言ってくれる。そのことが嬉しい。

 俺も優奈も一緒に過ごすのが良かったと思えたから、明後日からの夫婦生活も何とかやっていけそうだ。デートで過ごすのと、日常生活として過ごすのは違うのかもしれないけど。

 優奈と話しながら歩いていると、高野駅が見えてきた。

 今は午後6時過ぎ。部活帰りの時間帯になったのか、うちの高校を含め制服姿の人がちらほらと見受けられる。また、仕事帰りの時間帯でもあるのかスーツ姿の人もいる。

 男性中心に優奈のことを見ている人がそれなりにいて。優奈を駅まで送るのは正解だったな。

 高野駅の中に入り、改札口の近くまで向かう。


「ここまでで大丈夫です。送ってくださってありがとうございます」

「いえいえ。気をつけて帰れよ。今は帰宅ラッシュの時間帯に差し掛かっているから」

「ありがとうございます。今日は楽しかったです。また明日」

「ああ、また明日な」


 俺が優奈の右手を離すと、優奈は俺の左手を離して1人で歩き始める。

 改札を通ったところで、優奈はこちらに振り返って、いつもの優しい笑顔で小さく手を振ってくれた。そのことに頬が緩くなったのを自覚しつつ、俺も優奈に手を振る。優奈の姿が見えなくなるまで……ずっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る