第5話 主様に料理を作りたい



 この子の言うことには、いくつも矛盾がある。


 その答えも、苦し紛れの言い訳に、聞こえてならないのだ。そもそも、このご時世に忍びというのが、嘘くさい。

 そりゃ、正装と言い張る今の格好や、さっき出したクナイは忍びと言えなくもないが……そんなの、形だけだ。


「仮にそうだとしても、一度も見かけたことがない、なんてことがある? そりゃ俺だってずっとじいちゃんと居たわけじゃないけど……まさか、俺がいないときを見計らって家に来てた、とか言わないよな?」


「……それは……っ……

 い、今は話せま、せん」


 さてどんな言葉が、それとも言い訳が返ってくるかと思っていたが……

 ついには、話せません、か……この子の話には、真実もある。俺の両親のことや、じいちゃんのこと。


 だが、それですべてを信用することは、できない。第一、じいちゃんやこの子のじいさんに言われたからって、会ったこともない男の世話を女の子一人でなんて……どう考えても、現実味がなさすぎる。


「とにかく、これ以上話すのは無駄みたいだな。キミの狙いはわからないけど、証拠がないならキミを信用するわけにはいかない。

 おとなしく、帰って……」



 くぅうう……



「……」


「……」


 この子の話に信憑性はないし、これ以上付き合うのは時間の無駄だ……そう思い、俺は立ち上がる。

 で、この子に帰ってもらおうと、話している最中に……音が、鳴った。

 いやまあ、音っていうか、なんだ……音は音なんだが……


 俺の腹の音が、鳴った……


「主様……」


「うっ……うるさいなっ、仕方ないだろ! 今日は昼飯あんま食えなかったんだ」


 なんだろうか、とても憐れみの目を向けられている気がする。俺は恥ずかしくなって、この子に背を向けた。

 俺は一人暮らしであるために、朝も昼も夜も、食事は自分で用意することになる。昼飯は、主に前の日の残りか学校の購買で買うかの二択なのだが……


 今日は、購買でパンを買った。しかし、いつもよりも人が多くて、あまり選んでいる時間もなく、少ない量になり腹が満たされることはなかった。

 なので、帰ってなんか食おうと思っていた。そしたら、この子がいたので食いそびれてしまったわけだ。


「主様、主様が私を信じられないのは、わかります。ですが、私は引くつもりはありません」


「お前……」


「なので、まずは主様のお腹を満たして差し上げようと思います!」


「!?」


 あれだけ言っても、この子は帰る意思がない……思わず苦言を漏らしそうになったが、それよりも先に、彼女は立ち上がる。

 そして、やけに自信満々な様子で、言うのだ。俺の腹を満たす、と。


 腹を満たす……それは、つまり……


「なんか、作るって言いたいのか?」


「はい! キッチンお借りしますね!」


 ご飯を作る……そううなずく彼女は、そそくさとキッチンへと向かって。先ほど着用していた掃除用のエプロンではなく、料理用のエプロンを手に取る。

 流れるような動きに、感心するように見とれてしまったが……


 いやいや、そうじゃないだろう。


「おいふざけんな。勝手に人ン家のキッチンで……!」


「わかっています。キッチンというのは、安易に自分以外の人間を立ち入らせたくないもの……

 ですが、私は主様に料理を作りたい! いえ作る! そう決めたのです!」


「なにがわかってんの!? 今の台詞全然まったくなんの答えにもなってなくない!?」


 俺の言葉を聞く耳持たない彼女は、我が物顔で冷蔵庫を開き、中を観察する。

 ……観察する。


 ……なんか言えよ。


「なるほど……」


「い、言っとくが、一人暮らしの男の家の冷蔵庫なんて、そんなもんだからな!」


 なんとなくいたたまれなくなり、俺は口を開いていた。

 実際、他の男の一人暮らしの冷蔵庫の中身なんて見たことがないから、予想でしかないが……冷蔵庫の中身は、充実などしていない。必要最低限のものだけだ。


 そんな俺の言葉を聞いて、ふむ……とうなずく久野市さんは、一度冷蔵庫の扉を閉めて……


「私に、どんとお任せください!」


 振り向いたドヤ顔で、そんなことを言ったのだ。


「ふんふんふふふ~ん♪」


「……」


 ……これは現実なのだろうか。頬を引っ張っても痛いし、腕をつねっても痛い。痛いし、光景は変わらない。

 光景が変わらないということは、これは現実だ、ということだ。


 知らない女の子が、俺の部屋にいて、エプロンを着て、キッチンで料理をしている。鼻唄まで歌って。

 ……やっぱり、これは夢じゃないだろうか。


「主様。主様のご趣味に口を挟むのは心苦しいのですが……その……ご自分で、ご自分の体を傷つけるのは、その……」


「! 趣味じゃない! 変な誤解すんな!」


 トントントン、と包丁がまな板を叩く小気味いい音が響く中で、久野市 忍と名乗った少女は言う。それは、頬を引っ張ったり腕をつねった俺を指してのものだろう。

 いや、後ろ向いてんのに見えてんのかよ……エスパーかよ。


 先ほどまで帰らせようとしていた女の子に、キッチンを任せている。どころか、料理を作ってもらっている。


「なにやってんだかな……」


 いくら、料理を作りたいと押し切られたとはいえ、本当に嫌ならば本気で追い出せばいいのに……

 そうしないのは、空腹には勝てない人間の性からか、それともかわいい女の子に料理を作ってもらうというシチュエーションを逃したくなかったからか……


 いやいや、きっと前者だ。今部屋を包み込んでいるいい香りが、俺から正常な判断を奪っているんだ。

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