第35話 ランジェリーショップに、行きたいかなって



「……髪、解いてるのか」


「は、はい」


 服だけではない。普段後ろに結んでいる髪だ。風呂上がりに解いているのは見たことがある。

 だが、ファッションの一環として、髪型を変えるだけで、ここまで印象が変わるものなのか。


 なんというか、すごいんだなファッションって。


「いいよー、忍ちゃん、すごくいい!」


「桜井さん、まさかここまで協力してもらえるなんて……」


「いやぁね、私としてはちょっと複雑だったんだけど……やっぱり、かわいい子がかわいく着飾る欲には勝てなかったというか」


「?」


 ここまで久野市さんをコーディネートしてくれたことに、桜井さんに感謝だ。だが本人は、複雑そうな表情を浮かべている。


 その後、久野市さんは今着ている服を購入することにした。他にも着用したものはあったため、気にいったものを数着ほど購入。

 せっかく服を買いに来たのだ、私服ゼロ着の久野市さんはもっと持っていてもいいだろう。


「忍ちゃん、私調子に乗っていっぱい選んじゃったけど、お金大丈夫?」


「はい! じっちゃまに持たせてもらったものがあるので!」


 レジにて会計時。久野市さんはお金を出して、服を買う。俺の知らないうちに外に出て食品の買い物をしていた久野市さんにとっては、初めての買い物というわけではない。

 初めての衣服購入だ。


 ただ、提示された金額を見て、俺も半分出すことにした。さすがに服を数着となればそれなりの値段になる。

 まあ、半分出す理由は、高いからという理由だけではないけど……


「ある……木葉さん、いいですよ、私が全部出しますから……」


「いや、まあ服買いに来ようって言い出したのは俺だし、これは俺のためでもあるし……助けてもらったお礼も、したいし」


「でも……それに、お礼なんて……」


「いいから、出させてよ」


 もちろん、命を助けてもらったお礼がこんなことでできるとは思っていない。それでも、なにかせずにはいられない。

 結局、久野市さんの服は割り勘で購入した。


 結構な荷物になってしまったが、これで久野市さんが今後、痴女服で出かけることはないと思えば、安いものだ。

 さて、当初の目的は果たしたわけだが……このまま帰るのも、味気ない。


「このあとは、どうします? せっかくだからなんか食べて……」


 このあと、どうしようか。それを、桜井さんに問う。久野市さんに聞いたら、「主様の行きたいところならどこへでも行きます」と答えにならなさそうだし。

 すると、桜井さんはなぜか言いにくそうに……顔を赤らめつつ、口を開く。


「うん、このあとはね……ランジェリーショップに、行きたいかなって」


「らん……なんです?」


 むつかしい横文字に、久野市さんは頭にはてなを浮かべる。正直俺も、横文字には詳しくないので、一緒に首を傾げていた。

 すると桜井さんは、ますます顔を赤らめていた。まるでりんごだ。


「ランジェリーって、言うのはね……下着の、こと。だから、ランジェリーショップ、つまり下着売り場に行きたいなって」


「……!?」


 次の目的地、ランジェリーショップ……その言葉の意味するところを聞いて、俺は先ほど久野市さんの試着服を見たときよりも、激しい衝撃を受けた。

 下着、売り場……だと!? その意味は、さすがにわかる。同時に、桜井さんが妙にもじもじしている理由も。


 なるほど、確かに下着売り場に行きたいなど、異性相手には言いにくいだろう。それにしても桜井さん、下着ほしかったのか……

 俺の視線は、自分でも意識しないうちに、桜井さんの顔より下に移動して……


「ち、違うから! 私のじゃなくて、忍ちゃんのだから!」


「……へ?」


 視線が移動し切る前に、慌てたような桜井さんの声に肩を跳ねさせる。危ない、今俺はどこを見ようとしていたんだ?

 首を振り、視線は久野市さんへ。久野市さん本人も、なんかぽかんとしているんだが……


「下着なんて、別にいらな……」


「だめ! 絶対! ダ! メ!」


 下着はいらない、そう言い切ろうとする久野市さんに桃井さんが詰め寄る。

 その迫力たるや、俺を殺そうとしていた火車さんを超えているんじゃないか、と思わせるほど。


 それに、久野市さんだって……


「は、はい……」


 桃井さんの勢いに押されている。あの久野市さんが。

 ……今朝、下着がどうのって話を聞いてしまったと言うか聞こえてしまったけど。それに対して、桃井さんは思うところがあったらしい。


 それはおそらく、一人の女性として。俺にはまあ、わからないことだ。というかわからないほうがいいような気がする。


「というわけで、下着を買いに行きます」


 もはやランジェリーではなく、恥ずかしがることなく下着と言い放つ桃井さん。もしかしたら、あまりに無知な俺たち相手に恥ずかしがるのがバカらしくなったのかもしれない。

 ただ、正直、俺は遠慮したい。


 とはいえ、桃井さんと久野市さんを二人きりにさせるのもなぁ……二人は打ち解けてきたように見えるけど、やっぱりまだ二人きりにするのは心配だ。

 それに……久野市さんが、めっちゃ見てくる。俺も、着いてきてくれと、二人にしないでくれと、そう言っているようだった。


「……はぁ」


 結局、俺も着いていくことになった、なってしまった……未知の、下着売り場、へと。

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