彼女寝取られて異世界に飛ばされたけど強く生きたいと思います
ユッケじゃ〜ん
第1話
「異世界人が強いとか漫画の読みすぎ。
剣と魔法の世界で貴方は滅びの王国を救う勇者でーす!ってそんな訳ないでしょ。
君は底辺中の底辺よ。
これから先どれ程の苦痛や苦難に襲われるんでしょうね。あなたはもう戻れないわ。
自ら命を絶とうとしても死ねない。
たった一つの制約を果たさない限りは君の魂は縛られたまま。
絶望の淵でせいぜい後悔するのね。
あなたは前の世界じゃ…えーっとリア充?だったんでしょ
ふふふ…楽しみだわ。
これほどの幸福度に満たされながらちょっとした嫉妬からなる痴情のもつれで異世界堕ちなんて…
可哀想に…
まぁ私が仕組んだ事なんだけどね!!」
純度100%の悪意からなる嘲笑を聞きながら僕の意識は深い闇に落ちていった。
---
「あーぁ異世界転生してぇな~」
誰に言ったでも無く心の中で反芻する内に、つい出てしまった独り言だ。
朝に異世界のよくあるハーレム勇者物語を見た影響だろう。
異世界に召喚されたイケメンが、悪い魔王を倒して、滅亡の危機に瀕した王国を救い、姫と結婚して側室をたーくさん迎えるよくあるやつだ。
ただ、タイミングが悪かった。気づいた時にはもう遅い。ここが自室で周りには誰もいない。そんなに世界は甘くないのだ。
喫茶店の隅の方で恋愛相談をしている事を忘れていた。
「はぁ~…おい彼女に振られそうだからってそこまで現実逃避すんなよな、しっかりしろよ!暁人!!!」
ため息混じりの親友からの叱責に直視していなかった現実に向き合う決意を固める…なんて事簡単に出来るハズがないのだ。なぜなら
「冗談だって!そんな目で見るなよ隆弘!けど幼馴染のお前なら分かってくれるだろぅ…」
今にも泣きそうな涙目になりながら親友の顔を覗き込む。
「泣くなよ、まぁ気持ちは分かるよ。毎日あんだけイチャイチャしてたのに」
(ところ構わずイチャイチャしてて、絵に描いたようなバカップルだったけどな。こんなクソ暑い中暑苦しいちゃないぜ)
「そうだよ!
三年半だぜ!?三年半!!
大人の恋愛なら長くないかもしれないよ?そりゃ!
けど14歳から付き合って、
青春をほとんど一緒に過ごした彼女が、一緒にアオハルにライドしてた彼女が
三日前に転校してきたやつに一目惚れしたから別れてくれって言われて現実逃避しないやつなんかいないよ!うぅぅ」
決壊したダムのように溢れ出す涙を拭きながら気持ちを吐き出す。
「確かに、いきなり別れてくれはおかしいよな。
琴香ちゃんどうしちゃったんだよ」
確かに転校生は切長の目に、凛々しい眉毛、筋の通った綺麗な鼻に、すらっした高身長、焦茶色の髪に白い肌。アイドルグループにいそうなイケメンだ。
ただ、転校する時期が少し変な気もするし
(そういうのって夏休み終わった後じゃね?そういもん?あと、あの転校生なんか気になるんだよな)
転校生が纏う雰囲気がまるで作り物の様な感じがするのも隆弘が不思議に思う原因だ。
「分かんないよ。電話とSNSはブロックされちゃったし、学校は昨日から夏休みだろ?だから家まで訪ねたら居留守されて庭で座ってたらお父さんに追い返されたし」
「え?」
「ファミレスのバイト先に行って開店から閉店までいたら不審者扱いだし!」
「え、え?」
「休日に家の前で待ち伏せしてて出先で何度も声かけても無視されるし、美容院と歯医者までついてったのにさ!しまいには警察呼ばれるし」
「お、お前」
「第一に俺別れる事にOKなんてしてないもん!」
「そ、そこまで拒絶されてるのか。いやなんとういうかもう諦めるしかないんじゃないか」
(転校生が来なくても近いうちに別れてた気がするなこれは)
立場が違えばストーカー並の親友のたった数日の行動力にドン引きし、投げやりな回答をしてしまう。
「嫌だよ~こんなに好きなのに。くっそあんな転校生さえこなければ、こんな思いせずにすんだのに」
「おい、噂をすればなんとやらだぞ、あれ琴香ちゃんと転校生だろ」
「え?どこ!!!!?」
「ほら道路の向こう側、青い家の前らへん」
窓の外から見える景色に目を向ける。
道路の向こう側に、笑顔で他の男の横を歩く琴香の姿を見て焦燥にかられる。
「本当だ、くっそ彼氏がいるのに他の男と夏休みデートだと!!行くぞワトソン君!追跡だ!」
誰がワトソンだと安いツッコミをしようとしたらもう親友は店を出ている所だった
「おい待てよ!ってお会計してないぞ馬鹿!くそっ」
急いで伝票を持ちレジに向かうが、
レジには何やら慣れない手つきの店員さんと待ちぼうけを食らっているサラリーマン2人とその前にクレームをつけているクレーマーご夫妻
なんとか会計を終えて店を出ると親友達の姿はどこにもなかった。
もし人生にやり直しが効くなら、
店を出る親友をなんとしても止めるか
レジに割り込んで会計を終えていただろう。
隆弘はこの行動を生涯に渡って後悔し、何度も夢に見て人生を終えたという。
「くそ早く信号変われよ、2人を見失なうぞ」
隆弘が何やら叫んでいたが、2人の姿を見つけてからそれ以外の事が考えられなくなってしまった。
駆け出して手を伸ばせば届きそうな距離なのに声をかける事も、あまつさえ近づく事も出来ない。
なんとか追いついたのは良かったが長年連れ添った恋人のような甘酸っぱい2人の雰囲気に否応なく自分と彼女との心の距離を実感する。
最愛の人と数日前に来た転校生。
そんな歪な関係に苛立ちを隠さないでいた。
(なんだ琴香その笑顔は俺に向けるハズだろその顔は!!
転校生も転校生だ!
そいつは俺の彼女だぞ!
そんなイケメンスマイルを向けるな
微笑むな、車道側を歩くな、さりげなく手を繋ぐな、ドアを開けてやるな、椅子をひいてやるな。
2人ともそんなに楽しそうに食事をするな。
何でお前がぁぁあ俺の彼女をエスコートしているんだ。
たった数日で俺の場所を
大切な彼女を奪いやがって許さない…絶対に許さない)
いつの間にか口に広がる鉄の味がこれからの3人の運命を表している様だった。
尾行を始めて2時間が経とうとしていた。
ここは小高い丘の上。
遠くに雪化粧はしていないがぼんやりと日本一高い山が見え、街全体を見下ろせる、よくある恋人たちの人気スポットだ。
転校生と琴香は
丘の上で柵に寄りかかりながら街並みを眺めている。
2人とも笑顔を絶やさずにニコニコと。
絵に描いた様な美男美女。
絵画の世界から飛び出してきた様な雰囲気に呑まれてしまう。
不覚にもお似合いだなと思った暁人は思考を変えるために独りで呟く。
「転校生のやつめここが俺たちの想い出の場所だって知ってるのか」
そう、ここは2人が初めて出会った場所であり、愛が始まった場所でもあるのだ。
そして愛の終着点にも。
13歳の雨の日。
赤点を取ってしまった暁人は家に帰れずに丘の上のベンチで途方に暮れていた。
この場所は暁人のお気に入りの場所であり、何か悩み事や嫌な事、むしろ楽しい事でも何でも何かにこぎつけてこの丘の上に来ていたのだ。
ここにくると嫌なことは忘れられるし、楽しい事はもっと楽しくなる。そんな気がした。
それがこの丘の上。
その日だけいつもと違ったのは隣のベンチに美少女がいる事だ。
美しい黒髪のまさに大和撫子だ。
彼女は春吉琴香と言うらしい。
彼女は泣いていた。
雨に濡れたと言っていたが、目が赤かったから。
そうだと思った。
(そういえば後から聞いても雨に濡れたって言ってたっけな。)
運命の人がいるならばそれは今目の前にいる君だと答えるくらい一目惚れだった。
雨に濡れ、涙に濡れ、曇天の空をみる君の横顔が、薄明光線のように美しかった。
そこから丘の上に足繁く通った。
他愛もない話を何度もした。いつも彼女は丘の上にいて、遠くを見ていた。
鳥籠の中の鳥が窓の外から空に想いを馳せるように。ただ見ていた。
そんな彼女の目線を独り占めしたくて何度も気を引いたけど、やっぱり最後は遠くを見ていた。
ただ僕を見て欲しかった。
その目線を独り占めしたかった。
初めて生まれた独占欲に身を焦がしながらアプローチを続けること一年。
ある春の日。
告白した。
その日は暁人は転げ回った。文字通り転げ回った。
嬉しさを表現するにはそれしかないと思ったから。
泥まみれになる暁人を琴香はただ見ていた。
とびきりの泣き笑いを添えて。
琴香と恋人になってから彼女はよく笑うようになった。
色々な思い出を作り、色んな所に行った。
思い出も秘密も共有した。本当に幸せだった。
ただ雨の日の涙の理由は教えてくれなかった。
最初の方は気になったが時間が経つにつれて忘れていった。
そんな想い出の場所。それがこの丘の上。
暁人と琴香の間ではここは聖地になっていて、毎月記念日にはここで夕陽を見るのが定番になっていた。
「私は暁人に出会えて幸せだよ。
暁人は優しくて面白くて、
強がりだけど本当は人一倍脆くて、
けどそれを隠そうと強がりばっか言って
そんな所が可愛くて、
いつも私を暖かい目で見てくれて、
愛してくれてありがとう!
これからもよろしくね。
大好きだよ。
この夕焼け空の様にどこまでも赤くラブラブでいようね。なんちゃって暁人の病気がうつっちゃった…ふふふ幸せだな」
あぁ、これは三年記念日の記憶だ。
彼女のほっぺったが赤くて、それをイジったら「夕陽のせいだよ」なんて言ってたっけな。
いつも天気のせいにする人だった。
天気の琴香。略して天気のコ…
あぁ戻りたいな幸せだったな。
頬を伝わる熱い感情に身を焦がしながら物思いにふけていた次の瞬間。
身体が自然と動いていた。
背中を伝わる冷たい汗に気持ち悪さを感じながら、
重なったシルエットを二つにするために、ただそれだけのために力の限り押した。
一つの影はまるでこうある事を望んだかの様に丘の下へ落ちていった。どこまでもどこまでも落ちていった。
もう一つの影はただそこに佇んでいた。
二つの目にはまるで生気がなく、数日ぶりに目を合わせたそれは、彼女だったものに思えた。
まるで外側だけを包み込んだようなものに思えた。
あたりはすっかり赤く煌びやかな茜色の空だった。
まるで2人の愛を祝福していたかの様に
まるで1人の男の憎悪を嘲笑うかの様に
空はただただ赤かった。
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