第37話 出会いがしら

 食器を洗い終えると、私たちは自室に向かう。二人で一緒に課題をこなしていた。肩が触れあうくらいくっついていると、未来が問いかけてくる。


「詩子の友達ってどんな人?」

「宮田はクールで千葉は明るい人だね。加藤さんほどじゃないけど」

「まぁ加藤がたくさんいたら困るよね。いつも出会い頭に抱き着いてくるんだよあの人。姫野は黙って受け止めてるけど、私はいつもかわしてるんだ」

「……私も出会い頭で未来に抱き着くようにしようかな」


 そうつぶやくと、未来はジト目で私をみつめてきた。


「抱き着くだけでいいの? 詩子のことだからもっと過激なことしたいとか思ってるんじゃない?」


 まぁ確かに出合い頭にキスとか、ちょっといいかもとは思うけど。


「……したいって言ったらどうするの?」

「エロい恋人の欲望を受け止めてあげるのも、私の役目だからね」


 未来はどや顔で胸を張った。私はじとーっとした視線を未来に向ける。


「エロいのはどっちなのやら。昨日の夜のことを鑑みるに……」

「もう! 忘れてよ! というか、そもそも最初にエロいキスしてきたのは詩子でしょ? そこまでは覚えてるんだよ?」


 未来は顔を赤らめながら私の肩を軽くたたいた。私は優しく未来の髪の毛を撫でながらつげる。


「未来が可愛いのが悪い」

「……可愛いっていえば場が丸く収まるとか思ってるんでしょ」


 未来はぷんぷんと頬を膨らませていた。あまりにも可愛いものだから、我慢できなくなった私はそっと未来の頬に手を当てる。すると何をされるのか理解したのか、未来は顔を真っ赤にした。


「可愛いんだから仕方ないよ。……本当はずっとキスしてたいんだから」


 私はそっと未来の可愛い唇に唇を落とす。すると未来はすぐにとろんとした表情になってしまう。


 爛れた関係にはならない、なんて言ってたのがもう遠い過去のようだ。私たちはお互いを求めて、激しく舌を絡め合わせる。やがて息が続かなくなって唇を離すと、唾液の橋ができていた。


 未来は大慌ててそれを手で崩した。そして荒い息のままジト目で私をみつめてくる。


「ほら。やっぱりエロいのは詩子だよ」

「未来だって拒まない癖に。積極的に絡めて来るでしょ?」

「……むぅ」

「まぁここは喧嘩両成敗ってことで。二人ともエロいってことで良くない?」


 でも未来は不服そうだ。


「なし崩し的に私がエロいってことにしようとしてない?」

「別に不利益なんてないんだからいいでしょ。それに昨日のお風呂だって、エロい気持ちになって欲しいとか言ってたじゃん」

「あれはその場の雰囲気に流されたというか……」

「なおさらエロいね。理性よりも性欲の方が強いってことでしょ?」


 もう言い負かせないと分かったのか、未来はぷるぷると震えたかと思うと、ぷいと不満そうな顔でよそを向いた。


「はいはい。私はエロいですよーだ」

「未来って私といると次々に墓穴掘っていくよね」

「幸せなんだから仕方ないでしょ?」

「恋は盲目だからね」

「……ん。私たちのは違うと思う。恋は盲目って現実が、延いては好きになった相手のことすらもよくみえてないって意味でしょ? 私たちはちゃんとお互いをみてるよ」


 未来はきりっとした表情で私をみつめる。


「お互いを見たうえで、心中か結婚かって結論にたどり着いた。百年の恋も冷めることはないよ。もう詩子の嫌なところは知ってるし、その嫌なところもひっくるめて詩子のことが好きなんだから。詩子だってそうでしょ?」


 恋っていうのはきっと終わるまでそれが本物か気付けないのだと思う。好きだと思っていたのが自分の想像の中の美化した相手でしかなくて、本物の相手は実は好きになれていなかった、なんてことはよくあるから。


 でも私たちはお互いの気持ちをぶつけ合った。それでも相手のことが好きで好きでたまらなくて、こうして二人で時間を共にしている。


「未来にも私のロマンチストな性格がうつっちゃったかな」


 くすりと笑うと、未来も微笑んだ。


「仲のいい夫婦は性格も似てくるっていうもんね」


 本当に未来が愛おしくて仕方なかった。未来の髪を撫でながら、未来に髪を撫でられながら、溢れ出す想いをそのまま言葉にする。


「好きだよ。未来」

「私も好きだよ。詩子」


 私たちは課題を進めつつ、時々唇を重ね合わせた。熱っぽく視線を絡めながらいちゃいちゃしていると、面倒な課題も気にならなかった。

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