4.戦禍の中で火を思い出す
街に入る頃にはもうすでに叫び声が聞こえていた。きっと魔女が一般人を巻き込んで暴れているのだろう。
「アズっ、ちゃん!危ないことは……ダメっ、だって!」
息を切らしたラミコがわたしを止めようと追いかけてきた。でも、
「ラミコは先生と合流して逃げて!」
ごめんね、ラミコ。
わたしはラミコを置いて走り出す。心臓を握られたように心苦しい。でも、わたしは……戦わなくちゃいけないから。
より騒ぎの大きな方へとひた走る。すると土でできた人型のような化け物が暴れていた。
一旦壁裏に身を隠す。まともに戦える実力が無いことは自分でもわかっている。まずは観察だ。何が起きているかを把握しないと。
様子を見るために壁から顔を出して覗こうとした刹那。
「『
「『
(ベラさんとヴルカさんだ!)
ベラさんの瞬く間の斬撃と、ヴルカさんの目にも止まらぬ炎の拳が土人形たちをあっという間に殲滅した。しかし、
「キリが無ェな……」
崩れた土が寄り集まり、土人形たちの体はすぐさま再生してしまった。
もし街全体でこの土人形が暴れているのだとしたらいくらベラさんたちといえども人々を守るので手一杯のはずだ。
この土人形たちは魔法によるものだろう。なら操っている本体が居るに違いない。
(まず魔女本体を探さないと……)
「アズちゃん!」
「うわぁ!?」
背後からかけられた声に思わず驚いてしまう。
「ラミコ、なんでここに……先生は?」
「先生はすぐ来るからアズちゃんを頼むって"鳥"越しに……」
「"鳥"……あっ!」
気付けば先生が監視用にと私達につけた魔法の鳥が居なくなっていた。きっとわたしの居場所を知らせるために先生の元へと戻っていったのだろう。
「ねぇアズちゃん、危ないから逃げようよ」
たしかに本来なら逃げるべきなんだろう。けれどそうもいかなくなった。
「ラミコ、今あの土人形とベラさんたちが戦ってる、けどそれで手一杯で魔女本体を叩く余裕がないの。今この街に他に戦える魔法使いがいるかわからない。つまり今の状況を変えられるのはわたし達しかいないかもしれない」
そう、魔女討伐士官として派遣されたあの2人でさえ今は専守防衛以上のことができない。他の魔法使いの助けが来るかは期待できない。なら今いる自分たちで動く他ない。
「わかったよ。でも戦うならストリィ先生が到着してから、それとベラさんたちともちゃんと連携すること、絶対ね!」
「うん、約束する」
戦いに加わるとしても先生が居たほうがいいのは明白だし、ベラさんたちに理解してもらうこともまたそうだ。
「でね、ラミコに頼みたいことがあるの」
「何?」
「あの土人形を"視て"ほしいの」
乱戦状態の街の中で隠れている魔女本体を探すのは難しいだろう。しかしあらゆるものを見抜く眼をもってすれば
「……!わかった、任せて!『
メガネの奥の目が光を放つ。土人形たちは魔法で動いている。つまりどこかから魔力を流し込まれているはずだ。その流れの元を辿れば……!
「………視えた!あの屋根の上!」
「……!」
たしかにラミコの指さした方に人影が見えた。あれが魔女……!
魔女本体を発見したタイミングでちょうどストリィ先生が魔法で飛んできた。
「アズリア!ラミコ!早く逃げよう!危ないことはするなと──」
「ストリィ先生!今はそれどころじゃないんです!実は──」
現在の状況を説明する。今この状況を収めるには魔法使いが足りない。
「………そうか、危ないことはしてほしくないが、そういう状況ならやむを得ん。」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょう!」
「あかんわ、本体を探す暇がない。応援は!?」
「少しかかる!盛大に期待できねえ!」
「悪い知らせやねぇ!」
斬っても燃やしても再生する相手が数十体。街がそれほど大きくないにしても守り切ることしかできない。この剣の届く先のなんと狭いことか。
「ベラさん!ヴルカさん!」
戦闘の最中現れたのは先程面倒を見た学生の子と、おそらくは引率の教員だろうか。
「アズリア!?なんでここに居んだよ!」
「来たらあかん言うたやろ!」
「それどころじゃないんです!」
「ストリィといいます!うちの子たちが魔女本体を発見しました!討伐に協力します!」
見知らぬ学生を巻き込みたくはない。けれど状況が状況だ。なりふり構ってもいられないか。
「わかったちゃ!ウチらは守りきってみせるから本体はお願いするちゃ!」
「すまねぇ!盛大にやってこい!」
不甲斐ない。学生の子たちなんかを戦いに巻き込むだなんて。
でも、今はそれしか手立てがない。
いざというときのために助けに入れるよう、気を巡らせながら土人形を倒すため街中を走り回る。
先生とも合流できた。ベラさんたちの了承も得た。あとは……勇気だけだ。
「ラミコは隠れて"視て"いてくれ!何かあったら教えてくれ!」
「わかりました!」
「アズリア!行くぞ!」
「はい!」
人影を見た屋根上まで"糸"を飛ばす。固有魔法も簡易魔法も無い分、魔力形成だけは人一倍やってきた。あの距離ぐらい行けるはず。
張った糸を収縮し屋根上に到着する。ストリィ先生は風を操って飛んできたようだ。そして、そこには討伐目標のそいつがいた。
そいつは細身のボサボサとした黒髪の男性だった。
魔"女"という呼称こそ一般的なものの魔法を使う人間に男性がいないわけではない。こいつが街を荒らしてる魔女本体だ。
「なんでオレの居場所がバレた!?」
「目の良い子がいるもんで、ねっ!」
逃げ出そうとする男に"鎖"を飛ばして絡めると、本人にさほど戦闘能力はないようで意外なほどあっけなく捕まった。
「やった、捕まえた!」
「とりあえず気絶させれば土人形たちも動きを止めるだろう」
ストリィ先生が魔法を唱えようとする。
「『
その瞬間だった、
「オラァ!」
「ぐぁっ……!」
ストリィ先生のみぞおちに拳が食い込んだのは。
「ストリィ先生!」
倒れた先生のもとにあわてて駆け寄る。幸い意識はまだあるようだった。
「悪ィなァ……その男は囮なんだよ」
そして先生に拳を叩き込んだのは、
「お前ら魔法使いをおびき寄せるためのなァ!」
以前学院でわたし達を襲撃したあの魔女だった。
なんであいつがここに!?あのとき捕まったはずじゃ!?
「まさか、脱走……!?」
「ああ、すぐにシャバに出られるなんてあの方様様だァ……」
あの方……?脱走に協力者がいる……?
「んなことよりこの前の礼をしてやらねぇとなァ!」
「っ!」
わたしの顔面に叩きつけられようとした拳をすんでのところで"鎖"を巻き付けた腕でガードする。しかし、ガードした腕ごと殴り飛ばされてしまった。
「うっ、ぐぅ……」
ビリビリと腕が痺れる。"強化"されたその異常な筋力の前にわたしの防御力は足りないらしい。
「さァ……どうしてやろうか………」
ストリィ先生と共に首を掴まれる。ギリギリと首を絞められ息が苦しい。
「『
ストリィ先生が力を振り絞ってあの時のように至近距離で突風を放つ。だが、
「不意打ちじゃなきゃなァ!」
あの時とは違う真正面からの攻撃では効かなかったようで、わたし達は崩れた建物へと投げ飛ばされてしまった。
「ぐ……あっ……」
投げられた建物の中には大量の麻袋が積まれていたようで、幸運にもそれらがクッションになってくれたみたいだ。しかし、それでもなお体を打ちつけた痛みは小さくなかった。
「ストリィ先生……大丈夫ですか……?」
「なんとか……な」
すぐにでも魔女は追い打ちをかけてくるだろう。先生の攻撃でさえ不意打ちでなければ意味がなかった。わたしの魔力形成も通じない。ベラさんたちに助けを求めようにもこの体のダメージではすぐに逃げることは叶わないだろう。
「アズリア……お前だけでも逃げろ………」
「できそうに、ないです……迎撃を……」
迎撃といっても今しがた、わたし達の力が通じなかった相手だ。どうすれば……。
「!」
1つの策を思いついた。しかし同時にトラウマが蘇る。心臓の音が早まる。苦しい。けれど、この策を遂行するにはこれを乗り越えなくちゃならない。
「先生!作戦があります!────」
「……!だが、アズリアそれは……」
「大丈夫です!やってみせます」
「……わかった。それに賭けよう」
ドオン!
魔女が追撃しに降りてきたようだ。まだ不安だけど、決行するしかない!
「さァてどうしてくれようか、手足を一本ずつへし折ってくかァ?」
「わあああああ!」
「クソっ……!」
先生と一緒に必死に麻袋を投げつける。これがわたし達の最後の抵抗だ。
「オイオイオイ見苦しいなァ死に際の人間のやることはよォ!」
「先生!」
「『
風によって麻袋から小麦粉が舞い上がり、風で閉じ込められた魔女の周囲に充満する。
「ゲホッ、エホッ……んだこりゃァ……」
魔力形成でわたし達を覆う"盾"を展開する。あとは……簡易魔法で火をつけるだけだ。火をつける………。
「はあっ、はあっ」
心臓がドクドク鳴る。手が震える。あとは火をつけるだけなのにうまく火をイメージできない。トラウマが集中を乱す。あの時とは違う。これは魔女を倒すための正しい行いだ。わたしは魔女じゃない。魔女じゃない魔女じゃない魔女じゃ……
「『
「!」
どこからともなく飛んできた炎の弾丸が充満した小麦粉に着火し、粉塵爆発を引き起こす。作戦通り魔女は大炎上した。
「ぐああああああっ!」
盛大に燃えさかった魔女は倒れ伏し、動かなくなった。
「間一髪だったな」
「ヴルカさん!」
「アズちゃん〜!ストリィ先生〜!」
「ラミコ!?」
「無事で良がっだよぉ〜」
ボロボロと泣き崩れるラミコの話を聞けば、どうやら2人目の魔女が現れたところでベラさんたちに助けを求めに行ったらしい。それでヴルカさんがわたし達を助けに駆けつけたそうだ。
「怪我はないか?」
「体を打ちつけましたがなんとか……そうだ、男の方は!?」
「ベラがやってくれたよ。土人形たちも盛大に崩れちまった」
「よかった……」
「ヴルカさん……でしたか。この子諸共助けていただきありがとうございます。」
「礼なんかいいんだよ。こっちこそ、アンタらが戦ってくれたから、この戦いを収められた。ありがとな」
ようやく少しずつ戦いに勝った実感が湧き上がってきた。しかしそれは決して喜ばしいだけではなかった。
結局、最後にはヴルカさんに助けられてしまった。あの時わたしが自分で火をつけるはずだったのに、ここぞというところで自分が恐怖を乗り越えられなかった無力さを感じる。
ともあれ、こうして2度目の魔女との戦いは終結を迎えたのだった。
魔女の残した"あの方"という発言の謎を残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます