第48話 彼女を、笑顔にしてみせる!



 プレゼントに、手作り料理……それは、俺だけでは思いつかなかったかもしれない。

 どこかに、プレゼントイコール物、という認識があった。けど、料理を振る舞うことだって、立派なプレゼントになるはずだ。


 ……そのはずだけど。


「俺なんかの手料理が、プレゼントになりますかね」


 案をくれた篠原さんには悪いが、俺の手料理なんかが桃井さんへのプレゼント……というか諸々のお礼になるとは、思えない。

 第一、俺の作るものより、桃井さんが作ったものの方が何倍もうまいのだ。


 しかし篠原さんは、ゆっくりと首を振る。


「なんか、って言っちゃダメよ。瀬戸原くんの作ったものだからこそ、香織ちゃんは喜ぶと思うわよ?」


「……そうでしょうか?」


 俺の作るものだから、か。

 篠原さんを疑うわけではないけど……それも、説得力がない。そもそも、俺の作ったものだからってどういう意味だろう。


「そうよ。だって香織ちゃん……あ、これは言わない方がいいわね」


「?」


 なにか言おうとした篠原さんだったが、寸前で口元に手を当て、言葉を呑み込んだ。

 なんだろう。言いかけで終わられたら、めちゃくちゃ気になってしまうんだけど。


 ただ、わざわざ聞きだす理由もないわけで。


「けどこれは、あくまで案の一つ。ただ、料理でもそうじゃなくても、同じことがひとつあるわ」


「……同じこと、ですか?」


 俺が首を傾げると、篠原さんは軽くウインクをしてから……


「"なにを"貰ったか、よりも"誰に"貰ったか、が重要だと思うわ。瀬戸原くんなら、なにを選んでも香織ちゃんは喜んでくれるわよ」


 と、言った。

 なにを貰うかより、誰に貰うか、か。それは一理あるとは思うけど……その言い方だと、つまり……


 俺がプレゼントしたものなら、桃井さんならなんでも喜んでくれると、言っているみたいで……ああいや、実際に言ってたけど……

 それってなんか、その……特別な間柄、みたいで、なんか……


「篠原さん、それってどういう……」


「あ、いらっしゃいませー」


 その言葉の意味することを聞きたかったが、タイミングがいいのか悪いのか、お客さんが来てしまい、会話は中断。

 その後は、わりと定期的にお客さんがやって来たので、結局篠原さんと離すことはできず、シフト終わりの時間になってしまった。


 ……今日は桃井さん、来てないな。まあ、いつも来るわけじゃないし、今日なんか久野市さんも一緒の部屋にいるしな。

 久野市さんを置いて来るとも思えないし、久野市さんを連れてこられたらそれはそれで……面倒なことになりそうだもんなぁ。


「お疲れ様でした」


 バイトを終え、俺は一人、帰り道を歩いて行く。

 思い返すのは、篠原さんの言葉だ。


「……"なにを"貰ったか、よりも、"誰に"貰ったか、か……」


 なんか、似たような言葉を聞いたことがある。確か、なにを言うかよりも誰が言うか、だっけ。

 言う人の印象によって、同じ言葉でも変わる。プレゼントも、それと同じことって意味かな。


 なにをプレゼントするか、それを考えてもなかなか答えは出ないよな。女の子の友達がいるならともかく……

 久野市さん……に聞いてもなんかまともな答えが返ってきそうにない。火車さんも同様に。


 年の近い異性の友達が……他に、いないなぁ。


「手料理かぁ」


 篠原さんのアドバイス、手料理。確かに、下手なものを選んでしまうよりは、食べ物のほうがいいのかもしれない。

 桃井さんの好みとかよく知らないしな……まあ、それ言ったら食べ物もなんだけど。


 うーん、物の場合だと、なんか勘付かれそうな気もするけど。食べ物の好みを聞くくらいなら、プレゼントするなんて気づかれないかな?


「いや、それよりもまず、料理の腕だよな」


 一人暮らしを始めた当初は、自分で自分のご飯を作っていた。上京する前も、じいちゃんと二人暮らしのため料理はよく作っていた。

 だが、この生活を繰り返していくうちに、次第に料理はしなくなった。学校とかバイトとか……理由をつけようと思えば、いくらでも。


 なので、料理の腕は確実に落ちていると言える。

 それだけじゃない。あの桃井さんに、手料理を振る舞うのだとしたら……


「……俺、プロ級にならないとダメなのでは?」


 桃井さんの手料理の腕は、彼女の手料理をよくおすそ分けされていた俺はよく知っている。

 はっきり言って、俺の作るものとはレベルが違う。料理の腕が落ちる落ちない以前の問題だ。


 桃井さんの手料理は、正直毎日食べたいくらいにうまい。あの料理を食べたいときに食べられる彼氏がうらやましくてたまらない。

 お店で出てくるようなうまさだ、そんな彼女に俺の手料理を……?


「……」


 桃井さんのことだ、どれだけまずい料理を出しても、まずいとは言わずに食べてくれるだろう。

 だが、それでいいわけがない。手料理を振る舞うからには、ちゃんとしたものを送りたいわけだ。


 ……なるほど、これは……ただ物を送るよりも、ハードルが高い。だからこそ、やりがいがあるというもの!

 これまでの感謝を込めての贈り物なのだ。ならばこちらも、相応に思い悩み、これだ、と思うものを送らなければ。


「……もし桃井さんが、俺の手料理をおいしいって言ってくれたら……」


 料理を人に作る経験など、じいちゃん相手しかいなかった。そんなじいちゃんでも、うまいうまいと言って食ってくれたときには、すげー嬉しかった。

 それが、桃井さんが……俺の作った料理を、おいしいと食べてくれたら。


 それはもう、飛び上がりたくなるほどに嬉しいに、違いない!


「よし……決めた!」


 桃井さんに、日ごろの感謝を込めて……俺の手料理を、振る舞う!

 そして……


「彼女を、笑顔にしてみせる!」

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