5-6◆須藤 優亜の願い

 良平はスマホをポケットに入れると、あたしを見つめる。

「確かに、狭いよなぁ」

「うん……ちょっと、興味本位で聞くけど、その事故ってどういう事故なの?」


「えーっと……、両親が夜、車に乗って出かけた帰りに、横断歩道で若い女の人いたんだよ。で、助手席に乗ってた母親と、轢かれた女の人が亡くなった」

「結構キツイね。それとユウタがどう関係してるんだろ……」


 良平は空を仰ぎ見る。

「うーん、確か飲酒運転だったとか、女の人が自殺目的で飛び出してきたとか、色々な話が出てたから……。録音からすると、ドライバーが不利になる証言をしたってことじゃない? 目撃者ってやつ?」

 良平もそこまで詳しくはないらしい。ネット検索してみた方が早そうだ。


「ふーん。その事故っていつ? あと同中のヤツって何て名前?」

「五年前だよ。あー、名字は……あ、相澤あいざわ! 相澤だ」

「その相澤…はさ、今どうしてるの?」


「さあ、どうしてんだろ……元気にしてると良いけど」

 良平は足元に目線を落とすと、ふっと溜息ためいきをつく。その瞳は、本当に悲しそうな表情に見えた。


「名前忘れてるのに、やけに心配するね」

「違うよ。いつもカエって呼んでたから。すぐに名字が出なかっただけ。小学校から一緒でさ。中学入ってからは、あんまししゃべらなくなったけど……。父親の事故の事で色々噂立てられて、最後の方はほとんど学校来なくなったから、元気にしてればいいなと思って」


「そっか……何となくわかった。その……相澤くんを学校来なくさせた奴らが、まともなやつらだったってことか」

 あたしも、面白おかしく噂を広めてしまいそうな側だ。あたしは良平が考えるより、もっと要領がよくて、ずるい。


「ま、そんなとこ。おかげでまともな女子? あんまり信じられないんだよね。あ、相澤って女子。下の名前がかえでだから、カエ。きっと優亜ゆあちゃんだったら、良い友達になれそうな気がするなぁ」


 最近、楓という名前の子を見つけたばかりだ。度会わたらいさんと同じ名前。性別と年齢も同じ……。度会さんと共通点が多いので、あまり友達になれる自信がない。


「女子なんだ。……どうだろ。良平、相澤さんのこと、好きだったんじゃない?」

「え! そういうんじゃないよ。オレ、細いよりぽっちゃり派だし」

「ちょっと、あたし太ってるってこと?」


 こっちの楓も華奢きゃしゃらしい。そう言えば、度会さんは同中がいないから、中学の頃の情報がわからなかった。名字が違うけど同じ人物ってことはあるのだろうか。さっきの話だと父親は生きているから、名字は変わる必要がない。


「太ってない。ちょうどいい」

 良平が慌ててあたしを見て答える。度会さんを意識しすぎているせいだとも思うが、確かめずにはいられない。

「ねえ、相澤さんってさ、顔……。その、何か特徴ある?」


「え? 優亜ちゃんのが可愛いよ。」

 良平が真直ぐにあたしを見て、即答する。

「だと思うけど。いや、そうじゃなくて……何か人と少し違うとことか、見分けるための……」


「……あ、あぁ。目が、茶色っていうか、色薄くて。近くで覗きこむと、光の加減でちょっと、グリーンがかって見えたりしてたな。髪の色も、あんまり黒くない感じでさぁ……」

「良平……すごいよ」


 ユウタと交通事故を調べることで、あたしは度会さんの弱みも、手に入れる事ができるかもしれない。今すぐ良平に抱きついて、お礼を言いたい気分だ。

「何か、心こもってるんだけど……。何に感動したの?」


「そんなキレイな子なのに、あたしの方がカワイイって、即答したこと。」

 良平が口を開けた瞬間、「良平、肉なくなるぞー」と声がかかる。良平は立ち上がり、「今いきます!」と叫ぶと、あたしの方を振り返り、手を差し出して笑いかける。


「優亜ちゃんも行こ」

 あたしは、ほんの少し迷ったが、その手を掴んで立ち上がった。良平はまだ価値があると思った。そう思ったとき、反射的にその手を掴んだ。中学で何があったのか、何が彼女を不登校にさせたのか。わざわざ名字を変えて、同中が一人もいない高校に来ている。


 絶対に何かがあるはずだ。

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