デスゲもの(仮)

れれれの

The Most Chaotic Judgment

 二〇XX年。世界は核の炎に包まれた、なんてことはなく。勤勉な日本人はあの政治家がどうだ、あの金持ちがどうだ等の怒りや僻みを口から巻き散らしつつ、朝も早くからギュウギュウに詰め込まれた満員電車で通勤する。

 かくいう俺もその一人だ。東京と周囲のベッドタウンでは賄いきれなくなった人口を新たに受け入れるための人工島、『野田比島≪のたひとう≫』に大学卒業から移り住み早五年。島と東京都港区を直接繋ぐ快速モノレールでのおしくらまんじゅうにも慣れたもの。人の波に揉まれて擦り切れが目立ち始めた四代目のスーツを新しく買い替えなければいけないなと考えつつ、通勤時間一時間半をかけて俺は職場に辿り着くのだった。


 始業二十分前のいつも通りの勤め先のビルの前、守衛さんと挨拶を交わして自動ドアからビルの中へ、入り口正面受付の美人さん二人組に片手をあげてカッコつけながらエレベーターで七階へ向かう。その七階のワンフロア全てが俺の職場、『公務省直轄執行企画委員会』である。



 七階に到着したエレベーターのドアが開くと、まだ出勤してきている人が少なくガランとしたフロアには俺直属の上司である室長が始業前にも関わらず資料を整理していた。流石は真面目さを買われて委員会の上層部から引き抜かれたことだけはある人だ。

 室長は入室した俺に気づき、ニッコリと好々爺然とした笑顔を浮かべた。


「おはよう孔雀くん。この前のゲームのアンケート結果が出たからデスクに置いてるよ」


「おはようございます室長。もうあのゲームから三週間も経ったんですね」


「時を数えると老いが早く来るよ」


 室長はカッカッカッと気っ風のいい笑いを俺に投げかけつつ目線を選り分けていた資料に戻した。入社当時から変わらないその光景に俺は朝っぱらから幸せな気持ちになる。誰よりもよく動き、そのうえで叱責や擁護をしてくれる室長は本当に得難い上司なのだ。

 室長のロマンスグレーの頭を眺めながら自身のデスクに着席し、使い古したビジネスバッグから長さ三センチほどの鍵を取り出してデスクの下に格納されている特注のパソコンに差し込む。数秒してブゥンと低い音と共にパソコンが起動した。

 続けてロック画面で俺のIDとパスワードを打ち込み、アイコンが二つしか並んでいないデスクトップ画面が現れ、そのうちディフォルメされた骸骨のアイコンを俺はダブルクリックした。

 すると、モニターに映し出された映像が真っ暗になり、白い文字で「ようこそ、ピーコック様」と表示される。ここからが長いので今のうちにフロアに点在している無料のコーヒーメーカーでコーヒーを作る。ここまでが俺の朝のルーティンだ。

 コーヒーを持ってデスクに戻ると、まだサーバーとの通信を終えていなかった。毎度のことながら長い。一向に進展しない画面を見つつコーヒーを啜りながら腕時計を見ると始業十分前になったので、俺はタイムカードを切るためにエレベーター近くの機械に向かう。適当に差し込んだ俺のタイムカードに印字される音と同時にエレベーターが到着した。中から現れたのは後輩である黒猿だ。


「おはよう黒猿」


「あ、おはようございます孔雀先輩」


 明るい茶髪のサイドテールを振り回しながら俺に挨拶を返す黒猿。ピカピカの新卒チケットをこの仕事に捧げた彼女は今日も元気である。

 俺のタイムカード切っておくぞの声に天真爛漫にお願いしまーすと返す黒猿。彼女は俺の真向かいにあるデスクにバタバタと向かい、俺と同じ手順でパソコンを立ち上げた。そして、俺の後をなぞるようにコーヒーをデスクに準備して着席する。俺はそのままトイレへ。


 スッキリしてトイレから戻ってくると始業時間を過ぎているのにフロアには俺と黒猿と室長の三人しかいない。はて、どうしたことか。

 記憶にない予定があっても困るので室長に素直に尋ねると、彼は「ああ」と呟いて説明するのを忘れていたと口にして詳細を俺と黒猿に聞かせてくれた。


「先週の執行会を見たかい?」


「無論です。仕事に関わる事柄ですから」


 執行会。誤魔化してはいるが端的に言うとデスゲームの隠語だ。

 時の政権によって法務省と公安委員会の一部権利を引き継ぐ形で公務省が数十年前の政権によって設立され、手始めに行われたことは死刑囚の数を減らすことだった。

 なぜそうなったかというと、寿命の延長やネットの普及などによって凶悪犯罪が頻発するようになり、刑務所は上限を超えて完全にパンク。その割にはポンポンと裁判によって生み出される死刑囚へ刑が執行されることはほとんどなく、国の財政を逼迫し続けるだけだった。

 そこで大鉈を入れて結成されたのが俺たち公務省直轄執行企画委員会である。

 死刑囚の人権を本人の承諾の元に一時的に破棄することで、俺たちが主催のデスゲームを敢行、彼らが条件をクリアすれば罪状が軽くなり、失敗すれば死んでもらうという、簡単に表現するならば死刑囚の数減らしを行政と法務が手を組んで公的に行っている組織が俺たちである。

 俺たちの存在は当然公にされず、|執行会《デスゲーム≫で死亡した死刑囚は病死として扱われて荼毘に伏される。俺たちの事を知っているのはお偉いの政治家連中と、執行会を楽しんでいる金持ちの道楽家たちだけだ。それというのも、この会は税金で賄うわけにはいかないので彼らお金持ちの出資で成り立っている。つまり、俺たちの大事なお給料は彼らの機嫌を損ねると大変なことになってしまうのだ。

 だから俺たちは企画を立ち上げてエンターテインメントとして盛り上げながら死刑囚に対し悪意を向ける。こんな倫理も欠片もない会社に所属しているのだ、俺含めて所属しているものは死刑囚の命よりも出資者にそっぽを向かれないようにするほうが大切だ。


 閑話休題。その大事なご機嫌取りである先週の執行会は悲惨と言うべきものだった。

 担当した第陸室のゲームは難易度を上げすぎたため開始四十秒で参加者の七割が死亡。生存者がある程度揃っていないと確実に失敗するゲームを組んでいたため、その時点で全滅確定と大変見る側としては白ける展開を引き起こしてしまう。その後は観客からも上からも大顰蹙を買ってしまい第陸室稼働は一時凍結、担当者は恐らく記憶処理をされて解雇されるだろう。今頃は第陸室の室長と死刑囚の処理を担当している部署は頭を抱えているに違いない。数十人も一気に死刑囚が病気で死ねば不審に思うものも多い。


「来週の執行会も第陸室の担当だったからね。凍結に伴って大急ぎで第壱と第参が連携して無理矢理にでも執行会を成り立たせるために人員派遣してるってわけさ」


「だから赤猫も虹烏もいないんですね」


 そうか、うるさい赤毛の赤猫とくねくねと動くナルシストの虹烏がいないから今日は朝から平和なのか。


「今回の執行会もコケるとスポンサーが抜けてもおかしくないからね。室の壁を越えて彼らは今がんばってるんじゃないかな」


「俺にも声をかけてもらえれば手伝いましたのに」


 部署が違うとはいえど俺たちは一蓮托生、言ってくれれば喜んで手伝ったのに。

 俺のその言葉に室長は一瞬キョトンとした表情になり、クックックッと笑い声を噛み殺しながら机を軽く叩いた。俺は室長の奇行に眉をひそめながら黒猿のほうを見やる。彼女は呆れたようにコーヒーを啜りながら。


「先輩が参加したら全部手柄持ってかれるのに要請するわけないでしょう。

 まだご自覚ないんですか? 四年連続執行会評価アンケート一位のエース、孔雀さん?」


 黒猿が指をさした先にある、デスク上のアンケートを印刷したコピー用紙を眺める。

 そこに書かれていたのは百点満点中百点を獲った俺の評価であった。



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