異世界転移も勇者もお断りです〜イッチとイケメン〜

ねこや

第1話 神サマ来る



ーー人生の岐路は突然降って湧いてくる。


誰が言った言葉だったか。ぼんやりとそんなことを思い出しながら、俺ーー市川一也ーーはリビングのソファに腰掛けながら、満面の笑みを浮かべる女神さまを見つめた。


遡ること3分前、中学から直帰した俺を出迎えたのは、小学校低学年くらいの真っ白なワンピースを着た金髪の美少女だった。同年代の女子がこの世で最も苦手な俺が玄関ドアを開けたまま固まっていると、美少女にさっさと入るよう促され、リビングへたどり着く。

ふわりと音もさせずにソファへ座った美少女は立ち尽くす俺をみてにっこりと微笑んだ。


『喜んでください、今日からあなたは勇者です』


「は?」


おめでとうと言わんばかりに手を叩く美少女。コイツ、やばいヤツか?

うろんな目で見つめると、俺が理解していないと思ったのか美少女は細い首を傾げた。


『だから、あなたが異世界で勇者になることが決定したんです』


いやいや、異世界って。ファンタジー小説かよ。しかも勇者って……

ごっこ遊び的な感じか。いやそもそも、コイツ、誰だ。


「あんた誰?」


ストレートに聞くと、少女は軽く胸を張った。


『私は創造神です』


「そーぞーしん……」


創造神か。


『崇めて頂いて構いませんよ?』


「あ、遠慮しときます。ついでに異世界も興味ないんで。お帰りください」


玄関を示すと、美少女は驚いたように目を見張り、俺のところまで文字通り飛んできた。


え、は?? 浮かんでる?


『興味ないって、あなた毎日異世界に召喚されたり転移したりする小説やら漫画やら読んでるじゃないですか。行きたいのでしょう、異世界。しかも勇者枠ですよ!』


なんで俺がそっち系の小説やら漫画やら読んでるの知ってるんだ?

本物の神サマなのか??


混乱する俺をよそに美少女な神サマはぐいぐい迫ってくる。


『剣と魔法の世界ですよ! あなたの大好きな異世界! 行きたいですよね??』


そんなに押し売りされても。


「読むのは好きだけど、実際行きたいとかマジでないんで。それに勇者って今どきどうなん……」


ファンタジーは現実じゃなく、夢物語だから面白いんだ。

ましてや勇者なんて。


『ええ?! みんなの憧れの職業ですよ! 勇者の何が不満なんですか』


勇者ってチート能力者をパーティから追放してザマァされて悲惨な末路を送ったりするじゃん。

絶対、イヤだ。それに性格的にも向いてない。


「勇者って陽キャが友情、努力、根性で魔王倒すんでしょ。マジで無理」


友情育める性格してたら部活も入らず学校から直帰なんてしてねぇよ。

やさぐれた気持ちで吐き捨てると、神サマはキョトンとした顔で首を振った。


『あなたに魔王を倒すことなど期待していません』


それはそれで失礼では。


「ならよかった。あ、いや、よくないけど」


魔王倒さなくて良くても異世界なんて絶対に行かないからな。


「ていうかさ、なんで俺なの? もっと適任の陽キャがいっぱいいるだろ」


明るいクラスの人気者やスポーツ万能の同級生、全校生徒憧れの秀才生徒会長の顔が浮かんでくる。交友関係の少ない俺の周辺にすら、勇者に向いてそうな人がすぐに思い当たった。むしろ、他の誰でも俺よりは向いてるだろう。

そんな疑問をぶつけると、神サマはバツが悪そうに顔を背けた。


『……私だってできれば眉目秀麗、品行方正、容姿端麗、才色兼備、秀外恵中、十全十美の王子様みたいな方がよかったんですが』


「四字熟語並べて誤魔化してるけど、つまり頭と性格のいいイケメンがいいんでしょ」


随分と高望みな。


『私の好み……理想はさておき、決まったのはあなたなんです』


「だからなんで」


ごまかすような言い方に問い詰めるとようやく吐いた。


『…………くじ引きで』


「は?!」


くじ引き? 勇者決めるのにくじ引き??

大事なことだろうにそんな決め方するのか。いや、公平でいいのかもしれないけど。

信じられん。


『まぁ、経緯はどうあれ、あなたに決まったんです。さ、もう時間がありません。早く異世界へ行きますよ』


神サマが俺の前に手をかざすと足元から光が溢れ出した。これ、完全に異世界へ連れていかれるやつじゃん。


「待って待って。異世界行くならせめてスキルが欲しい!!」


半泣きで叫ぶと、神サマはハッとした顔で手を打った。


『あ、そうでした。通常、スキルは10個ほど選んで頂けるんですが今回は』


「もっともらえるの?」


『いえ、無駄話で時間がなくなったので私が適当に選びます。そうですね、まずは輪投げと、遠泳と……』


輪投げと遠泳!!

そんなスキルで異世界でどう生き抜けと!!


「何それ! 言葉わかるやつとか収納魔法とか使えるスキルないの?!」


『仕方ないですね。言語理解とアイテムボックスも追加しましょう』


「あるんじゃん!」


あと、なんだろ。

今まで読んできた数々の小説や漫画が脳内を回る。最近は戦闘系じゃなくてのんびり異世界生活的なものばかり読んでたからなかなか思いつかない。


「あとは鑑定魔法と治癒魔法と……」


最近読んだ小説の主人公が保有していたスキルを挙げる。


『はいはい』


魔王を倒さなくていいとはいえ、身を守るスキルも必要だろう。でも、ひょろい俺がまともに戦えるとは思えない。


「そうだ、戦うならテイム! 魔物をテイムしたい!!」


『あ、そういうのやってないので。そろそろ時間ぎれですね。あとは私の方で選んでおきます』


いいこと思いついたと神サマに要求したが、あっさり却下された。


「え? ちょっと、」


『もういいでしょう。行きますよ』


一方的に話を切り上げた神サマは再び、俺に手を翳す。床から溢れ出す光に包まれるが、まだ話は終わっていない。


「待って!勇者って何すりゃいいんだよ!」


『世の役に立ってください』


「はあ? なんだその雑な説明!!」


ツッコミも虚しく、俺の視界は全て光に覆われた。

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