花火大会デート

第7話 花火の音

 私は未来とデラックスカップルパフェを食べたあと、一人家に帰った。明日は千葉と宮田の二人と遊ぶことになっていた。いくら未来の余命が一年でも、約束を破るのは失礼だ。

 

 そのことをメッセージアプリで未来に報告すると、どうやら未来も予定が入っていたらしい。私はほっと息を吐いて、ベッドに寝転んだ。


 翌朝、私は千葉と宮田とショッピングモールにやってきていた。いつも通りよさげな服がないか見てみたり、アイスクリームを食べてみたり、ゲームコーナーで遊んでみたり。


 未来がいない時の私は、いつも通り表情をコロコロ変えていたらしく、二人とも私の反応を見て楽しそうにしていた。


 夕方、私は二人と別れて帰路についていた。


 交差点で信号が青になるのを待っていると、向かいに未来の姿がみえた。知らない女子二人と楽しそうに話している。多分あれが姫野さんと加藤さんなのだろう。幸いにもまだ記憶は消していないみたいだった。


 ちょうどお別れするところだったみたいで、大人っぽい態度で小さく手を振っていた。信号が青になったから、私は一人になった未来に後ろから声をかける。


「昨日ぶりだね」

「詩子!」


 振り返った未来はさっきまでの大人っぽい態度はなりを潜めて、子供みたいに笑っていた。


「詩子は今日はどこ行ったの? 私はね、ちょっと遠くのアウトレットモールまで行ってきたんだ。楽しかったよ!」

「私は近くのショッピングモール。アイスクリームとか食べたよ」

「えっ。また?」


 未来は目をまん丸にしている。私は苦笑いして口を開いた。


「友達が食べるから、私だけ食べないわけにもいかないでしょ」

「あー。分かる。つい合わせちゃうよね。まぁその点、君は私に惚れてるわけだから、ある程度好き勝手出来て楽なんだよね」

「未来もでしょ?」

「えへへ。そうでした」


 未来は舌をぺろりと覗かせた。


 本当に高校での未来とは違う。そのことがちょっと嬉しかった。私の前でだけはこんな子供みたいな姿を見せてくれるのだ。


「一緒に帰る? でも出会ったばかりでお別れってなんだかやだよね」


 寂しそうな顔でそう未来が口にするものだから、私は考え込む。考え込んでいると、未来の後ろの建物に花火大会のポスターが貼ってあるのをみつけた。日にちをみると、なんと今日らしい。電車で向かえばすぐにたどり着ける海岸だ。


「今から時間くれる? 結構遅くなるかもだけど」

「いいよ。念のため親に連絡しておくね」

「ありがとう。後ろみてよ。花火大会だって」


 未来は振り返るとくすりと笑った。


「いいね。デートって感じがして。行こうよ!」


 そう告げて、未来は私の手を握った。手を握られるのはあまり慣れていないから、びくりと体が震えてしまう。


「おっ? 詩子、緊張してる?」


 未来はにやにやと私の顔を覗き込んできた。どうすればこの表情を私の望むように変えられるだろう。そう考えて、私はぎゅっと指先を未来の指先に絡めた。


「ちょっ。えっ!?」


 未来は顔を真っ赤にして、ぴったりとくっついた手と手――俗にいう恋人つなぎをみつめていた。私はくすくすと笑いながら、未来の顔を覗き込む。


「未来、緊張してる?」

「き、緊張するに決まってるでしょ! ばか!」


 軽い力で肩を叩かれた。私は唇を尖らせて不満を表現する。


「ぼうりょくはんたい……」

「自業自得だよ。い、いきなり恋人つなぎなんて……。とにかく、恋人つなぎはなしで!」


 そうして未来は無理やり私の手をほどいてしまった。


 もしかすると私は未来の言う通りSなのかもしれない。目を閉じて恥ずかしがる未来の表情に満足感を得たから、もう一度手を繋ぎなおして歩いていく。


「……」 


 でもただ手を繋いでいるだけなのに、未来はとても恥ずかしそうに俯いていた。だけど私がニヤニヤと見つめてあげると、何でもなさそうに平静を装う。


「海の花火かぁ。そういえば私、花火大会なんて行ったことないなぁ」

「そうなんだ?」

「体が弱かったから」


 その寂しそうな声を聞くまで、すっかり忘れていた。今隣で歩いている未来は健康にしか見えない。余命一年とは思えないし、かつて病弱だった面影もない。


「花火の音だけ聞いてたんだ。病院でさ」

「入院してたの?」

「特に夏場は相性が悪いみたいで、すぐに体調を崩しちゃって。泣いてた記憶がある。私も花火みてみたいって。たくさん周りの人、困らせてたなぁ」


 あはは、と笑う未来の声はか細かった。いかに自分の過去に負い目を感じているのか、伝わってくるようだった。こんな表情して欲しくないのに。気にくわない。未来は私が望む表情だけしていればいいのに。


 でもかけてあげられる言葉なんてなかった。私は病弱じゃないし余命宣告もされていない。記憶を消す覚悟をするほどの苦しみも知らない。未来は色々なものを背負いすぎているのだ。私の心の中に、伝えてあげられる言葉なんてない。


 その代わりに、ぎゅっと手を握り締める。未来はちらりと私の横顔を見て、それから同じように私の手を握り締めてくれた。


 私たちは駅へと向かった。花火大会のせいか、浴衣姿の人が多い。未来は羨ましそうにそれをみつめていた。


 おもちゃ売り場でおもちゃをみつめる子供みたいな、物欲しそうな瞳で。でもその瞳は諦めているようにもみえた。まるでこれまで一度も欲しいものを手に入れられなかったような。それゆえの諦観。


 私は未来をじっと見つめながらつげた。


「ねぇ未来。浴衣、借りに行かない?」

「えっ? ……でも流石にもう全部貸し出してるんじゃないかな。それに今から借りに行ったら花火も終わっちゃうかもだし」


 そうかもしれない。けれど私は未来を幸せにしてあげたかった。過去を変えられないのなら、今を。これから先の未来をより良いものにしたい。その助けになるのなら、私はなんだってしてあげたい。


 そしてあわよくば、記憶を消すのだってやめて欲しいのだ。


「大丈夫。私を信じて」


 私が笑うと、未来は微笑んだ。


「……ありがとう。こういうときの詩子は優しいんだね」

「私は普段から優しいよ?」

「ふふっ。そういうことにしておいてあげる。……本当にありがとう」


 そう告げて、未来はするりと指先を絡ませてきた。顔は真っ赤なのに、とても幸せそうな表情をしているのだ。私もほのかに顔を熱くしながら、浴衣を貸してくれる店に向かった。


 私の望む未来の表情は、誰よりも綺麗だった。

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