第2858話・菊丸、牧場にて試合をする

Side:朝倉宗滴


 昨年には牧草地だったところをくわで耕す。作物を作る畑すら休ませるというのは久遠らしいのやもしれぬな。


 ここに来て幾年になろうか。すっかり久遠の畑仕事を覚えてしもうたわ。


「うんしょうんしょ」


 大人も子供も、幼子でさえも皆で働く。


「これこれ、無理をするでないぞ」


「はい!」


 武士であることも朝倉であることも、ここでは忘れそうになる。ただの年寄り。それがなんとも心地いい。


 そんな折、子らが騒がしくなった。


「きくまるさま!」


「よいちろうさま!」


 菊丸殿と与一郎殿か。塚原門弟の中でも旅をようするふたりじゃ。


「皆、励んでおるな。どれオレも手伝おう」


「わーい!」


「いっしょにやろ!!」


 たいしたものじゃの。


 ふたりは子らと共に、それなりに慣れておる様子で耕し始めた。鍬など、ここでしか握ったことはあるまいに。


「ここでは誰もがただの人となるか」


「宗滴様?」


「なんでもない」


 真柄の十郎左衛門は相も変わらず気付いておらぬか。菊丸殿が一枚上手らしいな。察するところがあると言えば不敬になろうか。ただ、理解出来る。


 あちらにおる林崎殿のほうが鍬に慣れぬ様子で分かりやすい。


 人はこれほど変わることが出来るものなのだな。




「あらあら、随分と賑やかね」


 お天道様が高く上る頃、慈母殿が女衆と昼餉を持ってきてくれる。菊丸殿を見て穏やかに微笑むだけで皆に昼餉を勧める姿はさすがじゃの。


「やはり飯は尾張が一番美味いな」


 ござを敷いて握り飯を頬張る姿は武芸者そのもの、おそらく酔狂や偽りのために武芸者としておるわけではあるまい。こちらもまた菊丸殿のまことの姿なのじゃ。


 そんな中、十郎左衛門が菊丸殿に声を掛けていた。


「また、強うなられましたなぁ」


 こやつも昔と比べるとよき武士となったな。


「ハハハ、日々の鍛練は欠かしておらぬ故にな」


「あとで手合わせをお願い出来ませぬか?」


 まったく……、褒めるとこれだ。いくらなんでも不躾であろう。ただ、菊丸殿は面白いと言いたげな顔で笑うた。


「それはよいな。こちらこそお願い致す」


 ああ、本当に武芸が好きなのだな。十郎左衛門と同じか。


 武士といえども武芸を好む者と必要だから励む者がおる。前者は時には武辺者と言われることもある。争いのなき世になるといかになるのかと思うたこともあるが……。




Side:菊丸


 真柄十郎左衛門か。その大きな身体を生かした大太刀の扱いは見事としかいいようがない。初めて尾張に来た時には慶次郎に勝負を挑みかわされるも、そのまま一馬の屋敷に上がり込んで世話になったという豪快な男。


 一馬はこういう自らの意思で動く者を好む。


 将軍としても顔を合わせておるが、気付いておらぬらしいな。直に話したわけではないからかもしれぬな。


 まあ、いずれでも構わぬか。宗滴にはすでに見抜かれておることだ。


 牧場で働く者や子たちが見守る中、十郎左衛門と対峙する。




 ……なるほど。吉岡に勝つわけだ。試合を見ていると豪快な男に思えるが、対峙すると思うた以上に繊細なところがあると分かる。


 宗滴がこの男を案じて近習にしたのも分かる。乱世で生き残るには、もっと悪人にならねばならぬ。もっとも尾張で生きるならば困るまいがな。


「参る」


 挑むべきはこちらだ。遠慮なく行かせてもらう。


 覚悟を決めて一歩を踏み出すが、思うた以上に長い木刀が伸びてくる。これは槍を相手にするようなものではないか。


「いやはや、思うた以上にお強いですな。ああ、思うた以上とは塚原殿の門弟に相応しくない言葉か。申し訳ない」


「要らぬ気づかいだな。今は互いに一介の武士対武士。某も真柄殿がどこの誰かは忘れておる」


 やはり、人がよいな。


 主君もなく武芸者でしかないオレと宗滴の近習である十郎左衛門とでは、立場が違うのは今更なことだ。


 幾度か付き合ううちに、一馬が気に入り親しくする男らしい。


「では、某も忘れることとしよう」


 さすがは武芸大会の常連か。今の一言で十郎左衛門に火をつけてしもうたらしい。


 目つきが変わった。くる!!




Side:真柄直隆


 菊丸殿とは時折会うが、こうして手合わせをするのは初めてだ。特に理由はない。機会がなかっただけだ。


 ただ、塚原殿の門弟とは幾度か手合わせしたことがあるが、菊丸殿は塚原殿の門弟の中でも指折りの実力だな。


 気になるのは菊丸殿の剣は鹿島新當流が基ではないことか。おそらく師事する前に別の者に学んでいたからであろうが……。


 武芸者とは表沙汰に出来ぬ生き方をする者も多いが、菊丸殿は左様な武芸者とは明らかに違う。塚原殿の門弟だからといえばそれまでだが。


 もとはいずこかの三男か四男か、あるいは庶子か。生きるために人を殺める武芸ではない。正しく武芸を学んだ者なのだ。


 まあ、いずこの出身であっても構わぬか。オレもまた越前の出だ。


 大太刀と変わらぬ木刀を遠慮なく振るう。無論、寸止めはするが、互いに防具を身に着けておる故、胴や小手ならば当たってもたいしたことはあるまい。


「くっ!?」


 こちらの太刀筋はお見通しということか。武芸大会で見せておるからな。当然か。嬉々とした顔をして木刀で逸らされ内に入られた。


 いかん!?


「はあ……はあ……。塚原殿は……久遠流の高弟であったな。危うかった」


 木刀でこちらの大木刀を押さえたまま蹴りを繰り出されるとは。鹿島新當流と久遠流は今や兄弟流派のようなものだ。


 久遠流を取り入れた鹿島新當流はより洗練された。


 それにしても今の蹴りは危うかった。本当に一手頂戴するところだったわ。


「いや、それはこちらも同じ。まさか蹴りを察してすぐに返し技がくるとは……。さすがは武芸大会の優勝者」


 優勝か、久遠語を平然と使うところも、まさに塚原殿の門弟だな。


「ここまでに致しましょうか」


「そうですな。よき手合わせでございました」


 結果は引き分けというところか。オレの返し技により菊丸殿は下がった故、勝負はついておらぬ。


 もう少しやりたいところだが、互いに熱くなると危ういからな。大会でもない場で怪我をするわけにはいかぬ。互いにな。


「武芸大会には出られぬのか? 塚原殿は止めておらぬはず」


 気になるのは、何故武芸大会に出ぬかだ。他の高弟は表に出る気はないと言うて塚原殿を支えることに専念しておるが、菊丸殿は少し違うような?


「武芸は好きだが、勝敗の外で生きたいというだけ。好きに旅をして帰ってくる場があるというだけで満足しております」


 そういうものか、もしかすると生まれに関わるのかもしれぬな。あまり目立つと困るか。いずれにしても余計なことを問うたか。


「よければ、またお相手をお願い致す」


「こちらこそお願い致す」


 惜しいな。武芸者として天下に名を挙げられる力があるというのに。菊丸殿のような男が気兼ねなく挑める世になればよいのだがな。



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