再開したイケメン幼馴染みに抗えない女装男子の灯織くん

凪奈多

第1話  女装男子と幼馴染み

 佐久間灯織さくまひおり、16歳、男。藤崎高校二年、帰宅部。2歳上の姉が一人。趣味は──女装。


 女装のきっかけは中学3年生の時の文化祭。クラスの出し物はメイド喫茶で、女子がメイド服を着て接客。男子は裏方で調理。当然男子である僕は裏方をやるはず……だった。


 「佐久間くんかわいいしメイドやらない?」


 クラスメートの一人である、柊凛花ひいらぎりんかが持ちかけるように、そう僕に声をかけた。当時の僕は身長158センチ44キロと男子にしてはかなり小柄な体格。その上、顔もどちらかと言えば女顔で、いつもかわいいかわいいと言われて育ってきた。


 別にかわいいと言われる分には全然構わないけれど、女装は話が別だと断ろうとしたら、どうやらこの会話を他のクラスメートの女子が聞いていたらしい。


 「え!? 佐久間くんメイドやるの!?」


 と、クラス中に響き渡る声でそう言った。それからは早かった。僕が口を挟む間もなく話がどんどん進んでいく。そして、10分も経つ頃には僕の女装は決定事項となっていた。


 「ごめんね、佐久間くん。こんなことになるとは」


 僕に女装を持ちかけた柊さんが心底申し訳なさそうな謝罪に僕は応える。


 「いいよ、柊さんは別に悪くないし」

 「ほんとにごめんね!」

 「そんな謝らんでよ」


 僕は、少し笑いながらそう返事する。そんな僕の様子を見て、彼女もにこりと笑った。


 「それはそうと佐久間くん。メイドどうする? 嫌なら今からでも私が断りにいくけど」

 「もう断れる雰囲気じゃないでしょ」


 改めて顔を上げクラス中を見渡す。みんな、特に女子が大盛り上がりで、「絶対こんなメイク似合うと思うんだよね~」とか、「せっかくだしロングのウィッグがいいよね~」とか話し合っている。


 「確かに」

 「だからまぁ、やるよ」

 「ほんと!? やった!!」

 「そんな僕の女装が見たいの?」

 「うん、ていうか私メイクとか好きでさ。前から佐久間くんにしてみたかったんだよね~。絶対可愛くなると思うんだ。いや、可愛くする!!」

 「あはは」


 柊さんのなぞの意気込みに少し気後れしつつも、このときから内心女装が楽しみだった。

 今までかわいいかわいいといわれてきたけど自分ではいまいち実感できなかった。けれど女装して自分ではないものになったら、自分のことを可愛いと思うのだろうか。


 この僕の疑問は、文化祭当日、用意された衣装、腰の辺りまであるウィッグ、そして柊さんにされたメイクをみた瞬間答えが出た。


 「僕、可愛いくない!?」

 「我ながら会心のできだよ!!」


 鏡を見ながら驚愕する僕と、そんな僕を見てはち切れんばかりに胸を張る柊さん。

 

 このときだ。僕はこのとき、この瞬間に女装にはまったのだ。


 ──そして現在いま


 僕は柊さ……いや、今は凛花と呼ぶ仲になっている。その、凛花にメイクを教わり、一緒に服を買いに行き、今では家族公認の趣味となった。

 いや、趣味というより、私服が女装だ。制服以外はメンズの服を着ているときの方が珍しい。

 髪も肩の辺りまで伸びており、制服を着ていても女子に間違われることもかなりある。

 

 そんな僕は今日も女装をして、凛花と一緒に買い物だ。三駅離れたショッピングモールに向かうため、最寄りの駅まで一緒に向かって、電車にのってショッピングモールへと向かった。


 「そういえば、たっちゃんって覚えてる?」


 僕たちはショッピングモール内にあるカフェの席に向かい合って座り、そして、僕は先週母親から言われた言葉を思い出し、凛花に尋ねた。

 たっちゃん。本間龍生ほんまたつき。僕の幼稚園の頃からの幼馴染みで、小学3年生の頃に父の転勤で東京に行ったきり会えていない僕の親友だ。


 凛花も仲良くなったのは中学のときだが、小学校も同じため、知っているだろうと思い話した……んだけど。


 「ん? たっちゃんって誰?」

 「ほら、小学校のとき引っ越した本間龍生。覚えてない?」

 「んー、なんか聞いたこと……。あ! 灯織とよく一緒にいた子? そういえばしばらく見てなかったかも。引っ越してたんだ」

 「そうそう、そのたっちゃん。小3の頃に引っ越したの」

 「へー、その子がどうかしたの?」

 「うちの高校に転校してくるんだってさ。多分明日からだと思うんだけど」


 今日は日曜日で、週の半ばに引っ越してくるとも思えないから多分明日。いつから、とは聞いたものの、母親もそこまで詳しく知らないようだった。


 「うれしいの?」

 「へ!? なんで!?」

 「えー、だっていつもより顔がゆるゆるしてるし~?」

 「そ、そんな顔してる!? いや、まぁ、また会えるのはすごいうれしいんだけどね」


 そう言うと凜花は、ニマニマしながら僕を見つめ、僕の両頬を両手で挟みぐりぐり~っとしてきた。


 「も~、灯織はかわいいな~!」

 「やめろよ~!」

 「はいはーい、やめますよっと」


 そう言うと凜花は、すぐに僕の頬から手を離した。


 「それにしても灯織。本間くんは灯織のその格好知らないわけじゃん? どうすんの?」

 「あっ……」

 「え!? 考えてなかったの!?」

 「いやだって、いつもこの格好だし、なんか考え付かなくて」

 「やばー、もう完全に女の子じゃん。久しぶりに会った本間くんに惚れちゃったりして」


 またもや、凜花がニマニマしだす。僕とたっちゃんをおもちゃだとでも思っているのだろうか。


 「そんなことあるわけないじゃん。たっちゃんはただの親友だし。それに僕、ちゃんと女の子が好きだよ?」

 「今あなたの目の前にそこそこかわいい女の子がいるんだけどなー。そんな素振り全然見せないなー」

 「凜花はそうゆうのじゃないじゃん!」

 「どうだかなー。クラスの女子に混じってイケメン俳優の話で盛り上がる男子なんてなかなかいないと思うけどな~」

 「あれは話を合わせるためだから」

 「男子と話せばいいじゃん?」

 「なんかこの格好するようになってから時々男子の視線が怖いんだよな。それに女子との方が話が合うし」

 「ふーん」


 凜花がにやつきながら僕の目をじっと見つめる。


 「な、なに?」

 「いや、女の子だなーって。二年かそこらでここまで女の子みたいになっちゃうんだったら気づいてないだけで男の子が好きになっちゃうてこともあり得るんじゃない?」

 「だ、だからそれはないって」

 「じゃあ、今好きな女の子いる?」

 「今はいないけど……。でも中学のときはいたよ!」

 「それ女装始める前か始めたばっかのときでしょ?」

 「そうだけど……」

 「ていうか、灯織もう女の子恋愛対象として見てない気がするし」

 「いや、クラスの女子はそうだけど……、ん~もうこの話やめ!!」

 「はいはーい、まぁ私から言えることは灯織がもし男の子のことを好きになっても私は味方だからねってこと。さ、会計に行こっか」


 そう言って凜花は席を立つ。僕も頷き、席を立って二人で会計に向かった。


◆◇◆


 それから僕たちは、三時間ほどショッピングモールで買い物し、そして帰路に着いていた。

 二人してたくさん買った服などが入った袋を両手に持って、家の近くの住宅街を歩く。

 僕たちは小学校から同じなこともあって、家がかなり近い。そのため、こうして出掛けるときも、学校にいくときも基本的にいつも一緒だ。

 そしてそろそろ僕の家だ。僕たちの家が近いとは言っても、駅からは僕の家の方が若干早く着く。

 僕の家が見えてくると、どうやらいつもと違う騒がしさを感じた。

 玄関の前に大勢の人が集まっている。

 家の前まで歩くと、玄関の扉から顔を出した姉の瑠菜るなが僕に気づいた。


 「あ、灯織帰ってきた! お帰りー」


 いつにもましてテンションが高い。

 そして玄関の前に集まっている大勢の人、家族かな? が一斉に視線をこちらに向けた。

 顔を見るとそれは懐かしい面々であった。


 「え、凛花。どうしよう、たっちゃんがいるんだけど」


 僕は隣に立っている女子に助けを求めた。

 玄関の前に集まっていたのは、たっちゃんの姉の充希ちゃんと、妹の夏鈴かりんちゃん、そしてたっちゃん本人であった。

 そりゃあ、お姉ちゃんもテンション上がるよ。充希ちゃんと仲良かったから。


 「どうするったって、もうどうしようもないんじゃない?」


 そう言って玄関のほうを指差す。僕もそちらに視線を向けると、一人の男がこちらに歩いてきていた。

 百八十センチはあろうか、成長して百六十二センチになった僕よりも遥かに高い身長に、筋肉質な身体。その上清潔感もある。

 端的にいえば、たっちゃんはものすごくイケメンになっていた。

 いや、小学生の頃からイケメンだったしモテてたけど。

 隣にいる凛花も「わー、イケメンだぁー」などと呟いていた。

 たっちゃんは僕の目の前で立ち止まった。無言のまま僕の前に立ち、僕のことを見続けていた。

 時間の流れが遅く感じる。実際は数秒ほどの時間だったのだろうけど、僕には数十分ほどに感じた。背中に汗がだらだらと流れる。

 たえきれなくなった僕は口を開いた。


 「えーっと、久しぶりたっちゃん」

 「ひーちゃん、女の子だったの?」

 「……え?」


 想定外の反応に僕は困惑した。

 てっきりお姉ちゃんに既に僕のことを聞いており、気持ち悪いとかいわれるものだと思っていた。


 「いや、あの──」

 「あ、もしかして俺が友達いなかったから気を遣わせちゃってたのか」

 「いや、だから──」

 「でも、もう気を遣わなくて大丈夫だから。俺だってもう友達くらい作れるし」


 たっちゃんは僕の言葉を遮るように、次々と言葉を紡いだ。


 「それに、こんなにかわいいんだから、もったいないよ」

 「ふぇっ!?」

 「ぷっ……!」


 たっちゃんの不意打ちに、変な声を出した僕にたいして、さっきまで隣で静かに僕たちを見ていた凛花が吹き出した。

 そんなこともお構い無しに、たっちゃんは続ける。


 「服もすごい似合ってるし」

 「うぇっ!?」

 「髪長いのもかわいい」


 顔が熱い。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤になっていると分かる。

 そして、たっちゃんの顔が見られない。ていうか、この場にいるのもものすごく恥ずかしい。


 「も、もう無理~!!」


 そう思うと僕は、たっちゃんから顔を隠して玄関に駆け込んだ。


 「ちょ、ひーちゃん!?」


 途中、たっちゃんの声が聞こえたが無視をして、急いで玄関の扉を閉めた。


◇◆◇


 外に取り残された一組の男女。

 その内男子の方、本間龍生がポツリと言葉をこぼした。


 「何か悪いこと言ったかな……?」

 「お。無自覚系か~」

 「ん?」


 にやにやしながら龍生を見ながら呟いたのは、龍生と同様、外に取り残された柊凛花である。

 そんな少女がこぼした言葉に、龍生は首をかしげた。


 「久しぶり、本間くん。私のことは覚えてるかな? 一応小学校一緒なんだけど」

 「えーっと、ごめんなさい。覚えてない、です」

 「だろーねー。私もさっき灯織から話し聞くまで覚えてなかった。関わりなかったしね。まぁ、でも高校も一緒だしよろしくね」

 「え、あ、はい。あの……さっきの無自覚がどうのってどういう意味ですか?」

 「んー、かわいいかわいいっていっぱい言われたら照れちゃうでしょ? って話、かな?」

 「でも姉さんに、女の子は誉めろって」

 「えー、あれ他の子にも言ってるの?」

 「いえ、中高は男子校だったので。小学生の頃はあんまり意識してなかったし……」


 龍生は少し俯きながらそう答えた。


 「ふーん、まぁいっか。でもこれからは好きな子だけにしておきな。本間くんモテそうだから、会う女の子みんなにあんな感じで関わったらすごいことになっちゃうよ? てことで私もう帰るね。遅いし。灯織に伝えといて」

 「あ、はい。えーと……」

 「まだなんかあった?」

 「いえ、名前を聞いてなくて」

 「あー、そう言えばいってなかったか。私、柊凛花。あと敬語じゃなくていいよ、タメだし」

 「うん、わかった。柊さん」

 「ん、じゃ」


 それだけ言って凛花は、灯織の家から歩いて出ていった。

 そして、龍生は凛花が歩いていった方向とは逆の、玄関に向けて歩き始めた。


◆◇◆

 

 玄関に入った僕は、姉を含めた女子三人に囲まれていた。

 充希ちゃんと夏鈴ちゃんだ。

 充希ちゃんはたっちゃんの二歳上の姉で僕の姉と同級生。なんかギャルっぽくなっていた。

 夏鈴ちゃんはたっちゃんと僕の一つ下で今年から高校生だ。夏鈴ちゃんも僕とたっちゃんと同じ高校に通うらしい。見た目も年相応で可愛らしい。


 「うっわ、て言うか近くで見たらまじで灯織かわいいな」


 と、たっちゃんの姉の充希ちゃんが。


 「ひーちゃん今度あたしにメイク教えてよ。お姉ちゃんよりも上手そうだし」


 と、たっちゃんの妹の夏鈴ちゃんが。


 「うん、うん。ちょっと待って。顔が熱すぎる。なんかたっちゃんヤバくなってない? いつもあんな感じなの?」

 「あー、あれはたぶんうちが女子はとにかく誉めろとか言ったからだわ」

 「え、じゃあ他の人にもあんな感じなの?」

 「いやー、男子校だったしそれはないな」

 「ていうか、ひーちゃん照れすぎでしょ。顔真っ赤だよ」


 夏鈴ちゃんの言葉に余計顔が熱くなるのを感じる。照れてるって自覚したからだろうか。


 「男子からあんなはっきりかわいいとか言われたの始めてだし……。ていうか、なんでたっちゃん僕のこと女の子だと思ってんの?」

 「ちっちゃい頃とか一緒に風呂入ってたのになぁ」

 「お兄ちゃん勉強はできるけどバカだから」

 「あとで伝えておいてよ。僕は男だって」

 「「なんか面白くなりそうだからいやだ」」


 姉妹は口を揃えてそう言った。息ぴったりだな。


 「あ、でもどうせ学校で分かるか。僕普通に男子制服だし」


 という僕の呟きに反応したのは姉の瑠菜だ。


 「あんた女子の制服持ってるじゃん。入学するときお母さんが買ったやつ。せっかくだしあれ着たら?」

 「いや、だから着る気ないんだって」

 「お母さんいつもせっかく買ったのに全然着てくれな~いって言ってるし」

 「お母さんが勝手に買ったんだけどなぁ」

 「えー、あたしもひーちゃんのかわいい制服姿見た~い」

 「だから着な──」


 ここまで言うと、リビングからこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 視線を向けるとそこには母が立っていた。


 「灯織やっとあの制服着てくれる気になったの!?」


 母の名前は美琴。もうアラフォーだというのに見た目も言葉遣いも若々しい。


 「着ないって。て言うかなんでお母さんは僕にそんなあの制服着せたがるのさ」

 「え、だって男子の制服似合ってないじゃん」

 「え、うそ、似合ってない!?」

 「うーん、あれはあれでかわいいんだけど、なんていうかかわいい女の子が服だけ男装してる感じ? みたいな」

 「あー、確かにそんな感じだわ」


 母の言葉に姉も頷く。僕そんな風に見られてたのか……。


 「ていうか、私服はレディースなのに制服だけメンズって言うのも今更ながらおかしいしね」


 姉の言葉に僕は俯く。そんな風に見られていたと思うと急に恥ずかしさが込み上げてきた。


 「……やっぱり着ます」

 「やった! じゃあ今から試着会しよ!」


 僕がそう言うと母は僕の手を引っ張って、奥の部屋へと連れ込んだ。

 

 「あたしも見たーい」

 「じゃ、うちも」


 そう言って、姉を含めた三人もついてきて、部屋へと入ろうとすると、玄関の扉が開いた。


 「あ、お兄ちゃん」


 たっちゃんだ。ていうか、今たっちゃんの顔見てられないんだけど。また顔が熱くなってきた。


 「なにしてんの?」

 「今からひーちゃんの制服姿を見るの。男子禁制だからお兄ちゃんはちょっと待ってて!」

 

 夏鈴ちゃんがそう言って最後に部屋に入ってきた。

 扉がしまりきる直前、たっちゃんの「え?」という戸惑いの声が聞こえた。


◇◆◇


 あれから十数分。僕は始めて女子制服に袖を通し、母や姉、充希ちゃんと夏鈴ちゃんにあれやこれやと言われていた。


 「えー、もっとスカート短い方がいいって!」

 「いやいや短すぎない!?」

 「いつもこんくらいの履いてんじゃん。てか、あんた足細すぎない?」

 「制服はちょっと違うじゃん!」

 「じゃあ、ニーハイはどうよ」


 と、色々手を加えられた結果。

 ブレザー制服のため、シャツは男子の頃とあまり大差ないが、スカートがかなり短いいわゆるミニ丈と呼ばれるくらいの長さになり、ニーハイによる絶対領域もできていた。

 まぁ、なんというかかなり際どい。クラスの女子でもここまでの子はなかなかいない。一部のギャルくらいだ。


 「やばー、ひーちゃんめちゃかわいい」

 「これならどんな男子でもイチコロだわ」

 「いや、僕普通に女の子が好きなんだけど」

 「「「え?」」」

 「え?」


 僕の言葉に僕以外の全員が首を傾けた。その様子に僕も首を傾ける。なんでみんな僕が男を好きだと思っているのだろうか。女装が好きなだけなのに。

 

 「まぁ、いいや。ひーちゃんお兄ちゃんにも見せにいこ!」

 「え!? たっちゃんにもこれ見せるの!?」


 こんな際どい格好を!? なんかそこはかとなく恥ずかしいんですけど。


 「なにそんな驚いてんの、あんた。どうせ明日から毎日その格好なのに」

 「そうだけどさー。なんかいざ見せるとなると恥ずかしいじゃん?」

 「いいから早く行こー」


 そう言って夏鈴ちゃんは僕の手を引き扉を開ける。

 たっちゃんは玄関の隅っこで座って待っていた。身体は僕に比べてはるかに大きくなっていたけど、こうして縮こまっていると少しかわいく見える。


 「お兄ちゃん見て見て~。ひーちゃんめっかわだよ~!!」


 夏鈴ちゃんがたっちゃんにそう声をかけると、たっちゃんは振り返り僕に視線を向けた。


 「ほら、どう? めっちゃかわいくない?」

 

 夏鈴ちゃんが僕のことを前に押し出し、たっちゃんの前に立たせる。

 たっちゃんの視線をすごい感じる。恥ずかしい……。

 

 「ど、どう?」


 たっちゃんの返事を聞かないことには終わらないような気がしたので、僕はたっちゃんにそう尋ねた。


 「うん。やっぱひーちゃんすごいかわいい」

 

 それは求めていた回答ではあった。だけどこうも堂々と言われるとやはりすごく照れる。

 顔が熱を帯びていくのが分かる。僕はそんな顔を誰にも見せたくなくてその場で顔を隠して屈んだ。


 「え、ひーちゃんどうしたの!? 大丈夫!?」


 たっちゃんがそんなおかしな様子の僕に駆け寄ってくる。


 「あはは、ひーちゃん照れすぎ~。かわいい~」


 夏鈴ちゃんは夏鈴ちゃんで僕のこの姿を見てにやにやしてるし。ていうか、この子もう僕のこと年上だと思ってないよね。べつにいいけどさ。


 「おーい、龍生、夏鈴。母さんがもうそろそろ帰ってこいだってさ」

 「はぁーい」


 部屋から出てきた充希ちゃんの言葉に夏鈴ちゃんが返事をする。

 そして二人は僕の横を歩き抜け、玄関の扉に手を掛けた。


 「え!? ひーちゃんは大丈夫なの!?」


 一人だけ場違いのようにたっちゃんがそう声を出したけど、それを夏鈴ちゃんが軽く流す。


 「大丈夫だよー。ひーちゃん照れてるだけだし。ね?」

 「……うん」

 「ほら」

 「ならいいけど……」


 僕が頷いたことでたっちゃんは納得したのかそれ以上は特になにも言ってこなかった。


 「じゃあ、お邪魔しましたー」


 と、夏鈴ちゃんが言うと、二人もそれに追随して、同じ言葉を繰り返す。


 「またおいで」


 母がそう返すと、三人は玄関から出ていった。

 三人を見送ると、母は早々に部屋に戻り、玄関には僕と姉の二人が取り残された。

 先ほどまでの騒がしさがうそのように、玄関は静かだ。

 

 「あんたいつまでそうしてるの?」

 「あとちょっと」

 「ふーん」


 姉はそれだけ言い残して、踵を返した。

 僕はまだ。

 まだ顔が熱い……。


◆◇◆


 一晩開けた。やっぱり男子制服を着ようか迷ったが、母の手によって既に片付けられており、女子制服しか用意されてなかった。

 制服に着替え、リビングに出る。

 既に朝食は用意されていたので、自分の席に座って、食べ始めた。

 母は食事を作り、洗濯をすると二度寝を始めるためこの場にはいない。

 十分ほどで食べ終え、歯を磨き、軽くメイクもする。

 準備を全て終え、リビングに戻ると姉も既に起きており、朝食に手を掛けていた。


 「おはよう」

 「おはよう。かわいいじゃん」

 「変じゃない?」

 「変じゃない、変じゃない」

 「なんかお姉ちゃんてきとー。まぁいいや、行ってきます」

 「いってらー」


 こうして家を出る。家の外にはいつも通り凛花が待っている。


 「お待たせー」

 「灯織、制服どしたん?」

 「昨日色々あってさー」

 「まぁ、でもこっちの方が似合ってるよ」

 「なんか不服~」


 こうして僕はたっちゃんと再開した。

 


 

 

 

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