WORKS4 転生社畜、女子高生とはじめる

💰火種


「やあ! 奴隷遣いのダリスさん。調子はいかがですか?」

「またアンタか。……と思ったけど、なんだかんだで一ヶ月ぶりか」


 いつものようにアポなしで執務室に上がり込んできたショウを、ダリスは座った姿勢のままで見上げた。

 以前は週に一度のペースで『今日こそは良いお返事を頂きに来ましたよ』とクランに勧誘しにきていた彼が、一ヶ月も間をあけるなんて珍しい。


「押してダメなら引いてみろ、と仲間に助言を貰いましてね。しばらく焦らしてみたんですよ」

「そのまま引きっぱなしにしておいてくれれば良かったのに」

「そういうわけにもいかない事情ができてしまったものですから……。あれ? 今日はお一人なんですか?」


 ショウは執務室の入り口を振り返り、首を伸ばして外の様子を伺う。

 いつもならチトセあたりが様子を見に来る頃合いだが、今日はシンと静まり返っている。


「ん? ああ。俺は別でやることがあってな。今日は三人で狩りに行ってもらってる。お目当てのチトセがいなくて残念だったな」

「そうですか。まあ、ダリスさんさえ居てくれれば、私は別に構わないのですけどね。……『うろこの盾』の制作は順調ですか?」


 部屋の温度が少し下がったような気がした。

 空気がピンと張りつめて、ヒリヒリとした空気が肌を刺激する。


 久しぶりに顔を見せたのは、そっちが本命か。

 大々的に店を構えていないとはいえ、この屋敷で売買をしていることを隠してもいない。


 何も悪いことはしていないのだから隠す必要もないハズなのだが、この街で最大の規模を誇るクラン『ホークスブリゲイド』のリーダーであるショウがわざわざ話を振ってきたということは、何か意味があるに違いない。


「おかげ様で、な」

「それはそれは、結構なことです。さて、ものは相談なのですが――」


 ショウは静かに執務室の入り口へ向かうと、扉をしっかりと閉めて戻ってくる。

 万が一にも、誰かに話が聞かれることがないように。


 それほど、重要な話だということだ。

 ダリス達をクランに誘うよりも、何倍も重要な、機密。


「我が『ホークスブリゲイド』と手を組みませんか?」

「手を組む、だと?」



💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰



 これはショウがダリスの屋敷に訪れる数日前のこと。


 ホークスブリゲイドのアジトに、街で武具屋を営んでいる店主たちが雁首を揃えて集まっていた。

 街を代表するクランに窮状を訴えにきたのだ。


「このままじゃ、俺たち全員干上がっちまいます」


 ショウが考えていたよりも早く、問題は表面化してしまっていた。

 彼らが追い詰められていると訴える原因は『うろこの盾』である。


 予想通り、というべきか。

 かの盾が出回るようになって三ヶ月が経ち、金属製の盾がめっきり売れなくなってしまったらしい。


 木製のラウンドシールドばかり毎月数十個ほど売れるものの、銀貨2枚が定価となっているためほとんど稼ぎにならない。

 そのラウンドシールドにしても、売れている理由を考えれば苦々しい限りだと店主たちは歯噛みする。


 すでに店主たちは、うろこの盾のベースがラウンドシールドであることも、そのラウンドシールドをいつも大量に購入していく男のことも知っている。


 もちろんショウも、そのことは知っている。

 うろこの盾が出回るようになった頃から、側近に命じて盾の出元を調べさせていたからだ。


 それがあのダリス=クラノデアだと知ったときは、驚きよりも納得感の方が強かった。チリになって消えるモンスター、その鱗を使って盾を強化しようなんて発想が、この街にいる武具屋から出てくるわけがない。


 ダリスがそういうことを思いつける人間だと思っていたからこそ、ショウは彼をホークスブリゲイドに勧誘するために足繫く屋敷に通っていたのだから。


「元はといえば、奴隷遣いのヤツが『うろこの盾』なんて作りやがるから――」

「それもそうだが、金貨1枚なんてバカみたいに安い値段をつけるからこんなことになったんだ」

「大体よお、武具で商売しようってんなら、俺たちに一言くらい挨拶するのが筋ってもんじゃねぇのかよ」

「全くだぜ。先に相談してくれりゃあ、アドバイスだってできたし、うちの店で取扱ってやることだってできたんだからよ」


 黙って聞いていれば。

 出るわ、出るわ、不平と不満。その中にまぎれて飛び出してくる本音。


 だがもし、ダリスが『うろこの盾』を彼らのもとに持ち込んでいたとしても、保守的で既得権益にうるさい彼らが素直に受け入れただろうか。


 見た目はグロテスク、しかもモンスターの鱗でできた盾だ。

 どうせ「そんな気味の悪いものが売れるはずがない」と鼻で笑っていたことだろう。

 結局のところ、彼らの言い分はうろこの盾が売れたからこそ生まれた不満にすぎない。


 それに『全員干上がっちまいます』などと言っているが、話が大きく盛られていることに気づかないショウではない。


 うろこの盾のせいで金属製の盾が売れなくなり、店の売上に影響が出ていくことは本当だろう。しかし彼らはである。

 取り扱っているものは、当然ながら盾だけではない。むしろ武器や鎧に比べれば売上の比率は低いはずだ。ならば、盾がちょっと売れなくなったくらいで、店が困窮するほどのダメージがあるとは考えづらい。


 つまるところ、彼らはただ怒っているのだ。

 冒険者が断りもなく自分達の領分を犯してきたことに。

 製法を明かさず、さらに直売することで利益を独り占めしていることに。が

 とはいえ、奴隷遣いダリスがやっていることはこの国の法に触れるわけではない。

 相手が武具屋なら、武具を作っている職人たちを囲い込むなり、反撃の方法がいくらでもあるがそれも通用する相手ではない。

 ラウンドシールドをダリスに売らない、という選択肢もあるが、あんなどこにでも売っている木製の盾なんか、隣町にでも仕入れに行かれたらそれまでだ。


 打つ手を見つけることができず、それなら冒険者同士で問題を解決させようと、このホークスブリゲイドまで話を持ち込んできた、というのがここまでの筋書きだろう。


「皆さんが辛い思いをされていることはわかりました」

「おお! それでは」

「この件はホークスブリゲイドのリーダーである、このショウ=ハショルテにお任せください。決して悪いようには致しませんから」


 ショウはとびっきりの営業スマイルで、店主たちの不満を受け止めた。




💰Tips


【商人ギルド】

 都市の商人たちが営業権の防衛などのため、相互扶助を目的に作った組合のこと。

 製品の品質・規格・価格などはギルドによって統制されていた。独占的な権利を有していたため、自由競争は排除され、共存共栄することが可能だった。


 この商人ギルド。本作における平原の街ザンドには存在していないが、武具屋の店主が徒党を組んでダリスを排除しようする動きは、まさに独占的な権利を守ろうとしてのものであり、ギルドの前身のようなものといえる。

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