魔女転生 エルカヴン追録

九石良野

1.わたしの罪

「お父さんっ、お母っ、ゲホッゲホッ」

 灼け付くような空気が肺を侵食する。

「ねえ、返事してよ……」

(ちがう)

 燃え盛る炎の熱が、わたしを咎めるかのようにまとわりつく。

「うぐっ……ひっぐ………」

(ちがう、わたしじゃない)

 息がしづらい。……苦しい理由は、煙か、心か。

 ぐちゃぐちゃの視界には、火が移り焼け落ちていく家具と、壁と、わたしに焼かれた家族と。

(わたしは"魔女"なんかじゃ──)


 




「わたし、学院を辞めます」

 学院敷地内修練場にて、わたしの言葉を受けた長い金髪の女性──ストリィ先生は、わずかに眉をひそめて口を開いた。

「魔法の素質がある者は学院にて魔法の扱いを修める義務がある。知ってるだろう?辞めさせてやることもできないんだ」

「でもわたし、固有魔法どころか簡易魔法もろくに使えないんですよ!?居る意味無いじゃないですか……!」

 固有魔法とは文字通り個人が独自に有する魔法であり、大抵の魔法使いはこれを社会に役立てている。一方簡易魔法とは小さな火を灯したりちょっとした物を浮かしたりといった魔法の素質さえあれば誰でも使える小規模な効果の魔法だ。

 なぜ効力の大きな魔法が固有のものでしか発現しないのかは明らかになっていない。

 でもそんなことはどうだっていい。どちらもできないわたしは役立たずの出来損ないだ。なんの価値もない。

「固有魔法が発現していない以上は尚更だ。君の魔法がどれほど有用かも危険かさえもわからないからな、それが義務化されている意味だよ」

「じゃあ一生学院で寮暮らししてろってことですか……!?」

「そうは言ってないさ。アズリア、君の場合は、その……ご家族の件もあって無意識にセーブしてしまっているのだと思う。簡単にどうこうできるとは言えないが、未だ魔力があって魔法が発現しなかった例は無い。まずは焦らないことだ。」

「そう……なんでしょうけど、そもそもそんな"魔女"みたいなわたしに魔法を使う資格なんか………」

 魔女、魔法を使って人に危害を加える魔法使いの総称。家族を殺めたわたしなんて魔女と変わりない。

「気の毒なことではあったが……気に病み過ぎないでくれ。初めて魔法を使った際になんらかの事故が起きることは珍しくもない……君のせいじゃない。そして君は"魔女"なんかじゃない、絶対に」

 ストリィ先生が最後に付け加えた言葉には強い語気が込められていた。そこには先生の、わたしを心配する気持ちが感じられた。

 けれど、そう簡単に心を蝕む罪悪感が和らぐこともない。むしろこうして心配をかけてしまうことも、その心配を受け取りきれないことも、余計に心苦しさを意識することにしかなり得なかった。

「ありがとう……ございます………」

「とにかくゆっくりやっていこう。明日も修練場で訓練しよう、もちろんわたしが付き添うさ」

 そう言った先生の表情は柔らかで、ほんのりと笑みがあった。





「ただいま〜」

「おかえりー」と返してくれたのは先に帰ってきていた寮の同室の住人、茶色くて短い癖っ毛の子。

「ラミコぉ今日もダメだったー」

「お疲れ様〜」

 どんなわたしでもラミコはいつものゆったりとした調子で出迎えてくれる。髪とか口調とか、そんなふわふわしたこの子が数少ないわたしの癒やしになってくれる。

「わたしどうしたらいいの……?」

「ん〜……まぁ気長に気長に、ね」

「そうだけどさぁ……ずーっとなんにも出来ないまんまで、わたしもう魔法使いでもなんでもないよ……生きてけない………」

 思わず「生きてけない」とまで口からこぼれ落ちた。わたしの本音はここにあるんだろう。

 事故とはいえ魔法で家族を殺めて───魔女まがいのことをしたくせに、更には魔法使いのなり損ない。魔法使いでいるどころか、生きている資格さえ……。

「アズちゃん、普通の人だって、普通に生きてるんだよ〜。魔法使いだからって特別なことないよ。アズちゃんはアズちゃんとしていればいいの」

「ラミコぉ……わたしラミコがいないと生きてけないかもぉ………」

 ルームメイトのラミコはとても優しかった。こんなわたしにも優しく接してくれることが嬉しくて、苦しい。こうして一緒にいてくれる人のことを友達って言うんだろうな。

「もぉ〜、わたしがいなくても生きててよ〜。わたし今度からしばらくいなくなるし」

「え!?何で?」

「聖樹の研究をしたくって外泊届け出してきたの」

「ラミコそういうの好きだよね」

「それはそうだよ!聖樹とか果ての壁とかこの世は謎に満ちているんだよ!」

 普段ゆったりしているラミコもこういう話のときにはメガネの奥の目をキラキラさせながら興奮気味に話す。ちょっと勢いに困るときもあるけど、そんな様子もまたかわいくて羨ましい。

「ラミコはやりたいことがあるんだね……いいなぁ、わたし何も出来ないどころかやりたいことさえないよ」

「だから〜普通にしてればいいの、普通に」

 そうは言うけどやっぱり羨ましい。何も無いわたしには、すごく立派なことに思えるから。

「あ、そろそろ消灯時間だし寝るね〜、おやすみ〜」

「おやすみラミコ」

 わたしにも見つかるかな、やりたいことと、出来ること。






 明くる日の放課後、学院本館から少し離れた修練場で、わたしは約束通り魔法の訓練をするのだった。

「アズリア、まずは魔力形成からだ。」

「はい!」

 体内に巡る魔力を体外に放出し、形成する訓練。

「スゥー………」

 ゆるやかに呼吸をし、集中する。体の中に意識を向ける。体を巡る魔力の流れを感じる。それらを寄り集め、両手の平に向かわせる。

 向かい合わせた両手の間に小さくバチッと音がする。魔力が放出されている証拠だ。

「いいぞ、その調子だ」

 より深く両手に意識を向ける。少しずつ、魔力を外に出していく。

 すると両手の間には淡い光を放つ小さな球体が出来ていた。やがてそれは少しずつ大きさを増し、手のひらに収まるほどの大きさに達していた。

「良し、そこまで」

 意識の集中を切ると球体は霧散し消失した。

「次はこのペンを浮かしてみよう。今形成した魔力をペンにまとわせるイメージだ」

「はい!」

 同じ要領で魔力を集中させる、だが、

「っ!」

 ペンにまとわせた魔力が火に変わる想像がその邪魔をする。潜在的な魔法による火への恐怖が雑念として混ざる。

「くっ……はぁ、はぁ……」

 集中を保っていられず魔力が分散してしまった。学院に入ってから幾度となく繰り返してきたけれど、ここから先の段階へ進めたことがない。

「いいか、魔法はイメージの力だ。魔力を通して世界に干渉し、自分のイメージを事象として引き起こすんだ」

 再びペンが宙に浮くイメージへと集中する。けれど数分経ってもそれが実現することはなかった

「はぁ……はぁ……」

「やはり難しいか……少し休もう。」

「はい……」

 壁にもたれかかって息を整える。魔力を扱うことでわずかに体力を消耗しているのがわかる。

「なかなかうまくいきませんね……」

「仕方ないさ。でも全く出来ないわけではないだろう、魔力形成がうまくいったならあと少しなんだ」

 そう、そのはず。でもあと少しの間に大きなトラウマの壁がある。こんな状態では固有魔法なんて夢のまた夢だ。

「ストリィ先生はどうやって固有魔法が発現したんですか?」

「私の魔法は"風"だ。風はさわやかでありながら力強くもある。如何様にもなれるところが美しいと思ったら、いつの間にか簡易魔法のそれよりも自在に操れるようになっていた」

「そうなんですね……わたしの場合はどんなものになるんでしょうか」

「さっきも言った通り魔法はイメージの力だ。君の中の強い願望があればそれに魔力が呼応してくれる」

 強い願望……わたしの求めるものって、なに?

「さて、そろそろ再開といこうか。もう一度ペンを」

 と、先生はそこまで言ったところでわたしを突然突き飛ばした。その瞬間、バゴオォン!と大きな音と共に壁が破壊され崩れた

「先生ぇ!?」

 突然の出来事に驚きつつも先生の安否を確かめる。しかしそこには崩れた壁の下敷きになっている先生と、その前にもう一人の人物が立っていた。

「都市部の魔法学院なら獲り放題かと思ってたが、こりゃ別館か?二人しかいねえ」

 "魔女"だ!直感的にそう感じた。魔力を悪用し、人に危害を加えようとする者。

「倒れてる方は、教師か?魔力量は……聖樹への捧げ物には十分か」

 捧げ物?何を言っている?

「ガキの方は……しょぼいな。口を割られても面倒だ。殺しとこう」

 魔女がこちらに向かってくる。どうする!?助けを呼ぶ!?ダメだ、間に合わない!音を聞きつけて誰かが来るとしてもその前にわたし達がやられる!先生は瓦礫の下敷きになって動けない!じゃあ戦う?わたしが?魔法も使えないのに!

 心臓がばくばくとがなり立てている。血が逆流しそうな不安と緊張が体に走る。


 このままじゃ、先生が死ぬ……?


 ほんの数秒も猶予のない中わたしがとった選択は

「うあああああああーーーっ!」

 手から魔力球を形成し連続で発射する。でたらめに撃ったそれらの多くは外れ、何発かは魔女に命中した。だが、全くダメージを与えられていないようだった。

「何かと思えばただの魔力放出かよ、そんなしょぼい魔力でアタシの"肉体強化"に効くかよォ!」

「っ!」

 魔法で強化したであろうその蹴りはまるで丸太でぶん殴られたような威力で、わたしの体はいとも簡単に吹き飛ばされた。

「……っ!……!」

 強い衝撃で内臓を圧迫された痛みで声にならないうめき声を発しながら悶える。苦しみが収まる暇もなく魔女は尚も近寄ってくる。

「ザコのくせに反撃すんじゃねェよ」

「……あ………とう」

「は?」

「ありがとう……わたしを

 良かった。球が外れたことも、蹴り飛ばされたことも。

「あ?衝撃で頭もイカれちまったか?」

 そう言った瞬間、魔女はとっさに後ろを振り返った。だがその行動はもうすでに遅かった。

「『疾風咆哮ヴェント・ブロール』!」

「がはっ!」

 先生の魔法によって超至近距離で突風を叩き込まれた魔女ははるか後方へと吹き飛んで壁へと叩きつけられた。

「大丈夫かアズリア!」

「はい、なんとか……魔女は?」

「幸い、今の一撃で気を失ってくれたらしい」

 魔女は床に倒れて動かなくなっていた。

「それより君のとっさの機転で助かった、ありがとう」

「いえ、うまくいってよかったです……」

 わたしの放った魔力球は実際には魔女を狙ったものではなかった。本来の狙いは先生の上に被さった瓦礫。魔力球は瓦礫に取り付き、球には魔力で形成した細い"糸"がわたしの手から伸びていた。わたしが勢いよく蹴り飛ばされたことにより、糸でつながっていた瓦礫も動いて先生が脱出できた。

 あれほどの蹴りをくらっても細い糸の形成を維持できたのは正直、運が良かったとしか言えないけど……。

 そして幸運なことはもう一つある。

「先生、わたし、やりたいこと見つかりました」

「なんだ?」

 魔女との戦い、死の間際で見つけた本当にやりたいこと。

「聖樹の調査です!魔女の目的を知るために……魔女のせいで、失わないために」

 これは建前だ。だって本当のことなんて、絶対に人に言えないから。

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