第2776話・宴の席にて

Side:久遠一馬


 関東管領上杉家ということもあり、歓迎の宴は評定衆や尾張にいる領国代官など織田家重臣の主立った皆さんが揃っている。


 憲政さんは相変わらずだ。公式の場では相応に振る舞っている。長野業正さんと国人衆たちは無難な様子だ。


 長野さんは史実だと俗説を含めて有名な人だが、この世界ではそこまで有名ではない。国人領主という立場でしかないので厚遇するわけにはいかない。


 正直、織田家中での注目度も高くないし、オレも注目していると言っていない。あまり注目されても困るだろうし、変に意識して拗れるのが一番怖い。


 第一印象は国人領主らしいという感じか。武闘派らしく笑顔を見せるよりは毅然と振る舞っている。


 憲政さんとはまだ話をしていない。長野さんたちと顔を合わせて出方を見てからのほうがいいと思ったからだ。




 今日の宴はお膳を用いた本来の形にした。初めての人が多いからね。従来の形が一番だ。席次が決まっていることもあって、ほとんど動く人がいない。


 盛り上がりという意味では今一つかな。憲政さんは美味しそうに食べてくれているが、他は落ち着いているものの会話が少ないんだ。


 というか国人衆側もあの様子だと一枚岩ではないな。長野は武威や血縁を用いて勢力を拡大している。憲政さんが戦に弱いことで長野さんがまとめていると思われるが、現状では上杉への反発で一致結束しているとは思えない様子だ。


 正直、国人クラスになると事前情報とズレていることが割とある。情報不足だろう。北条に属している国人衆なんかそうだった。反発していた者もいたのだが、自分たちを軽んじるなという程度で争う気もなければ逆らう気もない。


 史実のイメージもあり国人衆側の反発が強いのかと思ったが、意外にそうでもないような雰囲気に思える。


「かず、あの手の者は親父に相談したほうがいいのではないのか?」


 どうやって仲介しようかと思っていると隣の信長さんが小声で囁いてきた。


「……確かに」


 オレも協力する必要があるけど、確かに信秀さんのほうが上手く付き合えそうな人かもしれない。正直、オレ自身はそこまで武闘派国人衆と相性が良くないんだよね。


 信長さんもそこを懸念しているみたいだ。


「余所者がそなたを理解するには少し時が足りまい」


 うん、それも懸念なんだよね。あっちを立てればこっちが立たず。オレが双方に不満を残す形で強制していい結果になるとは思えない。


 明日にでも信秀さんと相談しよう。国人衆と向き合うのは信秀さんが上手いんだ。オレはもともと助言とか裏方の仕事をメインにしていたこともあって、そこまで仲介の経験ないしね。




Side:とある上野の国人


 関東管領様も長野殿も相も変わらずか。困ったものだ。


 双方の言い分ともに理解する。されど、いつまでも意地を張っても仕方なかろうに。


 まあ、いいか。わしは宴を楽しむとしよう。


 まずは鯛の塩焼きから……。海が遠い上野では生の鯛など手に入らぬからな。かような機会でもなければ食えぬものよ。


「おお、鯛とはかように柔らかいものなのだな」


 箸がすっと入ると、あまりの柔らかさに驚いてしもうたわ。いかなるわけか分からぬが、まだ温かい。冷めぬうちに食わねば。


「ああ、美味い。なんとよき味か」


 干物でない鯛はかように美味いのか。


「確かに美味いな。尾張料理は日ノ本で一番と聞いたことがあるが、その通りかもしれぬ」


 隣の者も驚きを隠せぬようだ。


 ただ、咳払いが聞こえたかと思い目を向けると、そんなわしと隣の者を不快そうに見ている長野殿がいた。


 我らが喜んだことが、お気に召さなんだらしい。


 悪い御仁ではないが、己にも他家にも厳しいからな。このあと斯波と織田が関東管領殿と我らを取り持つと聞いておる故、その前に弱みを見せることを嫌ったか。


 争いが続く上野において我らのことも考え、北条や上杉と対峙してくれたことには感謝するが……、長野殿は我らの主君ではない。


 関東府を再建し上杉と北条が和睦した今、意地を張るのは正しきことなのであろうか?


 もしや……上野長尾家を傀儡としただけでは飽き足らず上杉をも手中に収めたいのか?


 わしはこの辺りが退き際だと思うがな。北条方の領国の者も多くは素直に従うておるではないか。


 とはいえ、我らでは逆らえぬ。上杉は頼りにならぬし、下手なことを言えば後でなにをされるか分からぬ。


 隣の者も長野殿の様子に気付いたのだろう。顔を伏せるようにして大人しゅうなった。


 情けないことだが、我らにはいかんともしようがない。


 静かに琉璃の盃に酒を注いで飲む。


 これがまことの金色酒か。なんと美しくなんと美味な酒か。澄んだ味はこの世のものと思えず、料理ともよく合う。


 金色酒ならば幾度か飲んだことはあるが、やはり尾張の金色酒は一味違うな。


 仏の弾正忠と久遠内匠頭殿、関東でも知られた方々だ。多くは望まぬ我らを助けてくれまいか。


 もう争いの日々は御免だ。




Side:織田信秀


 長野か、強き男だ。


 昔を思い出すな。斎藤や今川と争うていた頃には、かような男が多かった。


 一馬が尾張に来て以降、皆が変わった。恐らくわしも変わったのであろう。いつの間にかあのような男はあまり見かけぬようになった。


 関東管領殿とは合わぬのであろうな。それはわしにも分かる。今の関東は斯波と織田の力と一馬が仲介していることで落ち着いているだけ。長野とすると信じられるはずもない。


 さて、いかがするか。一馬に任せるか? それでもいいが、一馬はどちらかというと武辺者は苦手だからな。


 無論、任せればなんとかすると思うが、国人に甘い顔をすると後で苦労をする。あやつは困ると争うよりはと引いてしまう時があることが懸念だ。


 出来れば、そこまでしたくはない。


 さらに一馬が関わる以上、上手くいかぬということは避けねばならぬ。一馬とて上手くやれぬことはあるが、今のあやつは東国の光明なのだ。


 ここで両者を繋げぬとなると関東が再び揺れかねぬ。


 思案しつつ宴に同席する者らを見て、この十数年を思い返す。


 焦るべきではないな。武芸大会はこれからだ。仲介するのは、その後でいい。双方から話を聞いて皆で考えるべきだ。


 ささいなことだと軽んじるべきではないが、所詮は国人のこと。少しばかり時を掛けることで悪うなるはずもない。


 そういえば、長野方には陰流の上泉がいたな。頼まれていろいろと融通したはず。愛洲殿にも力を借りるか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る