第3話【Side】

「ようやく……、ようやくだ。邪魔だった子が我が家からいなくなったのは」


 デズムは結納金の金貨を何度も数え見せびらかしながら、家族だんらんを楽しんでいた。

 妻のミアは大きくため息を吐きながら、ソフィーナのことについて文句を言う。


「そもそもですねぇ、デズム様がよりにもよって民間人などと不貞を働かせたからいけないのですよ!」

「おい、ヴィーネがいる前で……」

「良いのです! この子には不倫行為などあってはならないものだと教える良い機会ですから」


「ブルクシアお兄様もこのことは知っているのですよね?」

「もちろん知っているわよ。まぁあの子はどういうわけかソフィーナに対してなんの恨みもなかったようだけれど……」


 モンブラー家をいずれ継ぐことになるブルクシア=モンブラーは、王都学園の寮に入っているため、今ここにいない。

 魔法学科を首席で入学し、学園生活を満喫中であった。


「ブルクシアは魔法にしか興味がないほどの天才児だったからな。いずれこの家を継ぐことになるから私も安心して引退できる」

「話を逸らさないでくださいね。まさか、今も陰で不貞を働かせているのでは?」

「なぜそう思う?」

「デズム様は王都の警備総括を任されているのですから、権限を使ってどんなことであっても揉み消せるでしょう。それくらいは知っています」

「安心しなさい。たとえソフィーナが身体の傷のことや小屋で監禁させていたことをバラしたとしても、揉み消せる」


 デズムは都合の悪い尋問を受け、すぐに別の話題に変えた。

 しかし、デズムは今もどこかの誰かと不倫をしているのだとミアは確信した。

 ミアはイライラしながらワインを口にする。


「あんな子、そもそもどうして家で育てなきゃならなかったのか不思議で仕方がないわ」

「出産の際に死んでしまったからな。引き取り手が我が家しかないと言ったであろう」

「さっさと死んでしまえば良かったのよ。エサもほとんど与えないようにして餓死させようと思っていたのに、しぶとく生き延びて……」

「だが、生き延びてくれたおかげで大金が手に入った」


 デズムはミルフィーヌ男爵家に対し、縁談の条件として結納金を通常の三倍にするよう請求していた。

 表向きには子爵令嬢を貰おうとしているわけだから、この程度の請求は容易だったのだ。


「そのお金、私が全ていただくことにしますわ」

「なんだと!?」

「慰謝料としてですわ。私がこれまでソフィーナという汚らわしい存在のせいでどれだけ苦しい思いをしたかわかっておいでで? 次また別の女と子供を作ってしまったときは、今度は離婚ですわよ?」

「あぁ……。心得ておく」


 ヴィーネは両親のやりとりを聞きながら、不倫行為には気をつけなければ、バレないように行動しなければと、心の中で強く誓うのだった。

 デズムが選んできた婚約相手に対し、ヴィーネは全くといっていいほど興味を持っていない。

 来年迎える学園生活で、よりカッコいい男と楽しもうとワクワクしているのだった。


「私はそろそろ寝ますね」

「あぁ、明日からは面倒ごとをしなくて良いからな」

「あんなゴミへのエサやりはこりごりですからね」


 ヴィーネはニヤリと笑いながら食堂から退室した。

 いっぽう、慰謝料として金貨を巻き上げたミアは、大金を手にしながらふと思う。


「ミルフィーヌ男爵家にこれだけの金貨があったなんて驚きですわね……。いくら婚約とはいえ、次男の子に対してここまでお金をつぎ込めるなんて」

「いや、すでに借金まみれだろう。あの家の当主は王都学園の教員として働いているが、とてもじゃないが簡単に出せる金額ではない」

「じゃあどうしてソフィーナなんかに……。あんなゴミにそれほどまでの価値があるとでも?」


 デズムがニヤリと笑いながら、ミルフィーヌ男爵を騙すことに成功したことを誇りに思っていた。


「男爵にこう言ったのだよ。ソフィーナには信じられないほどの魔力があり、将来の有望株だと」

「まぁっ! 嘘ばっかり言っちゃって」

「だが、私の子だということもあり男爵はすぐに信じてしまってな。『あれだけの有望株なのになぜか縁談の話がなくてなぁ、誰かもらってくれないかな』と言ったのだ」

「それで、無理をして借金してまで縁談なんかを」


「そうだろうな。幸いあのレオルドとかいう無能そうなガキも未だに婚約者はいなかった。騙すのなんて簡単なことだ」

「まぁっ……。本当のところは、五歳のころにソフィーナの魔力測定したとき、ほとんど反応がなかったのでしょう?」


「あぁそうだ。私の子でもありながら情けないほどの数字だった。あれ以来不要なお荷物だと思うようになり、小屋で生活させることにしたのだ」

「ふふ、何日かしたら、ソフィーナが全く魔法の才能がないことをレオルドも知るのでしょうね。大丈夫なの?」

「問題ない。縁談の条件に魔力の高さを求められていなかった。あくまで向こう側の者たちが勝手にソフィーナを選んだにすぎない」


 デズムとミアは邪魔者がいなくなり大喜びだった。

 だが、二人は知らなかったのだ。


 五歳のころに魔力測定をした直前、ソフィーナは無意識で魔力切れ寸前の状態になってしまっていたことを。

 ソフィーナは四歳から毎日欠かさず魔法の訓練を行なっていた。

 これはほとんどの人間がやらない行為である。

 今のソフィーナがどのような存在なのかを誰も知らない。

 それは国にとってどれほど貴重な存在なことか。

 デズムたちの手元に残った結納金など、本来の数百分の一にしかならない。

 ソフィーナをわずかな金で渡してしまったことを後悔するのはまだ先の話。


 いっぽうで、ソフィーナと婚約したレオルドもまた、どうして急に縁談の話が進んでいたのか聞かされていなかった。

 ただ両親が決めた相手だから従うだけである。

 しかしレオルドはむしろ出逢ったソフィーナのことを、謙虚で可愛らしい部分に対し、すでに魔力ではなく別の視点から興味を持っていたのである。

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