第3話

眩い光が収まったのを感じて目を開けると

青い太陽に赤い空、辺り一面緑の海だった。


「な、なんだここ。浜辺?けど海が緑だと…というか色がすごいなここは」


透き通るようなエメラルドグリーン。

さざなみで煌めく海面が反射して眩しくて異世界に来たことを如実に表していた。


あたりを見回すと。

後ろにはまるで深淵に誘うかのような深い緑の一度入ってしまえばもう出れないような森林。


ただ暁人の目は後ろの森林には止まらなかった。

彼の目に止まったのはその手前の大きな岩の生えたうさ耳。

うさ耳の生えた岩というか、どちらにせよなんともアンバランスな組み合わせで目をはなせずにいた。


「なんだあれ、うさ耳と岩?」


声に反応したのか

うさ耳がピコピコと動いては止まり動いては止まり。

しばらく動いた後にうさ耳は暁人の方向で固まった。

次の瞬間

大きな岩の後ろからうさ耳がついた何かが飛び出してきた。

自分の死角に回り込むように暁人の周りをくるくると跳び回る何か。

(早すぎて目で追えない…)

目の端で捉えたと思いそちらに向くともういない。

何度目かのうち。


「お前なにものピコ。匂いからしてニーゲか?」


左耳の至近距離から声がした。吐息がかかってこそばゆい。

声の方に向くとそこには。

うさ耳をピコピコと忙しくなく動かす。緑髪で綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持つ美少女がいた。


(うさ耳少女!?にしても原始的な服装で目のやり場に困るな。というかここは異世界なのか…異世界に来て初めてする事と言えば、情報収集だ)

訝しげに自分を見る視線で思考の海から顔を出す。


「ニーゲ?にんげん?分かんないよ。僕は暁人。よろしく。君は?」

相手の言葉を噛み締めながらおそるおそる問いかける。


(ニーゲは多分人間かな?というかうさ耳美少女キタコレ。まじで異世界だ。言葉が通じるのが幸いだ。)


「アキト?私はピコクル族の族長の娘リーナ!ピコ」


「リーナ…あのさここってどこかな?」

とりあえず地理関連の情報収集からだ。


「ここ?ここはシーナ国のアルト海ピコ!

アキトは堕とし子ピコ?」


アルト海?シーナ国?堕とし子?まったく分からん。

ただ堕とし子は異世界堕としをさせられた人の呼び方かもしれない。この子が知ってるという事はもしかして先人がいる?速攻で帰れるかもしれない!日本に!


「多分そう。異世界堕としにあったんだ僕は。堕とし子って?」

はやる気持ちを落ち着かせて探るように問う。


「異世界堕とし?堕とし子は村に古くから伝わる伝説に登場する勇者の最初の呼び名ピコ!

厄災の前触れとして黒髪の少年現れるピコ!」


厄災?勇者?

情報量が多いな。

異世界堕とし=堕とし子は早計かもしれないな。


「その伝説の勇者はいまどこに?」


伝説に唄われるくらいだから遥か昔の過去の事だろう。ただ、降って沸いた一筋の光を離すまいと。

少しばかりの生きている可能性に賭けてみる。


「勇者様は天に帰られたピコ。

いつかまた堕とし子として帰ってくるってご先祖様に告げたピコ。

ピコクル族は勇者様の帰る場所を守るためにずっとこの地を守ってきたピコ!」


まるで褒めて褒めてと言わんばかりに胸を張って答えるリーナ。

ドヤ顔が少し鼻につく。

(なるほど。勇者はまた堕とし子として帰ってくるか…ふぅそう簡単に帰れる訳がないよな…)


「「ぐぅ~」」

同時に鳴き出す腹の虫に2人は目を合わせる。


「暁人!村に来るピコ!勇者様と同じ黒髪のニーゲは歓迎するピコ!」


「ありがとう。お言葉に甘えるよ」


(村に行ってこの世界の事を聞き出さなきゃ。

にしてもなんでこんなに僕は冷静でいられるんだろう。あの時の琴香はまるで別人だった。琴香。今どこにいるんだよ。)


変わり果てた彼女、突き落とした転校生、突然の異世界。常人なら目まぐるしく変わる現状でキャパシティを超えて冷静でいられるはずがないのに暁人は冷静だった。


(まっよく異世界ものは見てたからな。あぁそういうえば今度アニメ化されるあれどうなったんだろう。)

お気楽にお気に入りの作品の行方を気になる程に。


「ご馳走♪宴♪ご飯♪ご飯♪」


鼻歌交じりにスキップするうさ耳少女と

いつの間にか後ろにいる黒装束の男。


(誰だあいつは!?いつからそこに!?)

「リーナ!後ろ!!」


「三星求心」


男が何かを呟くと男の身体から漆黒のオーラが湧き上がる。

肌がひりつく。本能が逃げろと警鐘を鳴らす。

首元に刃を押し付けられている感覚に眩暈がする。

これまで存在感を一切感じなかった男からの圧倒的なプレッシャーを受けて暁人は意識を失いかける。


「…せい…きゅ…んピコ」


途切れ途切れに聞こえたリーナの呟き。

最後に暁人が見たのは

天高く昇る翡翠の羽色のような鮮やかな緑色のリーナのオーラだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る