第2734話・五里霧中

Side:伊達晴宗


 初めて織田の名を聞いたのはいつのことだったか。幾度か名を聞くようになった頃、南部を下して一気に奥羽の半ばまで従えてしもうた。


 無論、一時の勢いだけならばいかに所領を広げようと恐るるなどあり得ぬが、左様な相手ではない。朝廷も足利も座しておれず、まるで尾張詣でのように動いておるほどだ。


 織田の力は奥羽においても抜きん出ておる。海の民であると言われる久遠は蝦夷を制し奥羽の海をも制したとか。


 伊達としても安易に争えぬほどの相手だ。


「江刺め! 柏山め!」


 いかにするかと悩んでおると、怒りに任せて怒鳴る愚か者に邪魔された。


「致し方なかろう。奴らは織田と接しておる。その苦労は理解してやらねば。むしろここまで手をこまねいていた葛西が悪いわ」


「それとこれとは話が違う!」


 怒りが収まらぬ者もいるが、多くは落ち着いている。


「同じであろう。織田相手に国人程度の両家がいかに対峙しろというのだ? 向こうは民が飢えぬようにとあれこれとやっておるとか。隣の者はたまったものでないわ」


「奥羽代官は久遠内匠頭殿の奥方だったか。内匠頭殿は今の帝が即位前に唯一天杯を許した男だ。さらに近江の公方様も久遠を頼りとしておるとか。聞くところによると足利と北畠を結んだのは内匠頭だとすらいう噂もある。あまり怒らせたくはないの」


 確かに江刺と柏山というより、織田がこの件でいかに動くかだな。


「……織田の謀ではないのか?」


 ひとりの者の言葉に皆の顔色が少し変わる。以前から両家が織田領との違いに難儀しておるとは聞いておったが、それすら謀かもしれぬか。


「さて、なんとも言えぬな。仮に謀だとすると大崎は織田に与するであろうな。さらにこの中にも寝返りの誘いがあった者がおってもおかしゅうあるまい。先代様と殿の争い以降、不満がある者も多かろう」


 その一言に静まり返った。


「謀などするか? 少なくとも江刺と柏山如きに。吹けば飛ぶような力の差があるのだぞ。織田が姑息な策を弄するとは聞いておらぬ。やつらが勝手に騒いでおるだけではないのか?」


 確かに、そう考えるべきであろうな。織田は国の治め方が違うことで周囲が降るのだと聞いたことがある。


「やつらは殿の仲裁を蹴ったのだぞ! 謀であろうとなかろうと兵を出すしかあるまい!!」


 そうなのだ。出来れば穏便に済ませたいと仲裁をするつもりであったが、此度は両家ともに首を縦に振らぬ。


 飢饉もあり苦しいのはいずこも同じだが、織田領では飢え死にするほどではないという噂はわしの耳にまで届いておるからな。明日を知れぬ者は逃げ出し、一揆もあちこちであったとか。


「両家を降したとして、いかがするのだ? 織田を羨む民が騒ぐ限り、また同じことをするぞ。大崎のように織田に物乞いでもするか?」


 その言葉に、大崎のような恥知らずにはなりたくはないと笑う者の声が聞こえた。


 心情は分かるが、ではいかにするのかと問うと誰も答えまいな。大崎とて恥を晒しておるのを理解しつつ、それでも致し方ないと助けを受けておるのだろう。


 今のまま我が伊達家に従うだけの立場も嫌だということだ。大崎めは伊達と織田の双方にいい顔をして己だけはいずれが勝っても生き残る気なのだ。


 残るは江刺と柏山を従えるべき葛西だが、あそこは動く気だ。やはり織田相手に戦いたくはないようだが、このまま見過ごすと面目が立たぬのも事実。


 ただ、もしかするとそのまま織田に寝返る算段でもしているかもしれぬ。とすると江刺と柏山の離反も謀であることもあり得るのか?


 あまり大事にしたくはないが、誰がいつ裏切ってもおかしゅうない。


 もっとも厄介なのは、父上が今の様子を見て高笑いしておるやもしれぬことだ。


 敵と戦をする前に味方と戦か。業が深いことをしておるわ。




Side:久遠一馬


 何年も同じことをしていると、もうそれは当然のこととしてみんな受け止めてくれる。今日は野営、キャンプの日だ。


 今はウチと学校の合同行事になっていて、今年は千人以上参加している。今年はゲストがいる。越前の公家衆だ。


 ウチの夏の遊びとして海水浴と野営があるのは割と知られていて、是非とも参加したいとのことで招いている。学校の教師にも公家がいるから特に抵抗もないらしい。


「ほう、これを建てるのか……」


 みんなでゲルを建てていると、越前の公家衆は公家の教師から指導されつつ自分たちで使うゲルを建てている。


「うむ、ゲルを建てるのは、なかなか面白いぞ。これがあれば屋敷を失うても困らぬ」


「ほっほっほ、それはよいの!」


 公家ジョークだろうか? 教師をしている公家の一言に公家衆の皆さんが普通に笑っている。


「皆、楽しそうじゃの。心豊かにしつつも乱を忘れず。この国が末永く続くであろうことが分かる」


 人目などを気にせずリラックスした様子の公家のひとりがそんなことを呟くと、周囲を見渡していた。


 正直、オレは戦を忘れないという意味はなかったんだけど、そういう受け止め方をしている人もいるんだよね。


 宗滴さんがいるから、そう見えるのかもしれないが。


「とのさま?」


 おっと、人の作業を見ている場合じゃないな。


「こっちも建てちゃおうな。負けてられないね」


「うん!!」


 オレはたくさんの子供たちのお父さんだからな。頑張らないと。小さい子の中には実の父のように慕ってくれる子もいるし、ワガママを言う子や甘えてくれる子もいる。


 そんな子たちをオレは大切にしたい。


「晴れてよかったわね~」


「みんなでお祈りしたから! 仏様が願いを叶えてくれたんだ!!」


 育った環境とか教育はやはり大切なんだなと思う。尾張だと子供たちのほうが神仏への信心が高い傾向もある。


 信秀さんが仏の弾正忠と呼ばれていることや、子供たちの周りには立派な僧侶や神職しかいないからだろう。


 あまり過保護にして俗世から乖離させるつもりはないが、そもそも尾張の都市部だとそこまでおかしな人がいないんだよね。


 生臭坊主とか破戒僧もいるが、相応に馴染んでいてまっとうに生きている人を乱すようなことはしない。


 元服する頃になると学校で他国のこととか歴史を学ぶので、世の中のことを理解するので今のところ大きな問題にはなっていない。


「おお、そなた幼いのに左様なことまで出来るのか?」


「はい!」


 越前の公家衆、子供たちとも馴染んでいるなぁ。身分が違うんだけど、ウチの行事だと身分はひとまず置いておくという慣例になりつつある。


 公家衆は知識人だからな。みんなで力を合わせる意味をよく理解している。


 真面目な人は多少形式から外れても権威を失うことはないからな。尾張では。



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