第73話 倹約家

 都会に立ち並ぶ巨大なガラス張りのビルの一室。電子タバコを片手に持ちながら電話をしている女性の姿があった。


「ああ、お母さん? 私よ、レン」



「うん……、年末年始も帰れなくてごめんね? けど、ちょっとまとまったお休みがとれそうでさ」



「うん……、うん、わかった。シュウにも連絡しとくから。あの子、今は高2だっけ? デカくなってるんだろうな」



 終話ボタンをタッチした女性は、灰皿のあるテーブルにスマホを置いてから電子タバコを咥え、眼下の街並みを見つめている。ガラスに映るその女性は、栗毛の髪を肩のあたりまで伸ばした美しい姿をしていた。



◆◆◆



 冬休みで身体が怠けることを覚えてしまったのか、3学期最初の授業はいつもの何倍も長く感じられた。授業中に何度も時計に目をやりながら、ようやく昼休みを迎えている。オレはユージと弁当を食べながら雑談に花を咲かせていた。


 3学期が始まった日にクリスマス&ダウンロード数記念イベントとそのガチャは終了していた。オレはこのガチャの排出キャラクターとお正月イベントのキャラクターの能力を比較したうえで、結局どちらも引かない選択をした。


 エクレーラ持ちのアキからは散々「甘え」と言われたが、期間限定の協力マップはそれほど難易度が高くなかったようで、新キャラクターを持っていないオレでもクリアできた(他3人がエクレーラなので、これが「甘え」なのだろうが……)



「そういえばエクレーラのガチャは終わってしまったね? シュウはお正月の方も引かないつもりかい?」


「アキにも聞かれたけど、性能面は今一つなんだろ? それなら見送りでいいかなって思ってる」


 ユージは、お正月のガチャも前回のも、キャラをコンプリートする勢いで回していた。性能面だったり、好きなキャラクターがいたりと理由はさまざまなのだが、ここまでくるとなにか理由を付けてガチャを引きたいだけのようにすら思えてくる。


「多分、近いうちに常設SSランクキャラの総入れ替えがあると思うんだよね? コンシェルジュのクロエのプレイアブル化もその時かな?」


 ユージの話によると、投票によってプレイアブル化するキャラは期間限定ではなく、常設のキャラとして追加されるそうだ。

 常設キャラクターは同じSSランクでも期間限定で排出されるキャラより能力面で劣っている。四半期に1度くらいのペースで入れ替えが行われるが、期間限定のキャラを狙った際に「副産物」として手に入ることが多いため、注目度も低めだった。


 このひと月はクリスマスからお正月、さらにダウンロード数記念に、その実装に伴った期間延長のメンテナンスも含めてスフィアの配布が多い時期だった。


 今は手元に1,000を少し超える程度のスフィアを所持している。ただ、以前に5,000ほどあったものを一瞬にして溶かした経験もあるので、この数は全然安心できるものではなかった。


「シュウは本当に『倹約家』だね? 運営からしたら頭が痛い存在かもしれないね?」


「ははっ、この性格はゲーム側からは嫌われるだろうと覚悟しているよ」


 弁当を食べ終わり、ユージと2人協力のステージでもやろうかとスマホを開くとメッセージが1つ入っていた。それは独立して長らく実家に戻っていない姉からのものだった。


 姉ちゃん……、久々にうちに帰ってくるのか。

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