X集落の橋

音織かなで

序章 予兆

第1話 警告


「すごい穴場を見つけたの! 行った人はほぼ必ず心霊現象を体験する呪われた

場所なのに、まだブログでも動画でも取り上げている人がいないの! 今度はここに行こうよ!」

 

 その日、クラスの友人、愛理あいりは、興奮気味にそう力説した。


 窓の外では梅雨らしく小雨がパラついていて、今日行くなら足元がぬかるんで

そうでちょっと嫌だなと思ったから、よく覚えている。


 当時「怖い話」が大好きだった私は、大学のクラスで幸運にも同好の士である

愛理と出会い、二人で心霊スポット巡りをしていた。


 そして心霊スポット巡りの成果や、聞きかじったオカルト的知識をWEBサイトに掲載しては、ちょっとしたお小遣い稼ぎをする――そんな一般の女子学生とは少し

変わってはいるが、ごく平穏な生活を送っていた。

  

 愛理とは寮でも一緒だったから、必然的に一緒に行動することが多くなる。


 目立ったり、人と異なることが怖い私とは反対に、誰にでも物おじせず活発な

愛理の裏表のないその性格を私は好ましく思っていた。


 だから心霊スポット巡りだって、私の中では大学時代の思い出作りのようなもの。

 愛理の思わせぶりな提案に、その日もすっかり乗り気になり、話の続きを促した。

 

 昼下がりの学食は、ほどよい賑わいで、学生が話をするにはもってこいの環境だ。

 私が鞄からお茶のペットボトルを取り出し、愛理の話を聞こうと身を乗り出した

とき――。


 「ちょっと、また不気味なところに行くつもり? 呪いとかお化けとか、いい加減やめなよ!犯罪にでも巻き込まれたらどうするの?」

 

 その時も、唯香ゆいかが反対した。


 唯香も同じ学部の女子学生で、心霊現象など、いわゆるオカルト系の話が大嫌いで、愛理と私がそっち系の話をしていると、いつも絡んでくるのだ。


 ショートカットでスポーティーな愛理と、いわゆるギャル系の派手な外見の唯香。

 両者に共通するのは、思っていることをズバズバ言うところ。


 なので、二人はことあるごとに対立していた。

 

 といっても、周囲を巻き込む大掛かりなものではなく、あくまで1対1で気が済むまで言い合うというサッパリしたもの。思う存分気持ちをぶつけ合った後には、

引きずることはない。


 実際、二人とも直接対決以外の場で、私に対して相手の悪口を吹き込んだり、仲間外れを画策するなんてことは一度もなかった。


 だから二人が言い争うことがあっても、「またか」と周囲は静観している。

 

 この日の私もそうしようと考えていた。


 平凡なデザインだけど清潔感のあるワンピースとスカートに、抑え目のブラウンに染めたセミロングの髪を内巻きにしている私は、外見が本当にごくごく普通の女子学生なので、同好者が騒いでも、簡単に空気になることが出来る。


 「また唯香か……。言っておくけど、ここは私有地じゃないから不法侵入にならないし、誰にも迷惑をかけないんだから放っておいてよ!」


 「私有地じゃなくても、不審者が隠れ住んでいたり、明かりが少なくて変な事故に巻き込まれたりしたらどうすんのって話よ!」

 

 二人がこんな感じの会話の応酬をしていたのを、私は鞄から取り出したお茶を飲みながら眺めていた。


 唯香の主張は常識的でもっともな内容だが、心霊スポット巡りはあくまで話題性が大事だから、多少の無茶をしないとバズらないのも、また事実。


 法律の範囲内で、かつマニアでも新鮮に感じる映像や知識を提供することがサイトの存在意義であり、生命線なのだ。


 うまい着地点などあるわけもなく、どうしても話は平行線になってしまう。

 これもいつものことだ。


 この二人の言い争いは、いい加減お互いが話し疲れたところで、勝負は次回に持ち越すのがお約束となっている。

 頃合いを見計らって、私がレフェリー役を引き受けざるをえないだろう。

 これも毎度のことなので、特に負担とは思わなかった。


 「……で、結局、今度はどこに行こうとしているの?」


 自分が何を訴えたところで、こいつらが聞くことはないのだろうと諦観まじりに唯香は愛理に尋ねた。私も一オカルトマニアとして気になっていた。


 そう水を向けると、愛理は得意そうに、今回の候補地についてプレゼンして

くれた。


 X集落――関東某県の山中にあるこの廃集落は、ほとんど一般には知られていない心霊スポットであり、この集落にある小さな橋の周辺では様々な心霊現象が起きるのだという。


 サイト運営のため、それなりに心霊スポットについての知識がある私でも、確かにX集落という地名は聞いたことがなかった。

 愛理が得意気なのも、納得だ。


 だが私が感心しているのとは反対に、唯香の顔はどんどん険しくなっていく。

 やっぱり、こっち系の話は苦手なんだなあと、私は嘆息した。

 この勝負、長引きそうだ。


 覚悟した私の前で、唯香は意を決したように口を開いた。

 

 「絶対に行っちゃダメ! 百歩譲って心霊スポットに行きたいのだとしても、他に行きな。そこは絶対にダメ」


 先ほどまでの感情的な言葉とは対照的に、落ち着いたトーンの声で唯香はそう警告した。

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