第四話 マヤノの過去

「実家から追い出された?」


 思わず聞き返してしまうと、マヤノは無言で頷く。


 追い出される。つまりは追放だ。でも、どうしてそんなことになっているのだろう?


 正直気になってしまう。だけど仲間であっても、俺は部外者だ。家庭のことに首を突っ込む訳にはいかない。


「そっか。それは大変だったな」


 なんの慰めにもならない。だけど何か言わないといけない空気感が辺りに舞い、ポツリと呟く。


「まぁ、マヤノはママに付いて行く形で出て行っただけだけどね。一番辛いのはママだよ。信頼していた親族に裏切られたのだから」


「それは違うよ!」


 母親の方が辛い思いをしているとマヤノが言うと、彼女の言葉を遮ってサクラが声を上げる。


「確かに宰相や兵士はメリュジーナさんを恐れていた。でも、お母様はメリュジーナさんを怖がってはいなかった。寧ろもう一人の母親のように接していたと言っていたわ。そのことは親友だったマヤノちゃんが一番知っていることだよ!」


 誤解があることをサクラは必死に訴える。けれど先ほど彼女の言った言葉に、ある違和感を覚えた。


 何だ? この違和感は? 言っていることは不自然ではないが、何かが微妙にズレているような?


 まぁ、大したことではないだろう。今は気にしないようにしておこう。


「うん、それはもちろん分かっている。あなたのママが、マヤノのママを慕っていたってことは、一緒に生活していて分かっていたもん。悪いのは完全に馴染めなかった宰相たち。でも、もう良いんだ。どっちにしてもマヤノたちは、もうあの場所には戻るつもりはないから」


「それだと困るの! このままでは城が乗っ取られるのだから! テオお爺様やご先祖様たちが残した異世界の魔道具も、全て宰相たちに悪用されることになってしまう!」


「それってどう言う意味?」


 突然言い出したサクラの言葉に、マヤノは目を細めて彼女を見る。


 睨み付けている訳ではなく、何かを見定めようとしているかのような目付きだ。


「話しの途中で割り込んでしまって悪い。なるべく傍観者でいようと思っていたが、我慢の限界だ。マヤノ、ひとつ聞いて良いか? 君ってもしかして隣国の王族なのか?」


 とうとう我慢が出来ずにマヤノに問う。


 サクラの家名は隣国の王家の家名と同じだ。そしてそんな彼女がマヤノのことを叔母と呼んでいる。そして会話に出て来た城で働く職業の宰相、これらのことを組み合わせると、どう考えてもマヤノが隣国の王家の者にしか考えられなかった。


「うん、そうだよ。マヤノは先代国王の娘なの。別にフリードちゃんを騙すつもりはなかったよ。マヤノはもう、王家の関係者ではないから」


 マヤノが元王女であることに衝撃を受ける。だが、真事実が分かったことで、新たな疑問が浮かび上がった。


 マヤノの見た目だ。彼女から共有された記憶に映っていたあの男性が、亡くなった先代国王の若い頃だったとしよう。あの時のマヤノは推定8歳ぐらいだ。それだと実年齢は若くとも50代と言うことになる。でも、彼女の現在の見た目は十代後半だ。


 短剣を砕いた肉体のことも考えると、マヤノは普通の人間ではないってことだよな。


「マヤノの正体のことよりも、今はお城の状況だよ! パパやご先祖様が守っていた異世界の道具が悪用されるってどう言うことなの!」


 気まずい沈黙を壊すかのように、マヤノがサクラに訊ねる。


「私のお母様が倒れた後、犯人としてメリュジーナさんが追放されたでしょう。あれから数年が経った後に宰相の様子がおかしくなって、城の兵士や政務官のメンバーがガラリと変わってしまったの。そしたら異世界の道具が隠されている隠し部屋を探すようになって。見つけたものを勝手に売って資金を調達しているのよ。このままではお城が乗っ取られてしまうわ!」


「どうして宰相の暴走を止めなかったの! あの中には兵器にもなり得る物もあるんだから!」


 父親やご先祖様が大切に保管されていたものが勝手に売却されていることを知り、マヤノは声を上げる。


「だって、お母様は病で倒れた後、メリュジーナさんまでいなくなるし、当時の私は宰相たちに立ち向かえるほどの力がないもの。だからどうにかしてもらおうと、メリュジーナさんを探す旅に出ていたの」


 サクラが事情を話すと、マヤノは額に手を置いて小さく息を吐く。


「まさか、こんなことになっているなんて。今すぐにママに報告したいところ何だけど、マヤノも道に迷って帰り道が分からないんだよね」


「でも、奇跡的にマヤノちゃんには会えた。お願い! あなたの力を貸して! テオお爺様とメリュジーナさんの血を持っているマヤノちゃんなら、絶対に宰相を捕まえて牢屋にぶち込むことができるから!」


 頭を下げてサクラはマヤノに懇願する。


「ひとつ聞いて良い? 宰相が見つけた異世界の道具って何?」


「えーとね、ライターでしょう。チェキでしょう。後スマホだったかな?」


「なるほどね。ライターにはオイルが入っていなかったはずだから、火を出すことはできない。チェキもフィルムが切れていたはずだから、写したものを印刷することはできない。スマホもバッテリーが切れているはずだから、ただのガラスのついた板に成り下がっている。うん、売ったとしても大した値にはならなさそうね。宰相のことだから、使い方も分からないだろうし。それにそれくらいだとまだ時間はあると見て良いよね」


 サクラが奪われたものを言うと、マヤノはブツブツと独り言を呟く。


 しかし俺には、彼女の言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。


「分かった。サクラが良いのなら、里帰りも兼ねて宰相を倒すのに協力するよ」


「本当! 助かった! ありがとう! マヤノちゃん!」


「だけど、先にフリードちゃんの用事を済ませてからだからね。丁度国境沿いの町に行くから、その後になるよ。異世界の兵器が発見されるまでの時間は、まだあると思うから」


 両手を上げて喜ぶサクラに対し、マヤノは条件を突き付ける。


 別に俺は、ここでマヤノと別れても良かったのだが、彼女が決めたのならそうするか。


「うん、うん! それで良いよ! マヤノちゃんが手伝ってくれるのなら、ちょっとの寄り道くらいお安いものだよ! 国境沿いの町だよね。今すぐ行こう!」


 マヤノの言った条件をサクラが呑むと、彼女は足早に道を歩き出した。


 ちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまったが、これでカレンのいる町に向かうことができる。

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