💰堂々巡り


「ノンノンノン。私はを勧誘してるんですよ、ダリスさん」


 イケメンクランリーダーのショウが人差し指を左右に振りながら、一緒に首も横に振っている。いちいちアクションがオーバーなヤツだ。


 だがしかし、ショウの考えていることなど、こっちは全て全部丸っとぐるっと上から下まで前後と左右もコミコミでお見通しだ!


「そうだな。俺をクランに誘えば、オマケで必ずチトセが付いてくるもんな」


 ダリスの二つ名は奴隷遣い。チトセ、ジュハ、ヨミの三人がダリスの奴隷であることは、当然知っているだろう。


 奴隷は主人の持ち物。

 ダリスを獲得すれば三人の奴隷もついてくるし、逆に言えば三人を個別で説得したところでダリスが首を縦に振らなければ誰も勧誘することはできない。


「はあぁぁ。どうして、あなたはそんなに自己評価が低いのですか? 見切り品として売られていた奴隷だけでパーティーを作り、瞬く間にダンジョンの奥地で狩りをするようになった名伯楽。この街の冒険者なら誰だってあなたの名前を知ってますよ」

「名伯楽、ね。いずれにせよ、俺は誰かに飼われる気はねぇよ」


 いつものようにキッパリと断ると、ショウは目を閉じて「それは残念です」と首を横に振った。しつこく勧誘に来るけど、断ればちゃんと引き下がってくれるのが救いだ。諦めてくれたらもっと嬉しいんだけど。


「そっちのクランに入る気はないけど、……誘ってくれてありがとな」


 なんだか断ってばかりで悪い気がして、思わず言ってしまった。

 すぐに後悔することになったけど。


「いえいえ! 私は諦める気はありませんから。いつか必ず、あなたを手に入れてみせますとも」


 ショウの赤橙色の瞳が、燃え上がる炎の色に見えた。

 メンタルがタフすぎる。流石は街一番のクランを率いるリーダーだな、と変なところで感心してしまった。


 しかし隣にいるチトセは、彼の言葉を別の意味に捉えたようで。


「あぁ、そういう関係……」

「そういう関係って、どういう意味だよ」


 彼女が何を考えているのかは、表情が雄弁に語っていた。

 少しだけオブラートに包んで返された「多様性?」という回答を、ダリスは全力で否定する。


「ちがう! アンタも変な言い方すんなよっ」

「ハッハッハッハ! 次はあなたの心を頂きますからね。それでは、また!」


 ヤツもヤツだ。全部わかった上で悪ノリしてくるから始末に負えない。

 笑いながら執務室を出ていくショウの背中に向けて、手元にあったペンを無言で投げつける。


 ペンはショウの鎧にぶつかると、コンと小気味よい音を立てて床に転がった。

 さすがはお高い金属製の鎧、いい音を奏でやがる。


「はあああぁぁぁぁ、疲れた。相変わらず嵐のようなヤツだな」


 まだ昼を過ぎたところだというのに、今日一番のため息がでた。

 デスクと頭部がピタリとくっつく。

 もうダメだ。何もヤル気がでない。


「ねえ、ちょっと出掛けない?」


 顔を横に向け、セーラー服を着た声の主を見上げる。


「夕飯の材料が欲しいんだよね」

 

 良くも悪くもダリスの生活は三ヶ月前とはすっかり変わった。

 チトセから買い物に誘われるくらいには。




 平原の街ザンド、その中央通りには、いくつもの出店が並んでいる。

 客引きの声が飛び交い、肉、魚、野菜、果物など様々な食べ物が並ぶ。

 思わず、ダリスのお腹が鳴き声を上げた。


 お昼はちゃんと食べたのになあ。


「ねえ、ダリス。あっちのお店に行こう。今夜はガッツリしたお肉を食べたい」


 チトセに袖を引かれて、ダリスは身体ごと引きずられるように出店へと向かう。戦闘力Sの力相手に抵抗など無意味の極み。


 異世界とはいえ食べられているものは元の世界と大きく変わらない。

 ここのお店は、有り体に言えば肉屋だ。

 店先には豚(っぽい動物の)肉と、鹿(のように見える動物の)肉が並んでいる。

 周りを見渡せば、鶏(によく似た動物の)肉や、川(を泳いでいそうな)魚など様々な店が目に入る。


 ダリスは銅貨を数枚支払い、豚肉をブロックで購入する。スーパーマーケットとは違って、薄切りにされたパック商品なんかは置いてないので、肉は固まりで買うのが基本だ。


「兄ちゃん、あんた有名人なんだろ? なんだっけ、ほら、あの……そうだ。ドジョウ掬い!」

「誰が『ひょっとこ顔』だ」


 店のオヤジの雑な絡みに、我ながら見事な切り返しができた。

 しかし、隣にいるチトセはきょとんとしている。


 そうかあ。ドジョウ掬いなんてネタ、イマドキの女子高生は知らないか。

 ちょっと前まではテレビのバラエティ番組なんかで見られたんだけどな。


「あれ? ちょっと違ったか。まあいいや。良かったら豚串食って行かねえか?」


 豚串か。店では家庭用の生肉とは別に、食べ歩き用の串焼きも売っている。二本で銅貨1枚。

 ブロック肉と比べると、グラム単価は何倍もする。

 負債を抱えている身としては、あまりこういう贅沢をしたくはないのだけれど……。


 隣からアツい視線を感じる。

 チトセの『豚串食べたいオーラ』が横顔に突き刺さって痛い。


 しかし気持ちはとても良くわかる。

 豚串から脂と香辛料の香りが漂い、食欲をこれでもかと刺激してくるのだ。

 燃費の悪いお腹が、再び鳴き声を上げた。


 ダリスは小さくため息をつき、「二本ください」と銅貨を1枚差し出した。



 広場の噴水を囲む縁石に腰を掛け、チトセと二人で豚串を頬張る。


「ジュハとヨミには内緒だぞ」

「ん」


 目の前の豚串に夢中になっている女子高生。

 高校時代、バイト代で買い食いをしていた頃の自分と姿が重なる。


 ダリスはチトセにも、ほかの二人にもお金を渡したことがない。そもそも奴隷とはそういうものだし、何よりダリスは大きな負債を抱えているから。


 しかし、今のチトセを見ていると心がチクチクと痛む。

 今の彼女は豚串の一本すら自分の裁量で買えない。奴隷にされたことすら彼女には何の非もないのに、だ。


 分割払いが終われば毎月金貨10枚の余裕ができるから、多少は彼らにお金を渡すこともできる。でもそれは十カ月後の話。

 もっと手早く稼ぐ方法があれば……、いやしかしダンジョンで稼ぐのは限界が……。頭の中は堂々巡り。 


「どうかした?」


 声のした方を向くと、あっという間に豚串を平らげたチトセが、こちらの顔を覗き込んでいた。顔が近い。不意打ちに、思わずドキンと心臓が跳ねた。


「いや、別に……」

「もっとお金を稼げたらなあ、って顔してる」

「え!? なんで――」

「よく知ってる顔だから」


 相変わらず不思議なことを言いだす女子高生だ。

 もしかしたら、ダリスの知らない特別なギフトを持っているのかもしれない。 

 考えてみればチートなのはステータスだけとは限らない、同時にチートなギフトも与えられたダブルチート転移ということも考えられる。


「仕方ない。ボクが少し、助けてあげようかな」


 そう言って彼女は、串の持ち手側をダリスの鼻先に突き出した。



💰Tips


【名伯楽】

 優れた能力を持つ人を見抜き、またその人を成長させる能力に長けた人物のこと。

 古代中国の伝説的な馬の目利きである「伯楽」が由来。


 ショウは異世界の人間なのに、なんで古代中国が由来の故事成語を使っているのか。それはである。


 ここで「伯楽」代わりにオリジナルキャラの「ゴンザレス」を代入したとして、「君は名ゴンザレスだね」などと言われてもサッパリ意味がわからない。

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