第35話 あいさつ

 部屋でいちゃいちゃしていると、ガチャリと玄関扉の開く音がした。未来は私をみつめてほほ笑んだ。


「挨拶しに行ってくるね」

「私もいく」


 私と未来は手を繋いだまま、玄関に向かった。そこには仕事でくたくたになったお父さんとお母さんがいた。でも未来をみつけるとすぐに二人ともにこやかな表情になっている。流石未来だ。可愛いもんね。


「お邪魔させてもらってます」


 未来がぺこりと頭をさげると、お父さんもお母さんも慌てて頭をさげていた。


「未来ちゃんは相変わらず礼儀正しい子だね」

「本当になぁ」


 お母さんもお父さんも感心しているみたいだ。


「それにしてもまた仲良くなってくれたみたいで良かった。昔は未来ちゃんが転んだら誰よりも早く駆けつけて「いたいのいたいのとんでゆけ」ってやってたもんな」

「転校してからすっかり話さなくなったもんね。ごめんね。詩子」


 お父さんとお母さんは申し訳なさそうにしていた。


「別にいいよ」


 謝る二人に私は首を横に振る。一度別れる過程があったからこそ、私たちは今の幸せに浸れているのだ。


「ごはんも作ってあるので召し上がってくださいね。鶏もも肉の冷しゃぶですけど……」


 未来が微笑むと二人とも恐縮そうに頭をさげていた。まぁ未来ほどの美人の前だとついつい委縮しちゃうよね。私も最初はそうだった。


「もういっそ未来ちゃんと結婚すればいいのにね?」

「そうだなぁ」


 冗談なのだろうけれど、お父さんとお母さんは笑顔で頷き合っている。未来はうつむいて顔を真っ赤にしていた。あまりにも可愛らしいから「ナイスお母さん!」と思っていると、未来に睨みつけられた。


 まぁその険しい表情すらも可愛いんだけどね。


 お父さんとお母さんは手を洗った後、リビングに向かう。並べられた冷しゃぶを目にした二人は「夏バテ気味だからちょうどよかったよ」と笑顔を浮かべている。


 未来はほっとした表情だった。四人で「いただきます」と告げてから料理を口に運ぶと、まぁ普通の冷しゃぶだった。美味しいけど別にオリジナリティはない。でも未来は美味しいと言われて、とても嬉しそうにしていた。


 緊張していたのかもしれない。私が未来の立場なら普通に緊張するよね。好きな人の実家で、その両親に料理を出すなんてあまり考えたくはない。


 みんなが料理を食べ終えるとさっそく未来は「私がお皿洗っておきます」と健気な女の子を演じていた。実際には割とやんちゃなんだけどね。私をお風呂に引っ張っていったり、海中でエロいキスしてくるとても魅力的な女の子だ。


 私も未来の後についていって、お皿を一緒に洗う。


「ふぅ。緊張した……」


 未来は大きく息をついた。


「将来の結婚相手の両親だもんね?」


 ニヤニヤしながら問いかけると、未来にジト目でみつめ返される。かと思えばすぐに頬を赤くしてしまった。そのままこくりと小さく頷く。


「そうだね。私の可愛いお嫁さん」


 ほんのりと笑みを浮かべたいたずらっぽい表情だ。からかいでしかないと分かっているのに、鼓動が激しくなってしまう。


「……」


 顔を真っ赤にして無言でお皿を洗っていると、ニヤニヤした笑みが視界の端でちらついた。それに耐えきれず、私はぼそりと不満を漏らす。


「からかわないでよ。からかうのは私の役割だから」

「からかってないよ? 本心だよ」

「……私と結婚したいの?」

「うん」


 満面の笑みだ。ハートを打ち抜かれて呆然自失になりかけたまま、お皿を洗う。正直、今すぐにでも海の見える教会で結婚式をあげたい。


「詩子のこと普通に大好きだしさ。高校生だから気が変わるとか思うのかもだけど、私にはそうは思えないし。詩子だってそうでしょ? ……私が死ねば死んじゃうくらい私のこと好きなんだし」

「よく分かってるね。私のこと」

「幼馴染ですから」

 

 未来はニヤリと笑った。

 

 そう。私たちは幼馴染なのだ。記憶はないけれど、今では誰よりもお互いを必要としている。もはや共依存、と言っても過言ではないのかもしれない。


 私は笑顔で呟いた。


「私たちの将来は、心中か結婚かだね」

「極端な二択だね。でもロマンチックでいい」

「そういえばロマンチックなキス云々の話はどうなったの?」


 問いかけると未来はもじもじしながら肩をすくめた。お皿を洗う手もどこか心もとなげだ。私はそっと未来の手に手を重ねてつげる。


「……もしかして、愛欲に負けた?」


 未来はほんのりと頬を赤らめてささやく。


「だって仕方ないじゃん。好きなんだもん。好きな人がこんなにそばにいるのに、キスを我慢するとか変でしょ?」

「やっぱり野獣なのは未来だったね」


 ニヤニヤすると詩子は頬を膨らませた。


「あーあ。私だって昔は手を繋いだりキスをすることに夢をみる純粋な女の子だったのにな。……誰のせいでこんな風になったんでしょうね?」

「一生をかけて償うから安心していいよ」


 重ねた手の指先同士を絡めて、未来をじっとみつめる。すると未来はジト目で私をみつめてきた。


「そのセリフは流石に狙いすぎだよ」

「でもそれが私の本心だから」


 するとやれやれと未来は首を横に振る。


「ひねくれものというか、もはやただのロマンチストだよね……。まぁどんな詩子でも私なら愛せるけどね」 


 なんて言いながら、未来は私の頬にキスをした。その瞬間になんだかいい雰囲気になったけれど、流石にキッチンでそういうのはまずい。私たちは何とか理性で押さえて、お皿洗いを進めた。

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