第2117話・すれ違う身分

Side:久遠一馬


 年の瀬は忙しい。年始の休みもあり、年内に処理または動かしてほしいという急ぎの案件などが舞い込むためだ。


 来年でもいいという案件は後回しになるが、そういうのも根回しなどをしないと後で怒る人もいたりする。総合的に見ると妥当な判断だとしても、当事者とすると早くしてほしいのが当然だからね。


 そんな面倒な案件の代表と言えば……、そう寺社絡みだ。


「では、すべて来年に回すか」


 静かな評定の席、信秀さんの言葉に異議を唱える人はいない。仁科騒動から始まった一件で、領内の寺社が騒いでいるからね。分国法違反などの揉み消しや自らそれを申し出て謝罪することなど。


 警備兵と寺社奉行、裁き担当の刑務総奉行は年の瀬の忙しい時にそれらの対応で困っていた。彼らからすると今年中に解決して安心して新年を迎えたいのだろうが、詮議と裁きは相応に時間が掛かる。


 ちなみに刑務総奉行は美濃の稲葉良通さんになる。元の世界で有名な一鉄というほうが分かりやすいか。


「寺社と神仏と坊主は別物とは、上手く言うたものでございますな。多くの坊主には潔さなどまるでない」


 不快そうな顔を隠しもしないで、関連する寺社に対する嫌味を口にした。寺社への理解も深く、頑固であるものの寛容だった人なんだけど。今の織田家だとこのくらい誰でも言うことだ。


「伊勢北畠領と神宮領は、例年と同じかそれ以上に上手くいっております。神宮は相も変わらずですが」


 見え隠れする寺社への不満。まあ、それも事実だけど、評定の時間は大切にしたい。愚痴大会になる前に、オレから伊勢の状況を説明して年始のことについて報告しておきたい。


 例年だと伊勢神宮への新年の寄進や、ここ数年は初詣に行く人のための差配もしていたが、すべて取りやめている。


 ちなみに、大湊、宇治、山田の商人には、神宮にウチの品を売っても罰を与えることはないとリースルたちが明言してあるが、神宮への流通は生活必需品や最低限のものしか回復していない。


 宇治山田、ここらは以前神宮が見捨てたことを恨んでいると報告があるので、その影響だろう。大湊は歩調を合わせたみたいだ。どちらでもいいなら売らないと。


 神宮は面目と権威を立てて信を失った。そんな噂が南伊勢であるみたいだね。


 神宮領は例年と同じ。ただ、人の流出はまだ止まっていない。織田や北畠が神宮と戦をしないと理解したと思うが、田畑がない者が村を捨てることが続いているんだ。


 これは北畠領が好調なこともある。織田と北畠領の者に対しての関税廃止、これのインパクトが大きい。


 宇治山田への経済支援と北畠の改革支援で一石二鳥だ。これにより具教さんの名声は上がっていて、神宮に対する睨みにもなっている。


 一度決めてからの改革速度は速く、こちらは来年からの関税廃止を検討していたが、北畠側の要望ですでに一律廃止を実行した。細々と問題や騒動も起きているが、概ね許容範囲内であり成功と言えるだろう。


 ちなみに寺社への寄進。まっとうに働いているところには今年も変わらず、むしろ増加傾向にあるだろう。寺社をみんなで守る。そういう意識は変わらない。


 武士や領民が寺社を選ぶ。この意識が生まれたのは、オレたちと関係なく自然なことだろう。




Side:とある寺の坊主


 大工が朝から寺の修繕をしておる。今年も残りわずか。大工らも忙しいというのに、年内に修繕を終えねば仏様も困ろうと励んでくれている。


 伊勢の神宮やら紀伊の熊野の話も、ここではあまり関わりのないことじゃ。


 ありがたいことじゃと感謝しつつ眺めておると、若い大工がやってくる。本堂の修繕が思うたより早う終わるらしい。


「坊様、どっか痛んでいるところねえか? ちょっとしたところならついでに見てやるぞ」


「済まぬが母屋の屋根を少しみてくれまいか? 雨漏りがあっての。あまり銭がない故、いかほどかかるか見てくれるだけでよい」


 大工らに感謝し、憂いなく務めを果たせる日々に感謝して祈る。


 名のある大寺院や神宮の堕落した様子と織田様との争いが幾度も聞かれ、高名な僧ほど現状に不満があると漏れ伝わるが、坊主がわしひとりしかおらぬこの寺はかつてよりも良うなった。


 織田様は戒律を守りまっとうに祈る者には慈悲深いからの。


 わしのような粗末な末寺の者は、人知れず大寺院に仏罰が下ったと思うておる。教えを授ける故、銭を上納しろと少なくない銭を持っていくというのに、己らは贅沢三昧で戒律など守っておらぬ。左様な実態が公となり、天の裁きを受けておるのだからな。


 高徳な僧や神職。いや、高貴な血筋……、欲と銭で穢れた愚かな血筋であろう。かの者らにやっと罰が下っておる。


「あー、こりゃ雨も漏るな。余った板で直しておくが、近いうちにちゃんと直せよ」


「そうか、済まぬの」


 大工らの気遣いに感謝して祈り続ける。神仏と寺社を穢す、穢れた者らと同じくはなりたくないからの。


 帝の始祖を祀る神宮すら穢れていた。その事実に畿内も朝廷もすでに穢れきっておるのだと分かる。


 乱世が終わらぬわけは朝廷とそれに連なる寺社がおるからであろう。天がお怒りなのだ。


 神仏を穢す者は許してはならぬ。たとえ帝であってもな。ただ、わしは一介の僧でしかない。この身を穢しては、かの者らと同じ畜生に落ちてしまう。それでは祈る者がおらなくなるかもしれぬ。


 故に祈る。


 穢れなき身で一心に祈るのだ。斯波様と織田様の国が末代まで栄えるようにと。穢れた者らに天罰が下り続けるようにとな。


 領内にある末寺末社の者の間では、かように祈る者が多い。皆、公にせぬ故、上は知らぬであろうがな。


 困った折には代官所に願い出て、なにかあれば代官所と話をする。上の寺は銭さえ上納すれば、あとはこちらのことなど気にもせぬからの。


 神仏は仏の弾正忠様と共にあり。領内の寺社で密かに囁かれておる噂じゃ。


 仏の弾正忠様の下命のままに争わず祈り、近隣の民のために生きる。それが我らの務め。宗派や考え方が違っても、織田様の所領では争わず話せるようになりつつある。


 日ノ本でもっとも神仏に近きお方は、帝でも叡山の首座でもない。仏の弾正忠様なのじゃからの。


 おっと、わしとしたことが、祈りに雑念が入ってしもうたわ。己の未熟さを痛感し、より仏道に励まねばと思うておると近くの村の衆が姿を見せた。


「お坊様、餅つきのことだけども……」


「そうじゃの。今日中に修繕が終わる故、あとはいつでもよいぞ」


 これで雨が降っても、子らに憂いなく学問や武芸を教えてやれる。村の衆と共にその事を喜び、感謝して祈る。


 今年もあとわずかじゃの。




◆◆

 永禄四年頃。織田領では寺社に変化があったことがいくつもの資料に散見している。


 度重なる寺社の問題発覚に、末端の寺社では上位の寺社に対する不信と疑念が高まっていたというものだ。


 出家と称しつつ形式だけ出家した者が多く、血筋や俗世の権威で寺社内の出世すら思うままになっていた当時の寺社に、同じ寺社の末端では落胆や反発が広がっていたというものになる。


 古来より寺社の腐敗などに反発する動きはあり、そのつど宗派が増えるなどしている。ただ、この頃の織田領での動きは、神社仏閣、宗派を超えた末端の動きとなりつつあることが前代未聞のことであった。


 朝廷、寺社、武士という異なる権威の下での体制がすでに尾張では崩壊していて、その流れを受けてのことである。



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