第28話
「そろそろお試しで配信してみてもいいんじゃない?」
下層でモンスターと戦い、座り込んでカメラを触っている俺に朝川さんはそう言った。正直、そんなことを言われても映すものなんて朝川さんの修行風景だけで、なにかできる訳でもないし、喋るようなこともないんだけども。
「朝川さんの方で配信すればいいんじゃないですか? 下層のモンスターとの戦闘なんて数字取れると思いますよ」
「……なんとなく、司君に手伝ってもらいながら配信って言うのはなぁーって」
「気にしますか?」
「ちょっとね」
そう笑いながら、朝川さんは自分の槍を大事そうに抱えていた。配信を手伝って欲しいとは俺に言ったけど、あんまりがっつりと手伝わせるのは違うと本人も思っているんだろう。
今のところ、俺が朝川さんの助けに入ったことはなく、モンスターと階層の攻略情報をぽつぽつと教えてあげているだけだ。
彼女は順調に力をつけている。魔力を増やす修行と言っても、急激な上昇は見込めるものではないが、今まで生きてきた中で一番成果を実感する方法ではあるのだろう。だって、文句も言わずに頑張ってるし。
「次、来ましたね」
「……最近、下層のモンスターとばかり戦い過ぎてお金の感覚が麻痺しそうだよ」
「安心してください。言うほど麻痺しませんから」
凡人はどこまで行っても凡人なんだと、お金を見るだけで俺は思う。
通路の奥からのっそりとやってきたのは赤茶色の肌をした鬼のようなオーク。名前はそのままオーガなんて名称がついているそのモンスターは、ただ高い耐久力と強い攻撃力だけで成り立っている。動きは鈍いけど、攻撃を受けると一発で命の危険を味わえるスリル満点のモンスターだと思う。
「朝川さんには、相性の悪い相手かな」
「それを乗り越えてこそでしょ!」
ガッツがあるなー……流石、死にかけた翌日に同じ場所まで向かう狂人なだけはある。常人じゃ考えられないような精神力だけど、程度の差はあるだろうけど、ダンジョンの奥に潜る人間なんてそんなものか。俺だって昔は死にかけながら深層に潜ったりしていたし。
配信が付いていることを確認して、朝川さんとオーガの戦いをしっかりと記録しておこう。なにせ、相手は朝川さんが苦手としている高耐久系のモンスターだから、後で反省点を洗い出すのに使える。
「き、効いてるのこれ?」
「ゲームじゃないんで、傷にならないような攻撃は効いてないと思っていいですよ」
「じゃあ効いてないね!」
「ウゴァァァァァァ!」
朝川さんが先制攻撃に放った魔法は、はっきり言って全く効果がない。オーガの皮膚は硬く、並みの刃物では傷つけることもできないが、それは魔法耐性に関しても同じことが言える。生半可な威力の魔法……今の朝川さんの単発火力では厳しいだろう。だからこそ、これを乗り越えられるなら必ず彼女は下層でも成功できる。
「ん?」
オーガの声と振り下ろした棍棒の音に反応したのか、周囲にモンスターが複数集まってきている。命の危険が訪れるまで傍観しているつもりだったけど、流石にオーガに集中して欲しいので俺が片付けるか。
「『牛鬼』」
召喚された牛鬼は一目散にオーガと戦っている朝川さんとは反対方向へと走っていった。これは式神の弱点とも言える部分だけど、召喚した式神は思ったより自由に動き回ることができるかわりに制限がつく。具体的に言うと、ダンジョンの階層一つぐらい離れてしまうと自動で消えてしまう。今、どこかへと走って行った牛鬼も、俺が階層を移動しなければなんの問題もないと思う。
しかし、こうして朝川さんの戦闘を観察していると、どれだけ努力してきたのかが見える気がする。魔法が同時に多く展開できるのは才能だろうけど、オーガの視線や身体の些細な部分まで観察することで、次の行動をある程度予測して致命傷を避けている。簡単そうにやっているけど、かなりの修羅場をくぐってこないとできない動きだと思う。
「これならっ!」
「グォっ!?」
「おー」
皮膚にどれだけ攻撃しても無駄だと思ったのか、朝川さんは隙を見て剥き出しの粘膜である眼球に向かって炎を放った。結構えげつないことしてると思うけど、モンスターの弱点を狙うという点では正解だと思う。
「どうだ!」
目を焼かれて転倒したオーガの首に、体重を乗せた槍が突き刺さった。あそこまで行けば、もう負けることはないだろう。そう思ったけど、朝川さんはそこから槍を引き抜いて傷口から体内に炎の弾丸を撃ち込み続けていた。うーん……容赦ない。けど、モンスターは消えるまで油断してはいけないし、攻撃の手を緩めてもいけないのは探索者の常識だ。
「ふー……勝ったよ!」
「お疲れ様です。あれならここら辺のモンスター相手にも普通に戦えると思いますよ」
「……でも、もっといっぱい死にかけるかと思ってた」
「お望みなら?」
「やっぱりいい」
まぁ、生き急ぐ訳でもないならこの調子でいいと思う。自分より少し格上ぐらいの相手と戦い続けるぐらいが、成長するには丁度いい。
近寄ってきたモンスターを狩ってくるように命令した牛鬼。その手には魔石が幾つか収まっていた。オーガの魔石っぽいものも見えたけど、朝川さんには黙っておこう。
「今日は帰りましょうか」
「え、まだいけるよ!」
「魔力、残り少ないですよね?」
元々の魔力量が多くないのを増やそうって話なのに、オーガ以外にもそれなりの数のモンスターと戦っているのだから、そこまで魔力が残っているとは思っていない。俺に言われただけで押し黙ったのがなによりの証拠だろう。
「いいですか? 死にかけるのは大事です。魔力が底をついた状態で戦うのも魔力量を底上げするのに重要でしょう」
「なら!」
「死んだら何にもなりませんよ」
確かに俺は朝川さんが下層でしなないようにするために横にいるけど、それは異常事態のようなことが起きた時に助けられるように、だ。自分から死ぬと理解しながら突っこんでいく人までは、手が回らない。
「焦る必要はないんです。探索者としてはまだこれからじゃないですか」
実際、高校3年生なんて最短で探索者資格を取ってまだ2年しか経っていないんだから焦る必要なんて全くないと思うんだけども……難しいかな。同年齢で俺がEXだから余計に焦るような気持ちになるんだろうけど。
高校生で突出した実力を持った探索者なんて殆どいない。むしろ、Cランクにまでなっている方が異常だと思うんだけど、俺が言っても伝わらないだろうな。こういう時、俺が彼女と同じぐらいの強さだったら切磋琢磨できたんだろうけどなぁ。
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