第3話
「クソが!!」
俺は吐き捨てるように叫び、走り続けた。一体なんなんだ。この森に用があって少し探索しただけで、ありえない強さの魔獣が大量に襲ってきた。そして、今は全身がクリスタルでできているクマ、聖骸熊から逃げている最中だ。
途中でなぜこんなところにいるかわからないようなガキがいたから、申し訳ないが囮にさせてもらった。普通の人間なら聖骸熊にはほぼ勝てない。それは俺も例外ではない。だが、ガキが時間を稼げるのはせいぜい1、2秒時間を稼ぐので席の山だろう。なぜならそのガキは4、5歳くらいだった。髪の長い銀髪で、可愛らしい容姿。きっと女だ。
そして、その女を囮にするために投げ捨てた途端、凄まじい音が聞こえた。きっとその女が殺されたに違いない。
ただ、もしそうだとすれば、1秒しか時間を稼げていないことになる。そんなのでは不十分だ。このままでは追いつかれて死んでしまう。
「なぁ、お前は何から逃げてるんだ?」
「聖骸熊だよ!!あいつ硬すぎるんだ!!倒せる気がしねぇ!!」
「そうか聖骸熊から逃げてるのか!!なら安心していいぞ、俺があいつを倒したから!!」
瞬間、俺は走りながらも違和感に気がついた。俺は一体何と会話しているんだ?あたりにはチビ女しか人はいなかったはず。そして、そのチビ女も俺が投げ捨てたことにより死んだはずだ。だったらこの声の主は誰だ?
「あ、やっと気づいたのか!?」
横を見ると、嬉しそうに目を見開く投げ捨てたはずの幼女の姿があった。俺はそれを理解するのにしばらく時間を有した。それも走りながら。
「ななななななんで生きてんだよ!?聖骸熊に殺されたんじゃねぇのかよ!?」
「だから俺が殺したって言ってんだろ!!」
「信じられっか!!」
きっとこいつは異能を使ってここまでワープしてきたに違いない。異能は個人差はあるが、このガキくらいの年齢に発現するからな。だが、こいつが本当に異能で逃げてきたのだとしたら、聖骸熊はまだ生きている。つまりピンチである。
「とりあえずお前はもう一度囮になってくれ!!俺はまだ死にたくないんだ!!」
そう言って俺はその幼女を囮にするために、再び持ち上げようとした。
――――――――――――――――――――――――
その黒ローブの男が再び手を伸ばそうとし、俺を掴もうとしてきたその刹那、俺は男の鼻に右ストレートをぶちかましてやった。
「うぐぁぁぁぁぁあ!?」
あまりの痛さに走るのをやめ。うずくまる男。今の手応えからして、きっと鼻の骨が折れただろう。地面には鼻血でできた赤い水たまりがある。
「ふん!俺を囮にするのが悪いんだ!」
「バ、バカが……!!こんなこと……してる場合じゃねぇ……!!すぐにあいつ(聖骸熊)が!!」
そう言ってすぐに逃げようとする男に一言。
「だから俺が殺したって言ってんだろ!!」
あまりにもこいつが話を理解しないので、うずくまっているこいつの鼻にもう一発、今度は蹴りを入れてやった。話を理解する能力のない人間と話すのは実に疲れる。
「がああああ!?」
メキメキとした感覚が足から脊髄まで伝わってきた。想像以上にクリーンヒットしている。
痛みがひどいのか、こいつは悶絶するだけで話そうとしない。俺としてはまだ殴りたかったが、このままでは埒が開かないだろう。仕方がないから治癒してやろう。
俺は男の体に触れ、異能を使用した。もしも男の傷が治ったらと念じながら。
すると、男の顔にできた腫れはみるみるうちに引いていき、最終的には傷跡一つ残らず元の肌に戻った。
「うぐぐぐぐ…い、いてぇよ……いててて、…て?」
男は悶絶をやめた。突如として痛みが消えたことに困惑しているようだ。
「あれ……痛くない?」
「そりゃそうだ。俺が直してやったんだ。痛いはずがねぇだろ」
「!!」
痛みが消えた男は瞬時に俺を見る。その目には様々な感情が浮かんでいた。まず絶望。そして疑問。最後に怒り。
「せ、聖骸熊はどうなったんd」
「また殴られたいのか?」
「そうか……お前が倒したのか」
そこで男はようやく理解した。俺があの大きくて硬いクマさんを倒したということを。
「ん?……まて、お前が倒したのか?」
「だからそう言ってんだろ」
またもや俺にそんなことを聞いてくる男。流石にそろそろしつこい。何が聞きたいんだ?
「いや……お前まだガキだろ。どうやって倒したんだよ」
あぁなるほど。そういうことか。俺は自信を最強だと理解しているが、側から見たらただのガキ。俺が強いわけがない。なんなら異能や魔術を覚醒していない可能性も高いわけだ。そんな俺が聖骸熊を倒したなんて、普通なら信じることは不可能だ。
それに、俺が強い理由を説明したところで信じてもらえないだろう。そもそもとして、転生することが知られていないこの世の中で見ず知らずの男に事情を話すわけには行かないのだ。
そう考えた俺は、誤魔化すことにした。
「あー、その、なんだろう……秘密」
「は?意味わからん」
「てへッ⭐︎」
「てへじゃねえよ!!」
そっと拳を振り上げると、男はおとなしくなった。原理は理解していないが、男よりも俺の方が強いことを本能的に理解しているのだろう。
「うむ。懸命な判断だ。俺だったらそんなふうにしないで立ち向かうけどな!!」
「いや……なんかお前強いじゃん?ガキのくせに………ほんと意味がわからん。俺だって弱くないはずなのにガキに負けるなんて……」
頭を抑え、ショックを受けていることを隠さずにがっくしと肩を落とす男。まぁ気持ちはわかる。俺だって年下だのガキンチョに負けたら萎える。
「まぁいいじゃねぇか。助かったんだし。そんなことよりも俺はお前がここに来た理由の方が気になるぞ」
「別に大した理由じゃねぇよ……ただ腕試しをしてみようと思ったんだ」
確かにこの森は低ランクから高ランクの魔獣が多発する。それ故に自身の実力を図るいい場所になる。が、弱い魔獣も多いがその分強い魔獣も多いのだ。さっきの聖骸熊のように。
そんな時、目の前の男は俺の顔をじっと見つめ、ギョッとした顔になった。なんなんだ一体。
「ちょっと待て。お前さっき自分のことを俺って言ったか?」
質問の意味がわからず、俺は聞き返してしまう。
「ん?俺は俺だが?」
何を言っているんだこいつは。俺は俺に決まっているだろう。
「え……お前男なの?」
「え?男だけど?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をこの黒ローブの男はしていた。
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