💰ある男のたくらみ


 平原の街ザンドで一番大きなクラン『ホークスブリゲイド』のリーダー、ショウは側近と並んでクランのアジトにある大広間を歩いていた。


 大広間では新米からベテランまで様々な冒険者が集まり、ダンジョンへ向かう準備をしていた。数は多くないが、血で染めたような赤黒い盾がちらほらと目に飛び込んでくる。


「最近はなんというか……変わったデザインの盾を持っている者が増えましたね」

「ああ。巷で噂になっている『うろこの盾』ですね」


 その名前を聞いて、ショウの頭の中で噂と中身が合致した。

 金属製の盾と同じくらい頑丈で、木製の盾と変わらないくらい軽い、そんな盾があるという噂が流れていることは知っていたが、それがあのグロテスクな盾だとは思わなかった。


 噂はあくまで噂。そんな都合の良いモノが存在するはずがないし、すでに十分な装備を揃えている自分には不要なものと記憶の片隅に押しやっていた。


「そんなに良いモノなのですか?」

「先日、メンバーから現物を見せて貰いましたが、素晴らしいモノでした。軽い、硬い、しかも安い」


 安い、と言われてショウも噂の続きを思い出す。


「金貨1枚、でしたっけ?」


 はい、と頷く側近の隣で、ショウは首を横に振った。


 あまりに安すぎる……。

 品質が噂通りであれば、少なくとも金貨5枚は取るべきだ。


 高品質で低価格の商品が出回ると、市場が破壊されてしまう。

 今は限定品らしいからまだいい。しかし、そんなモノが安定供給されるようになったら、金属製の盾や木製の盾を現在の価格で買う者などいなくなるだろう。


 この『うろこの盾』を売っている者は街の武具屋ではあるまい。

 彼らが自分たちの首を絞めるような真似をするとは思えない。


「この『うろこの盾』とやらが、どこで買えるのか調べておいてくれませんか?」

「かしこまりました」


 大事になる前に手を打たなくてはなるまい。

 街を代表するクランのリーダーはやることが多い。



💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰



「すみませーん!!」


 男はある噂を頼りに、平原の街ザンドの外れにある屋敷を訪れた。


 来客を知らせるために設置されたベルを鳴らし、屋敷の奥に向かって声を張り上げる。


 貴族の邸宅にしか見えない立派な住居。

 本当にこんなところで買えるのだろうか、と半信半疑のまま返事を待つ。


「はい」と扉を開けたのは、可愛いウサギの耳を持った亜人の少年だった。

 この屋敷で働いている奴隷だろうか。貴族は亜人奴隷を好まないと聞くが、この家の主人はそういう体面を気にしないタイプなのか、それとも……。

 いや、いまはそんなことを気にしている場合ではない。

 

「ココに来れば、『うろこの盾』を売っていただけると聞いたのですが……」と、口にしながら男は心の中でかぶりを振る。

 バカバカしい。やはり噂は噂だ。

 こんな立派なお屋敷で武具を売っているハズがない。


「いえ、あの、なんでもありま――」

「お一人様、一つ限りになります」


 思い直して立ち去ろうとしたところで、亜人の少年から思いがけない言葉が飛び出した。


「えっ……!?」

「申し訳ございません。『うろこの盾』は限定品で、数に限りがございますので」


 男の驚きの声を『お一人様、一つ限り』に対するものだと勘違いしたらしく、亜人の少年は恭しく頭を下げる。

 過去に、もっと売ってくれとゴネた客がいたのかもしれない。


「あ、はい。構いません」

「それではお待ちの間に、金貨を1枚ご用意ください」


 そう言って亜人の少年は屋敷の奥へと下がっていった。

 うろこの盾を取りに行ったのだろう。


 男は硬貨を入れた革袋から、事前に用意しておいた金貨を1枚取り出す。

 一応、多めに持ってきておいたのだけど、値段も噂で聞いていたとおりだった。


 うろこの盾は金属製の盾と同じくらい頑丈で、木製の盾と変わらないくらい軽いという。

 巷の武具屋であれば、金貨5枚は下らないだろう。それがたったの金貨1枚で買える、なんて耳を疑うような噂。


 こういった噂は、往々にして尾ひれ背びれがついて話が大きくなっているものだ。

 金額が噂通りならば、話が盛られているのは品質の方に違いあるまい。


 男の憶測は「お待たせしました」という声と共に、亜人の少年が持ってきた『うろこの盾』によってスッパリと否定された。


 一見すると、その辺の武具屋で売っていそうなラウンドシールドだが、その表面は見慣れない色をしている。まるで返り血でも浴びたかのように赤黒く、凹凸があって、まるで生きているかのような生々しさ。


 金属製の盾とは比べ物にならないほど軽く、赤黒くなっている表面は見たことのない硬質な素材で覆われている。


「これが……うろこの盾」


 名前に『うろこ』と付いているのだ。きっとこの赤黒い部分が何かの鱗なのだろう。しかし男には全く見当が付かない。このようなグロテスクな鱗を持つ見たことも聞いたこともない。


 男は「あの」と尋ねる。


「この赤黒いものはなんですか?」


 秘密だと言われるかもしれない。自分なら教えたりはしない。

 それでも聞くだけならタダである。


 ダメ元で投じた問い掛けに、亜人の少年は事もなげに答える。


「モンスターの鱗です」


 男は金貨1枚を亜人の少年に渡すと、うろこの盾を持って山を一つ越えた先にある隣町へと帰っていった。そこで武具屋を営んでいる男は、噂の『うろこの盾』を手に入れて、それを再現することでひと稼ぎしようとたくらんでいた。


 しかし、どうやらそのたくらみは泡となって消えてしまいそうだ。

 モンスターの鱗なんて、仕入れる方法が思い浮かばない。


 そもそもモンスターというものは、倒したら魔光石だけを残してチリになって消えるのではなかったか。


 もしかすると、男は少年に担がれたのかもしれない。

 彼が本当のことを言っている補償など、どこにもないのだから。




〇現時点の収支報告(1ヵ月分)

  資金:金貨29枚と銀貨5枚(295万円)

  収入:金貨11枚と銀貨5枚(115万円) ※魔光石売却益

     金貨40枚(400万円) ※うろこの盾40個分の売却益

  支出:▲金貨1枚と銀貨7枚(17万円) ※1ヵ月の生活費(奴隷3名含む)

     ▲金貨2枚(20万円) ※1ヵ月の消耗品費・雑費

     ▲金貨1枚(10万円) ※1ヵ月の装備補修・買い替え費

     ▲金貨10枚(100万円) ※奴隷購入費の分割払い

     ▲金貨8枚(80万円) ※ラウンドシールド40個分の仕入れ費


 残資金:金貨58枚と銀貨3枚(583万円)


 買掛金:▲金貨80枚(▲800万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)




💰Tips


【ステマ】

 ステルスマーケティングの略である。

 広告であることを明示せず、さも消費者の口コミであるかのように情報を発信することで、より信頼できる情報であると誤認させる手法。

 古くは『ヤラセ』、『サクラ』とも呼ばれていたが、インターネットの普及によってその規模も数も爆発的に増えた結果、社会問題となった。


 アメリカや欧州連合においては早々に法規制がなされ、日本においても2023年3月に景品表示法が禁じる不当表示の類型として新たに指定された。

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