第2726話・軍議

Side:久遠一馬


 清洲城の天守を夕日が照らしている。仕事も終わったので那古野の屋敷に帰ろうかとしていると、慌ただしく廊下を走る音がした。


 子供たちではない。大人だ。珍しいな。


「申し上げます! 奥羽より伝船が到着したとのこと!!」


 来たか、思った以上に速かったな。


 織田家では領国を伝馬、伝船で連絡網を整備しているが、奥羽だけは離れていて遠いことから、ウチでもまだ保有数が少ない速鰐船こと史実のクリッパーを配備した。


 なによりも速さを基本とした設計なため、正直、コスパは悪いんだけど……。


 奥羽領の使者、それと書状などを届けに来たそうだ。オレ宛ての書状もある。


 エルたちは伝令や書状の内容を概ね知っているが、知らないような顔をしている。なかなか演技派だな。あとの家臣たちは何事だと表情が引き締まった。


「奥羽領と隣接する葛西が内乱になったみたい」


 ひとまず安堵した人が多い。季代子たちや子供たちになにかあったのかと心配してくれた人もいるんだろう。ただ、すぐにその表情も険しいものになったが。


 一益さんがすぐに奥羽の地図を広げてくれてみんなで確認するが、厄介なことになった。


「こちらを攻める謀でないならば、被害は軽微だと思われるわ」


 メルティの言う通りだろう。被害はという言葉がポイントだ。流民が大量に来ると困るし、荒らされてどうしようもない土地と共に臣従したいと言われると厄介でしかない。


「殿、武官大将殿より軍議に参席してほしいとのことでございます」


「分かった。すぐに行くと伝えて」


 織田家だと基本残業はない。ただ、緊急事態となるとそんなことも言っていられない。


 資清さんたちに情報のとりまとめと今後のことを考えてくれるように頼んで、オレとエルで軍議に行く。


「ふたりとも早いね」


 軍議の席にはジュリアとセレスがいた。他にも武官衆と家老衆からも全員ではないがいる。清洲城に残っていた人たちだろう。


 武官大将である信光さんをトップに奥羽の件を議論する。


 ひとまず届いた書状が読まれ、使者として来ている奥羽武官が現状を説明した。


 内乱、今回葛西から離反したのは織田領と接する者たちだ。一年以上前からすでに葛西は勢力圏の統制が取れておらず伊達の協力を得てなんとか繋いでいたが、矢面に立たされていたことで、伊達がどう動いてもあまりメリットを感じなかったのだろう。


 織田家は、独立領主の臣従は認めるが他家の家臣や臣従の体裁をとっているところは臣従をしたいとか援軍を欲しいと求めても断る方針なんだ。



 今回、戦をするところもそんなところだ。つまり彼らは葛西と縁を切って織田に降るための戦なのかもしれない。


「伊達と大崎が葛西とまとまっても、こちらはすぐに負けることはあるまいな」


 信光さんが出した結論がすべてだ。こういう時のために楠木さんがいる。織田領が揺れることはないだろう。


 さすがに領内に攻め入られることになるのかもしれないが、この時代基準である城を中心にした防衛なら出来る。


 とはいえ、同席する皆さんの表情は険しい。


「また荒れたところで臣従でございますか……」


 その言葉に駿河と甲斐の武官が少し複雑そうな顔をした。彼らだけじゃない。負けてどうしようもならなくなったり、一揆でどうしようもなくなったりして臣従した人は多い。


 ただ、この場の皆さんはそのあと織田家がどれだけ苦労をしているか身を以て理解している。


「致し方あるまい。消えてくれてもいいが、泣きつかれて見捨てると今後困ることになる」


 信光さんも少し不機嫌そうだ。


「奥羽の食料は足りるのでございますか?」


「なんとも言えぬな。葛西、伊達、大崎とすべて奥羽領で食わせろと言われると無理であろう。奥羽と越中は、今も内匠頭殿からの助けがあってこそ成り立っておる」


 若い武官の問いに、家老衆のひとりはこちらをチラ見して答えた。確かに足りるとは言い難い。この時代では奥羽北部はそこまで農業に向いた土地じゃないし。


 ひとまず奥羽武官の報告をもとに状況を整理する。議論するべき点はこちらから援軍や物資を送るかどうかだ。


 戦術的には必要ない。奥羽領は戦時においては独自にやっていけるようにしている。ただ……。




「一馬、後詰めはほしいか?」


 話を聞きつつ黙っていた信光さんがこちらに声を掛けてきた。


 そうなんだ。戦術的には要らないが戦略的には一考の余地がある。少数でもいい。尾張から派兵するという覚悟だけではない。事実があると、今後の戦略的には楽になる。


 もしかすると強訴騒動の時に援軍を送ったほうがよかったのかもしれないが、楠木さんが想定以上の活躍をしたことで不要になったんだよね。


「行ってもやることはないかもしれませんが……、派兵していただけるとその価値はあるかと思います」


「このままだと奥羽が久遠領になってしまうからな。守護様や兄者、オレはそれでも構わぬが……」


 危うい発言だなと少し胆が冷えるが、意外なことに誰も驚いていない。信光さんの人徳だ。決して行儀のいいタイプではない。今の時代から見ると少し古い時代の武士だ。


 常に本音で話すから、奥羽の問題も皆さん理解している。


 本当、公の場ではっきりと奥羽の問題を言えるのは家中でも何人もいないのに。


「私は困ります。近江以東で分断などしたくありません。畿内を攻めるのも嫌です」


 この場では、はっきり言ったほうがいい。同席する家老衆はオレの本音を知っているし、武官衆は常に信光さんが本音でぶつかって育てている者たちだ。


 ここで本音を言ってもおかしなことにはならないだろう。


 信光さんもそれを望んでいる。


「よし、奥羽に後詰めを出すぞ。戦にならねば奥羽領の検分をすればよい。それにいずれ久遠の国にも兵を出す日が来る。そのためには遠方に後詰めを出すことを試すよき機会だ」


「はっ!」


 相変わらず凄い。血気盛んな武士の多いこの時代で、文治統治がここまですんなり出来ている理由のひとつだろう。


 信光さんがいなければ、ジュリアかセレスがまとめないと無理だっただろうな。


 そのまま武官衆はいくつかの想定していた戦略をもとに奥羽派兵のことを話し合い始めた。もともと武官衆ではシミュレートしていることなので、一から考えるわけじゃない。


 伊達のことなんてずっと前から怪しかったしね。


「内匠頭殿、海軍はいかほど出せましょう」


「五隻は確実に出せます。あとは屋敷に帰って確認してからですね」


 輸送は船だ。陸路だと流石に無理がある。制海権もこちらにあるし、日々輸送船は出しているんだ。伊豆や安房の港も使える。それほど難しいことじゃない。


「いい加減、伊達に教えてやらねばならぬ。我らが黙って見ておるだけではないとな」


 信光さんの言葉にエルたちが笑みを見せた。ほんと、オレたちが言いたいことをはっきりと言ってくれる。


 結局、この場に呼んだのも困って呼んだというよりは、武官衆にオレたちの考えと本心を示すことなんだろう。


 頼もしい人だ。



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