葉加奈さんちの亜人ライフ
神無月《カミナキツキ》
第一日目「獣人:リリア・カーナント」
───異界───
東京某所の神社にある鳥居が繋がった事により発見された現人類未開拓領域である。
東京の某神社の鳥居が異界と繋がり、早十八年。
今日も今日とて
その境界の監視を目的とするのが俺が所属している
監査なんて言っているがやっている事は言わば境界の監視と
毎日退屈に鳥居の隣に突っ立っては、やって来る亜人達に
これだけだったら楽だったろうが現実は違う。
これは仕事の一環に過ぎない、交代制で変わりが来ればそこからは業務が切り替わる。
そこからの業務がまた大変だ。
亜人と言っても、一括りじゃない。
監査局ないの用語を使わずに、分かりやすいファンタジーな言い方に直すのならば、
獣人、鬼族、
変わり種ならば龍人なんてのだっている。
こんだけの種類が居ると
一つ目は強盗、
二つ目にスリだのの窃盗、
三つ目に・・あまり言いたくないが性暴力なんてもんだってある。
無論一番多いのは強盗だ、
そういう奴等を取り締まる、いわばパトロールだ。
毎回毎回駆り出される俺ら局員の気持ちにもなってほしいものだがな。
──────
「あーやっと終わった」
溜息混じりの言葉を吐いて監査局を出る。
特にやることもない非平凡な日常の帰り道を歩き、家へ向かう。
特段広いわけでもない支給された局員用アパートの一角が俺の部屋だ。
疲れた足取りで門をくぐり抜けようとしたが、ふと端に映る見覚えのないダンボールに足を止めた。少し古ぼけたアパート名が刻まれた塀のすぐ下に、蓋が開いたままのダンボール箱が雑に置かれている。
無視してもよかったが、なんとなく気になり興味本位で中身を覗いてみた。
「───……すぅー……すぅー」
「噓だろ……」
箱の中には穏やかに寝息を立てる幼い少女が入っていた。
よくよく見れば箱の外側には異界語で『面倒を見てあげて下さい』と書かれている。
おそらく意図的にここに捨てられた異界孤児だろう、時々居るのだ。
この娘も捨てられた孤児の一人だろう。
「うーんどうしたものか・・」
ともかくここに放置しておく訳には行かない、来界者を
「えーっと、お嬢ちゃん?」
「すぅー……すぅー……」
「おーい?」
「んぁ?」
二度目の俺の言葉で目を覚ました少女は薄くを目を開けて、俺の方を見た。
凛とたった獣の耳、腰辺りから生えるふんわりとした尻尾。
間違いない、獣人の子供だ。
「おにーさん、だれ?」
「えと、ここに住んでる人だよ、君は……えっと、どうしてここで寝てたのかな?」
なるべく怖がらせずに済むように言葉を選んで少女に話す。
「うーんとね、眠くなって寝てた……」
「ふーん……そぅ、なんだ? えっと……じゃあ、眠くなる前は何処に居たか覚えてる?」
次第に意識がハッキリする少女は目をパチパチと瞬きしてポケーっと俺を見ている。
そして何か思い出したのか口を開いた。
「アデァータどこ行ったの?」
「あ、アデァータ?」
「うん! リリアを
健気に話すリリアという獣人。
なるほど、アデァータというのは
うーんこういうのはどう伝えればいいか分からない。
「えーっと、そのアデァータ? という人は今ちょっと遠くに行っちゃったんだ……だからね、アデァータさんを探す為にも一回お兄さんのお家に来てくれるかな?」
我ながらなんと下手な演技だろうとは思う。
しかも若干不審者染みた言い回しだ、
しかし何とかこっちの意図は伝わったようだ。
リリアという少女は頷いてくれた。
「分かった! おにーさんのお家に行く!」
「あ、ああ! そっか! じゃあ近くだから付いて来て──」
「ん~」
「ん?」
なんだ?
両腕を俺に突き出してのんびりと唸っている。
この体制はまさか……
「抱っこして!」
「やっぱりか……」
そうだ、獣人がなんでこんな知らない人にも懐くのか思い出した。
研修時代に見た資料だとたしか、獣人は子供を集落全体で育てる、獣人の子供は警戒心が薄く、誰にでも付いて行く為、集落ごとに何か共通のシンボルを利用してそれを目印に身内か身内以外の区別とそれに加えた警戒心を養わせるのだ。
この子の見てくれからして恐らくまだその警戒心や諸々を覚え始めるより前の時期だ。
仕方が無い、今は一応俺が保護者代理な訳だし、取り敢えず抱っこしてあげるか。
慎重に腕を回してリリアの身体を抱えたはいいが、これで良いだろうか。
子供とのかかわり経験が少ないせいか、抱っこの仕方が分からん。
「えへへ~おにーさんくすぐったい」
「ん? ああ尻尾か、ごめんごめん」
獣人は尻尾の感覚が敏感だ。
腕の位置をもう少し、お尻の下に回そう。
子供の軽い身体のお陰で手早く抱っこの位置を直して何とか二階の角部屋に着いた。
「ふぅ~到着……」
「おにーさんのお家着いたぁー!!」
「まあ何もないけどようこそ……」
「わぁーい!」
玄関を開けるや否や駆け込みダッシュでリビングに入っていく。
よく考えれば今のリリアの足は裸足だ。
抱っこしたのはちょうどよかったのかもしれない……
「えっへへぇ~ふわふわ~」
リリアはソファーで早速ゴロゴロし始めた。
ソファーの良さを即座に理解させるとは、流石は現世技術のソファー!
微笑ましい景色だが、とはいえあの子は恐らく今日丸一日何も食べてない可能性もある。
「取り敢えず、何か頑張って作りますか……」
料理が下手までは行かんが俺は別に上手いわけでもない。
中学生の頃、
台所で油のジャグジーパーティーが開催されたレベルではある。
「何か余ってる物探しますかねぇ~」
冷蔵庫に入ってる物を漁ってみるが、駄目だ、卵と昨日自炊で使って余った玉葱とピーマンと人参程度しかない……
ふむふむ……特段作れるものが無い……どうするか……
今から買い物に行こうにもリリアが居る、見知らぬ家で一人ぼっちは可哀そうだ。
「あ、そうだ! オムライスならギリギリ行けるか?」
鶏肉は無いが調味料であれば色々あるしチキンライスもどきと卵で行けるはずだ!
まあ、異界であろうが現世であろうが、オムライスを嫌う子供はいないだろう……多分……
「さてと……それじゃリリアちゃん、お兄さんご飯作るから待っててね」
「は~い!」
リリアは元気よく手をあげている。
ひとまず食事を取らせることは出来そうだ。
『そんなんやってられまへんがな!!』
「ん?」
唐突なおっさんのツッコミ、なんだ?
「おー、まへんがな!」
どうやらバラエティー番組をリリアが付けたらしい。
のんびりとバラエティー番組内の芸人の言葉を真似している。
にしてもどうしてテレビの点け方が分かったんだ?
リリアがリモコンを持って、チャンネル変更ボタンを押す。
みるみる色々なチャンネルを飛ばし、最終的にゴールデンタイムの子供アニメのタイミングでボタンを押すのをやめた。
「やっぱり異界も現世も共通なんだな……子供がアニメ好きなのって……」
リリアがキラキラとした眼でアニメに見入っている。
まあ丁度いい今の内にササっと作ってしまおう。
取り出した皿の上に卵を二個割入れて混ぜる。
少し砂糖を加えて混ぜ終わったら、ラップをかけて一度置いておこう。
台所の立てかけ置きに立てていたまな板に野菜を置いてみじん切りに。
そうすれば後は今朝炊いた米をフライパンに乗せて、みじん切りにした野菜と共に炒める。
少しオリーブオイルをかけてケチャップも加えて。
ジュウジュウと耳心地のいい炒める音とトマトの香ばしい香りがリリアに伝わったのかリリアは尻尾を心地よさげに振っていた。
いい感じに炒められたはいいけどチキンが無いからなぁ、代用品で鶏がらスープの素を少しかけるか。
鶏の旨味の変わりには丁度いいだろう。
適度にパラパラになったチキンライスだ、我ながらいつもより少し出来がいい気がする。
「あとは卵だな」
チキンライスをさらに移してゴムベラでフライパンに付いたトマト風味のオイルも全部皿に分ける。
今度は熱したフライパンにバターを敷いて、そこに溶いた卵を流し込む。
手早く混ぜて半熟より少し手前の状態で成型に入る。
ラグビーボール状に表面を固めれば。
「よし! あとは慎重に乗せるだけ……」
チキンライスの上にゆっくりと転がす。
良し、うまく乗った。
「リリアちゃん、できたよ~!」
「ごはん食べる!」
リビングのテーブルにリリア用のオムレツの乗った皿を置く。
さてさて、それではラストの名場面へ移りますか。
「ここで取り出したるは一本のナイフでござい~」
「おお~!」
どうやらリリアは興味津々なご様子だ。
よし! やっていこう。
「こうして卵の玉に切り込み入れて……スー! っと!」
「すー!!」
そうして切り入れた卵は自然ととろーりとした内側の半熟トロトロ卵の姿をみせた。
これでフワトロ卵オムライスの完成だ。
「ふわとろオムライス完成でございます!」
「わぁ~!! とろとろぉ!」
リリアは喜んでスプーンで掬って口に放り込んだ。
一瞬、卵で封をされていたトマトの香りをふわっと感じた。
とても幸せそうな顔をしている。
どうやら、俺の作ったオムライスは成功したようだ。
「おにーさん!! すっごくおいしい!」
「あっはは、それはどうも、喜んでもらえて何よりだよ」
ほっぺに米粒を付けたリリアを撫でる。
取り敢えず美味しそうな顔が見れてよかった。
よし俺も今のうちに食べよう。
「あれ? おにーさんの卵無いの?」
俺の只のチキンライスもどきをみたリリアは、何やら不思議そうな顔をしている。
「んん? ああ、俺はいいんだよ、卵も少ないし丁度リリアちゃんの分は作れたしね」
「そうなんだ……じゃあ~はい!!」
「ん?」
リリアが卵の乗ったオムライス一口分をスプーンに乗せて俺の前に突き出している。
これはまさか……
「リリアがあーんする!」
「えぇ……」
そのまさかだった。
俺が子供にあーんされる日が来るとは……
だが、このまま固まっていては、リリアに悲しい思いをさせるのも間違いはないだろう。
初めてのあーんは未だ出来た事もない彼女とすると決意していたが、まあ、これも運命として受け入れる他あるまい。
「あーん」
プルとろの卵が乗ったスプーンが俺の開いた口に入ってくる。
うーん、確かに美味しい、鶏がらスープの素を入れても肉の旨味としてはほぼ皆無に等しいが、普通に鶏がらスープの素の味が美味い。
俺が大人しくあーんを受け入れてくれたのが嬉しいのか一段と笑顔になったリリアがオムライスを自分の口に運んでいる。
そろそろ俺も食べるとしよう。
「いただきます」
いざ、自分のチキンライスもどきも食べてみるが、結果として味が濃かった。
しかも、わりと水とかお茶とかを頻繫に飲まないときついレベルで濃い。
先程あーんをしてもらって食べたのが美味しかったのは卵がいい感じに濃さをガードしてくれていたからなのかもしれない……卵とはなんと偉大だろうか。
そんなこんなで食事を終えた訳だが、リリアはソファーにゆっくりと座りながら、ぽけーっとした何とも言えない表情をしてテレビを見ている。
先程の子供アニメが終わってその枠でも夜バラエティー番組が始まったからか、リリアは静かに尻尾も落ち着いている。
俺も今の内にやるべき事をやらなければいけない。
直ぐにスマホを取り出した職場に電話を掛けた。
『はい、水沢です』
「あ、もしもし。地域治安課の葉加奈です」
『あー、葉加奈さん! どうかしました?』
「実は、異界孤児を保護しまして」
『異界孤児……ですか?』
「ええ、身体的特徴からして獣亜種の子供だと思われるのですが──」
そこから、今も職場にいる水沢と会話を続けた。
異界孤児や来界者等の書類処理を行う来界事務課の人間が今全員出払っている事。
就業規則の関係で異界孤児に関する書類処理は明日からでなければならないこと。
今保護している子に関しては少なくとも今日の内は俺が保護者監督責任を負う立ち場にあることを聞かされた。
「了解しました……はい、はい、それでは」
通話を終えリリアはに向き直る。
未だテレビを見てるリリアに声を掛けなくては。
「リリアちゃん?」
「ん? なあに?」
コテンと首を傾げる姿はとても絵になる可愛さを秘めているが今はともかく今日は俺の家に泊ってもらう事を伝えなければ。
「今日はお兄さんのお家にお泊まりしてもらわなくちゃいけないんだけど大丈夫かな?」
「お泊まりするの! 楽しみ!!」
リリアが理解ある子供で助かった相変わらず変に不審者の様な言い回しになる自分の癖を悔やむが、まあ、リリア自体はとても楽しそうなので結果オーライと言えよう。
時計を見れば時刻は九時を回っていた。
そろそろ良い子は寝る時間と言われる時間帯だ。
そう言えば外に元々リリアが入っていたダンボールがそのままだ、急いで拾ってこよう。
リリアに少しだけ待っててほしい事を伝えて急いで回収を試みるべく外へ出た。
よし、まだ定位置にある。急いで取ろう。
即座に回収して部屋に戻った、心配したが、リリアは特に変わらずバラエティーを見続けていたので心配は杞憂だったようだ。
そうだ、リリアの情報を色々監査局に提出する為にも名前以外に彼女自身の写真も撮らなければ。
「リリアちゃんこっちむいて~?」
「はぁーい!」
「はい笑顔~!」
「にぃー!」
満面の笑みを浮かべるリリアの写真を数枚撮った。
これがあれば書類審査も通るだろう。
書類審査とは、
この工程を経由することで
書類は顔写真の入った履歴書の様なものと、何処でその子を発見したかを記した地図、そして現状のその子の健康状態を書いたカルテの様な物。
その三種類の書類を来界事務課の課長、
生憎、俺は課長が苦手だ。
あんな、事あるごとにケチ付けてくる人間……好きになる奴の方が少ないだろう、然し不思議だ。何故あの男は結婚指輪をはめているのだろうか。
よく、学生時代の不思議の一つにある、『怖がられたり嫌われている教師が実は結婚していた』なんてものと似たものを感じる。
ともかく、明日にはいかないとな……あーあ、今から既に胃が痛くなってきた。
「おにいさん、具合悪い?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
まさか、こんな幼い子供に仕事場の人間関係の愚痴を吐くほど俺だって腐れた人間じゃない。
今は兎に角笑顔で安心させねば!
「少し眠くてね~」
「じゃあリリアと一緒に寝よ!!」
おっと~? そう来るか幼き少女リリアよ。
少し厄介だな、別にロリコン野郎なわけではないから欲情するなんてことは万に一つ、いや億にも兆にも有り得ないが、普通に一般常識として知り合ってすぐの一般男性と幼女が一緒に寝るという姿は色々と絵面が良くない……
というか、そもそも赤の他人の家に幼女を上げること自体が色々問題なわけで。
「うーん、それは──ちょっと……」
「どうして? おにいさんリリアのこと嫌い?」
「いや、そんなことはないんだけど……」
どうしよう、取り敢えず布団が小さい事を言い訳にするか……
「ほら! うちの布団小さいから二人で入ったら狭いかも……」
「それでも良いよ! リリアはおにいさんと寝たい!」
ふむ駄目だった。
案の定というかなんというか、子供は思いの外意固地なのだ。
当然こうなる事は予想できたはずだろう
自分自身にそう問い直す訳だが、結局案は浮かばない。
──こうなると方法は只一つ、ゴリ押し&力技しかない。
思い立つと同時に俺は布団を敷いてリリアを布団の上にのせる。
そのまま優しく布団を被せれば後は丁寧に寝かしつけるだけ。
「ねーむれーねーむれー」
「リリアまだ、眠くないもん!」
音痴すぎると自分でも情けなくなるような音程の子守唄を歌いながら布団で横になるリリアにトントンと手を乗せる。
強がってはいるが、既に瞼が下がり始めている。
リリアは先程まで(ダンボールの中でではあるが)寝ていたが故に少し心配だったが安心して寝かしつけられそうだ。
「ねーむれーねーむれー──」
「リリア…眠く……ない……すぅーすぅー」
強がって抗っていた瞼がゆっくりと目を覆って、静かな寝息と共にゆっくりと布団が上下し始めた。
「よし、おやすみなさいリリア」
寝息をたてる少女の頭を撫でて俺もクローゼットから毛布を取り出した。
取り敢えずソファーで寝るとしよう。
そうして俺はソファーに横になった、調子に乗って買った三人用の大きなソファーだったがここに来て役立つとは思わなかった。
「おやすみなさい俺」
自分に挨拶を告げ、電気を消した。
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