第43話 最後のデート

 私はいつもの公園のいつもの木陰で未来を待っていた。空を見上げると青よりも白の割合の方が多く、太陽もぼんやりとしかみえない。


 しばらく待っていると、いたずらっぽい声が聞こえてきた。


「詩子はいつも早いねー。そんなに私とのデートが楽しみなのかな?」

「未来だって楽しみにしてたくせに」


 振り返りながら告げると、少し違和感を覚えた。今日はそれほど暑くないのに、未来はいつもよりもたくさん汗をかいていたのだ。日傘を持ってきていないせいだろうか?


「楽しみにしてたよ。でも多分デートは今日が最後になると思う」

「……どういうこと?」


 眉をひそめて問いかけると、未来は苦しげに笑った。


「私ね、今、物凄く全身が痛いんだ」


 その言葉に私は違和感の正体を掴む。未来は必死で明るい表情をしているみたいだけれど、そこには微かに苦痛の色が現れていた。汗が多いのも痛みのせいなのだろう。


 私は大慌てで未来に告げる。


「デートなんてしてる場合じゃないよ。すぐに病院に……」


 けれど未来は首を小さく横に振る。


「きっとこれが最後になると思うからさ。私、覚悟したんだ。奇跡には縋らない覚悟。ちゃんと自分の意志で病気を治す覚悟を」


 真っすぐで真剣な瞳だった。私が何も言えずにいると、未来は笑う。


「ほら、いうでしょ? 神に縋るのは最後の手段だって。でも私からすると奇跡だって現実的に思えてたんだよ。詩子のおかげで。詩子が私とたくさんいちゃいちゃして、励ましてくれたおかげでね」


 私だって未来なら本当に奇跡を起こせてしまうのではないかと思っていた。でもそれはただのまやかしにすぎなくて。今、目の前にいるのは、病の苦しみに翻弄されるか弱い女の子だった。


 苦しみを隠すのをやめたらしく、明らかに表情に苦痛がにじんでいる。


「……でも今日になってさ、急に体が痛んで。おかげでその奇跡がぼやけたものでしかないってことに、気付いたんだよ。要するに、私はこれまで現実逃避してたんだね。奇跡なんて耳障りのいい言葉を利用してさ」


 現実逃避。奇跡に縋った、体のいい諦め。私も現実逃避していただけなのかもしれない。でも未来は痛みで否応なしに現実に引き戻された。


 戸惑っただろう。恐ろしかったのだろう。まず助からない病を未来は抱えている。そんな状態の痛みはやがて来る死を連想させる。逃げてもおかしくないのだ。


 それでも未来は戦うことを選んだ。


「……未来は強いね」


 本当に未来は強い。もしも私が未来ならどんな態度を取っていたことか。


 心からの尊敬を込めて、そのさらさらの髪の毛を撫でる。


 けれど未来は小さく首を横に振った。


「違うよ。みんなが私を強くしてくれたんだ。姫野に加藤に、千葉さんに宮田さんに。そして詩子に。一人ぼっちなら私はきっとどこまでも逃げ続けてた。記憶を消す、なんて誤った方法でね」


 未来はそっと私の手を取り、その甲に口付けを落とした。


「ありがとう。詩子。私に恋をしてくれて」


 その満面の笑みは、これまでみた未来のどんな表情よりもまぶしく映った。私は「こちらこそありがとう。私に恋をしてくれて」と小さく微笑む。


 未来と両思いになれてからは世界が虹みたいに鮮やかなのだ。願わくばこの幸せな時間がずっと続いて欲しいものだけれど。でもそのためには未来は戦わなければならない。


 これがひとまず最後のデートになるのは悲しいけれど、でも未来が入院してからも顔を合わせることはできる。毎日会いに行けばいいのだ。そして軽口をたたき合って、笑って、そして……。


「未来。絶対に結婚しようね」

「……うん。私も詩子に心中なんて絶対にさせないから」


 曇天の下、私たちは抱きしめ合うのだった。

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